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第160話 不快なる者

「な、なるほどですね……それはたしかに、随分とガラが悪いようですが」


 カルテ記録用の下敷きとペンを手にした状態で、フェレシーラが困惑の表情を浮かべてきた。


「最初はカーニン従士長に会われたあと、神殿の回廊で……と。次に、ハンサとの模擬戦でアトマ光波を撃って意識を失う直前に……そして先ほど、またと……」


 真っ白な紙に――予想通りに筆記用の術具だと彼女から説明を受けた――ペンが走ってゆく。

 俺から「謎の声」が聞こえてくる話を打ち明けられた後。


 フェレシーラは「呪いの類に関しては、自分は専門ではないから」と、こうして一連の怪現象に関するメモを控えてくれていた。


「普通に考えれば何者かが、『念話』の術法やそれに類する能力で声を送りつけてきている……と思われますが。なにぶん情報不足ですね。『逆探知』の術法を張り巡らせていれば、相手の所在を突き止めることも可能かもしれませんが、それには只管待つ必要がありますし」

「たしかに。いつ『声』がくるかわかんないもんな、いまのところ」


 一度目は普通に歩行中。

 二度目は意識を失う直前。

 三度目は夢の途中。


 タイミングとしてはてんでバラバラ。

 規則性がなく、回数も少ない。

 ここミストピア神殿に来てから発生しており、おそらくは同じ人物の声、という点は一致している。


 殆ど手掛かりらしい手掛かりもない状態だが……

 門外漢だとは言いつつも、推測、そして対策の言葉を口に昇らせる辺りは、流石はフェレシーラといった感がある。


「それにしても可笑しな話ですね」

「うん? なにがだ?」

「理由、ですよ。その何者かが、フラムにわざわざ『声』を送りつけてくる理由」

「あー……そういや、それもそうだな」 


 フェレシーラが口にしてきた疑問に対して、俺は今更ながらに同意した。

 おそらくは俺だけに聞こえてきた『声』に対する仮説。


 それが魔術の類によるものだとすると、まず相手はこちらを『遠見』の術法なりで覗き見している状態にある、と考えるのが自然なのだ。


「相手がなにか理由があって俺の行動を監視しているとしても……一々それがバレるような『念話』まで使ってくるのは、不自然だもんな。黙っていれば覗き見していることもわからないままなのに」 

「そうですね。これが公都の教団関連施設の中であれば、『感知』の結界で発覚していたでしょうが……ミストピア神殿では、まだまだそこまで態勢は築かれていないようですので。カーニン従士長に提言しておきます」


 下敷きとペンを寝台に横づけされた机の上へと返却しつつ、彼女は「ふう」と息をついてきた。


「なんだが、疑問や問題が山積みですね。いったいどれから手をつけて良いものか……」

「いや、ほんと申し訳ない。でも今は影人討伐に向けての特訓が先だからさ。一応、こんなことがあったって感じで。これが延々続くなら、また考えていくとかでさ」


 俺に『声』を送りつけてきたのが仮に魔術士だとしても、その意図もわからなければ、タイミングも掴みようがない。

 常に気を張り巡らせていれば、術者の存在する方角や距離を漠然とでも把握できるかもしれないが……


 それで他のことが手につかなくなるようでは、本末転倒もいいところだ。

 正直、暇を持て余したヤツの悪戯だとかで済んでくれたら一番なのだが……


 そういうヤツほど、一度狙った相手に執着しそうなイメージあるもんな。

 中途半端に意識して、面白半分で粘着具合が跳ね上がりでもしたら堪ったもんじゃないし。


「それもそうですね。あまり仮定の話ばかり先行させるのも不味いかもしれません。ですが、それにしても――」

「それにしても……なんだ?」 

「いえ。不愉快ですね」 


 不愉快。

 会話の途中、フェレシーラがそんな言葉と共に表情を一変させてきた。

 その視線は鋭く、何処かに潜む視えない相手を睨みつけているようさえ見える。


「不愉快、か。まあ……たしかにな。いまはこうして警戒してるから、覗き見紛いのことをされても気づけるかもだし、食い止められるかもだけどさ。四六時中、誰かに監視されてると思うと、あまり気分のいいもんじゃないしなぁ」

「あまりって――なにを呑気なことを言われているのですか……!」


 こちらが正直な気持ちを口にしたところで、ガタンと椅子の揺れる音がしてきた。

 思わず寝台の上で後退りしてしまうほどの、激しい音だ。


「その得体の知れない相手は、私たちのやり取りを覗き見していたということかもしれないのですよ! いままでずっと!」 

「あ、いや……ええと。それは、可能性としては低くないか? だってさ……」


 突然の少女の爆発。

 それに内心でかなりビビりつつも、俺は推測の言葉を続けた。


「常に『遠見』の術を仕掛けてきてるとしたらさ。俺はともかくとして、フェレシーラは気づく筈だろ? 前に『隠者の森』でも自分で言ってたし。術の対象になっていれば、そういうのは感覚でわかるって」

「それは……よほどの術者が相手か、特殊な手段でもなければそうですが……ですが、可能性としてはありえます!」


 うお……こいつにしては――というか、この口調のフェレシーラにしてはすごい剣幕だな。

 これは本当に怒っている。

 どういうわけかわからないが……マジでお冠、ってヤツだ。


 しかしよくよく考えてみれば、彼女の反応も仕方ないだろう。

 誰だって、私生活を覗き見されるような真似をされるのは嫌に決まっている。

 勿論そんな悪事を働く相手は、事が発覚し次第しかるべき対応を公国の人間がとっていくのだろうが……


 最近ちょっと色んなことがありすぎて、もしかしたら自分が誰かに監視されてるのかも、としか考えていなかったけど。


 ……うん。

 なんか、フェレシーラの怒りようもわかる気がしてきた。

 仮にこれが、俺が対象でなく行われているとしたらの話。


「たしかにヤだな……お前がどこかの誰かに覗かれてる、って思ったら」 

「――」


 あ。

 やば。


 いま、なんも考えずに思ったこと口にしてたぞ。

 もう起き抜けってわけでもないのに、気が抜けすぎだ。

 ちょっと集中しておかないとな……!


 両手を一度頬にあてて、スゥと息を肺に送り込む。

 そうして腕をグッと肩幅まで開き――


 パァン! という鋭く乾いた音を、俺は病室内に響き渡らせていた。


「あっつー……うっし!」


 頬と鼓膜にとやってきたビリビリという感触を気合の一声で跳ねのけて、背筋をシャンと伸ばす。


 よし。

 頬っぺたは当然痛いけど、めっちゃスッキリした。

 これでバッチリ話に集中できる。


「あの……何故いきなり、御自分の頬を叩かれているのですか」


 こちらが一人気合を入れていると、それを見下ろす形でフェレシーラが問いかけてきた。 

 その口調は呆れた風となっており、表情からも怒気が消え失せている。


 だがそれも、当たり前と言える反応だ。

 コイツからしてみれば、俺の行動は突拍子もなかっただろうしな。

 ここは一つ説明の必要があるだろう。


 とはいえ、どう切り出せばいいものか……

 本格的に鮮明となり始めた意識の元、俺は思考を回し始めた。



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