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第157話 『反問』

「それは……その」


 何故、フェレシーラの口から「俺に少し年上の兄弟子がいるのでは」という疑問が飛び出てきたのか。

 それに対する反問を受けて、目の前にいた彼女が身を縮こまらせてきた。


 その反応をみるに、やはりフェレシーラの言葉は当てずっぽうで出てきたものでなく、なんらかの根拠、裏付けがあってのものなのだろう。

 しかしまあ、彼女がそれを口にしづらい、というのなら無理強いをするつもりは更々ない。


 そもそも今こうして話をしているのは、フェレシーラに俺が塔にいた頃の話を聞かせて欲しい、と求められたからなのだ。

 なので、本題はそちらで構わない。

 兄弟子発言に関しては、なにかあればまた彼女の方から話してくれるだろうし。

 とはいえ、もう俺が話せることもそんなにないんだけどな。


「本当にフラムは、努力されていたのですね」


 他になにか話せることはないものか……そう思い部屋の天井を見上げていると、フェレシーラがぽつり、と呟いてきた。


「塔で術具の管理や生活に必要なことをこなしながら、マルゼス様との稽古にも励みつつ、術法に関する幅広い修練も積まれていて……私、もう少し余裕のある暮らしをしていたのか思い込んでいました」

「え……そ、そんなに余裕ないように聞こえていたか? いまの俺の話」

「はい。それはもう。一体いつ寝ているのかと思いました。というか、しっかり睡眠は摂られていましたか? 森を出た直後は寝つきも良くなかったので、少し気になってはいましたが」


 どこか拗ねたような眼差しで、彼女をこちらを見上げてきた。


 なるほど、たしかに俺ってあまり寝つきがよくない……というより、寝るのは好きじゃなかったもんな。

 暇さえあれば術法式構築の足しにならないかと、塔の蔵書を読み漁ったり、自室でイメトレを繰り返していたし。


「言われてみれば、塔では睡眠時間はそこまで長くなかったかもなぁ」

「むぅ。駄目ですよ、そんなことでは。貴方は育ちざかりなのですから。たしかに鍛錬は大事です。でも、それを支える為の休息はもっと重要です。もしやマルゼス様の回復術があるからと、日常的に無理をされていたのではないですか?」

「う……それは――そんなことはない、とは言い切れないかな……」


 フェレシーラへの返事に窮して、俺は視線を宙に彷徨わせてしまう。

 ぶっちゃけ反論の余地もない。

 幾ら魔術士になるために必要なことであったとはいえ……


 いや。

 地に足をつけて、それを確実なものにするためにこそ。

 彼女いうとおりに、焦らず塔での修練の日々を過ごすべきだったのだろう。


 快適な睡眠って、本当に重要だしな。

 寝不足のまま目覚めたところで、一日通して怠さが付き纏うし、物事にも集中できない。

 基本的にショートスリーパー気味で、昼寝や仮眠もする方なので一気に寝るのは苦手だ、っていうのもあるにせよ。


 稽古との途中、ふとしたことで意識を失っていて、気付けば師匠の膝の上……なんてことも多々あったしな。

 過去の行いを正すことは不可能にしても、今後はそこらを正していくべきだろう。

 反省。


「マルゼス様は、貴方のことを愛情をもって育てられていたとは思います。それは貴方の言葉の端々からも伝わってきます。ですが……非常に申し上げ難いのですが」


 今更ながらに自身の過去を顧みていたところに、フェレシーラが続けてきた。

 申し上げにくい、との前置きをしつつも、その目をこちらをしっかりと見据えており、口調もそれまでよりしっかりとしている。


 これ、多分結構前々から思ってた内容だな……

 俺が塔での話題を殆ど出してこないから、きっと色々考えてくれたいたんだろうけど。

 それが今日の話で、噴き出てきている感じだ。


 彼女なりに我慢していることもあったの筈だ。

 一度は口を閉ざしたフェレシーラに、俺は頷くを返すことで先を促した。


 きっとその想いが伝わったのだろう。

 純白の法衣に身を包んだ少女は、躊躇いながらも再び口を開いてきた。


「ですが……私にはどうしても、貴方の師匠、マルゼス・フレイミングの指導方針――いえ、もっと言えば、幼い頃からのフラムの育て方に、多々問題があったように思えてなりません」


 シン……と、病室内の気配が一瞬冷え固まるのがわかった。

 ただ、互いにつなぎ合わせていた指先から、微かな震えが伝わってきていたので、俺はなんとかその静寂に打ち勝つことが出来た。


「なるほどな」


 ふぅ、と溜め込んでいた息を吐きおろす。

 フェレシーラは動かない。

 それもそうだろう、と俺は思う。


 おそらく彼女は、こちらの勘気に触れるを承知でこの話題に踏み込んできたのだ。

 事実、俺は少なからずフェレシーラに対して反感を抱いた。


 魔術士としての師であると同時に、育ての親であるマルゼス・フレイミングに対する非難の言葉……それが例えどんなに正しく、正鵠を射たものだとしても。


「うん。あの人のことを……マルゼスさんのことをどうこう言われるっていうのは、俺にとっては素直に耳を貸せなくなるところがあるもんな。ありがとう、フェレシーラ」


 己の中に湧き出でた気持ちをありのまま、そのままに礼を述べる。

 するとフェレシーラが、その青い瞳を大きく見開いてきた。


 そしてそのまま、暫しの間互いに見つめ合う。

 先に言葉を発してきたのは、フェレシーラのほうからだった。


「何故、フラムが感謝の言葉を口にされるのですか。私としてはいまの発言は、少なくとも機嫌を損ねてしまうことを承知の上のものだったのですが」

「ん。そうだな。なんでだろうな。たぶん、お前ら俺のことを考え抜いてくれた上で言ってくれた気がしたから、かなぁ」

「それは……そのつもりではあったのですが」


 若干曖昧になってしまったこちらの返答に、彼女は少し困ったような面持ちで応じてきた。

 視線も若干泳ぎ気味で、何事かを思案している風にみえる。


 その仕草に、俺の中でちょっとした悪戯心が芽生えてきた。


「もしかして、怒ったほうが良かったか?」

「それは……嫌ですよ、やっぱり」


 特に深い意味もない、興味本位の質問。

 それにフェレシーラは、迷いながらも真剣な口調で答えてきてくれた。


「そっか。意地悪なこと聞いて、わるかった。ごめんなフェレシーラ」

「そう思うのであれば、自重されてください。まったく……貴方という人は」


 そう言って頭をさげると、今度はあちらの方から深々とした溜息がやってきた。

 底意地の悪い質問だったが、どうやら結果的に彼女の緊張をほぐすことは出来たらしい。


「からかったお詫びって、わけじゃないけどさ」 


 それを確認すると、俺は逸れた話の道筋を戻しにかかった。


「さっきの話の続き、聞かせてくれると嬉しいよ。マルゼスさんって、俺が言うのもなんだけど。ちょっと常識知らずというか、ぶっ飛んだところがあったとも思うしさ」

「……本当に、良いのですか?」


 その言葉に、俺は迷わず頷く。

 それにフェレシーラもまた、頷きで返してくる。


「では。貴方にとっては、おそらく聞きたくない内容も多分に含まれると思いますが……私が気になっていたことを」


 それまで以上に真剣に、しかしこれまでにない程にこちらを案ずる眼差しで、


「フラム……貴方は年齢は今現在、本当に15歳で間違いなかったですか?」 


 彼女は俺が予想もしていなかった質問を、こちらに叩きつけてきた。



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