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第156話 形を帯びすぎた疑問

「そういえば、あの森にいた頃の話はほとんどしてなかったもんな」


 その言葉を皮切りに、俺はフェレシーラに『隠者の森』での記憶を伝え始めていた。


 物心ついた時には、師匠と二人で塔での生活を送っていたこと。

 森から魔物を追い払うために戦う師匠の姿を見て、魔術士になると決めて弟子入りしたこと。


 術士になるためにアトマ文字の読み書きを習い、術具を扱い始めたこと。

 やがて『迷走』の結界が完成して、魔物と戦わずに済むようになったこと。


 時間に余裕の出来た師匠が、俺に術法以外で戦う為の稽古もつけ始めたこと。

 いつまでも術法が使えずに焦り始めて、寝る間も惜しんで修行に没頭していったこと。


 ちょっとした、師匠と暮らしていた日々のこと。

 幼い頃は塔から殆ど出ることもなく暇を持て余して、どこからともなく送られてきていた生活に必要な品々を整頓しているうちに、師匠の身の周りの世話もし始めたこととか。


 記憶の底から浮かび上がった内容を思い返すままに口にしていたので、途中からは順序立った内容も崩れてしまっていたが……


「ほんとうに、色々とあったのですね……」


 そんな俺の話にも、フェレシーラは静かに耳を傾け続けてくれていた。


「色々かぁ……修行ばっかりしていたつもりだったけど、たしかにそうかもな。てか、つまんないだろこんな話。結構愚痴みたいなこと言ってるしさ」

「いえ。そんなことはありませんよ」


 まとまりもなく、ヤマもオチもない。

 聞く側からすれば大して面白くもないであろう内容にも関わらず、彼女はこちらの指をそっと握りしめてきた。


「貴方のほうから、こんなに昔の話をしてくださったことはなかったので。すごく新鮮で、驚いています。話してくれて嬉しいです」

「そんなに話してなかったっけか、俺」 


 普段とはまた違う、憂いを帯びた表情ではにかんできた少女に、俺はなんとはなしに気恥ずかしさを覚えてしまい、指で頬をぽりぽりと掻いてみせる。


 いつの間にやら、フェレシーラと俺は寝台の上で寄り添い合う形になっていた。

 たぶん、話しているうちにどちらからともなく、って感じだったんだろうけど……


 ここまでコイツと近づくのは初めてかもしれない。

 あ、いや……ホムラと出会ったときに、霊銀鉱床の洞窟でもバッチリくっついていたか。


 たしか俺が『熱線』の魔術で通路に大穴あけて気を失ったところを、フェレシーラがフォローしてくれたお陰で鍾乳洞に着地出来たんだっけか。

 まあ、あの時は背中合わせだったから、そんなに意識もしてなかったけど。


「あー……なあ、フェレシーラ。さっきからこうしているの、嫌じゃないか?」

「? こうしているとは、フラムのお話を聞いていることでしょうか?」


 おぉう、そうきたか。

 ていうかフェレシーラさん、普通にこっちに寄りかかってきてますよ?


 まあ、突然いなくなろうとしたコイツを引き留めたのは、俺のほうだから文句はいえないし、いうつもりもないんですけど……

 こうやって横に座ると、明らかにフェレシーラの方が頭の位置が低くて、こちらを見上げてくる感じだ。


 身長的には俺が少し高いぐらいなのにこうなるってことは……別に俺の脚が短いわけでもないし、単純にコイツの方が脚が長いのか。

 いまは丈の長い法衣ですっぽり隠れてるからよくわかんないけど。


「あの――」

「あ、いや。いまのは違うぞ。ちょっとシーツがシワになってたからであって、なんと言いますか」

「? あ……申し訳ありません。いま、直しますね」

「や。いい。オッケー。大丈夫。気のせいだったんで、このままでいい。それより、なんだ?」


 こちらの言い訳を真に受けてきたフェレシーラに大して、俺は即座に軌道修正を試みた。

 我ながら驚くほどの強引さだが、なんだか妙に離れたくない気分なのでそれも仕方ない。

 コイツが嫌っていうなら、話は別だけど。


「わかりました。それでは失礼してですが……いまフラムのお話を聞かせてもらっていて、少し気になったことがあったのです」

「気になったこと?」


 反射的にそう聞き返すと、フェレシーラがこくんと頷きをみせてきた。


 なんだろ。

 魔術の訓練方法とか、師匠が教えてくれた術法式の構築理論についてとかだろうか。

 門外不出、って感じでは教わってはいなかったから、コイツが知りたいって言うんならそこら辺も話してもいいと思うけど。


「その……マルゼス様は、フラムの他にお弟子さんをとっていなかったのでしょうか?」

「へ? 俺の他に弟子をって……そんなことが気になったのか?」

「はい。これまでは、話したくなかっただけなのかと思っていたのですが。塔での話に、貴方とマルゼス様以外の方が出てこなかったので」

「ん? んん?」


 フェレシーラの言葉に、俺は首を捻ることしか出来なかった。

 塔にいた頃の話に、俺と師匠以外が出てこないのは当然だ。

 あの場所で……古代樹の洞を利用して作られた『隠者の塔』で生活していたのは、二人だけだったからだ。


 だからそのことに関して、フェレシーラが疑問をもつのはわかる。

 わからないのは、彼女が『これまで話したくなかったと思っていた』という部分に対してだった。


「えーと。なんでまた、そういう話になるんだ? 別に俺、お前に塔での話をしたくなかったってわけじゃないんだけど」

「それはですね……ちょっと、言いにくいのですが」


 こちらが純粋な疑問を口に昇らせると、少女が困ったような面持ちとなってきた。


「貴方には少し年上の兄弟子となる人物がいて……それで御自分とその片を比べてしまっていて、話したくなかったのかなと。勝手ながら、邪推していました」

「……おぉ」


 兄弟子がいたのかもしれない。

 そう言われて、俺はようやく彼女の話に合点がいった。


 なるほど。そういうことか。

 つまり、フェレシーラが言いたかったのは――


「師匠が他に魔術を教えているヤツがいて、魔術を使えない俺がそいつの話を意図的に避けていたから。塔自体の話もしてこなかった……って感じで、想像していたってわけだな」

「はい。失礼ながら、そう考えていました。なので貴方から話してくださるまでは、そういった話題は控えておこうかと思っていたのですが……申し訳ありません」

「いや、それはいいよ。ぜんぜんオッケー。まったく問題なしだ」


 心底申し訳なさそうに頭をさげてきたフェレシーラに、俺はかるい口調で応える。

 ほんと、なるほどって感じだ。


 俺にもしそういう過去があったとすれば、その兄弟子の存在がコンプレックスになって過去についてダンマリ、ってのは十分にありえただろうしな。

 それで彼女が話題にしづらかったってのも、よくわかる。

 理解出来る。


 だがしかし――


「なあ、フェレシーラ。俺も一つ、お前に聞いておきたいんだけどさ」


 そう。

 一つだけ、どうしても腑に落ちないことがあり。


「なんで俺に、『少し年上の』兄弟子がいるっておもったんだ?」


 胸の内に湧き上がってきたそんな問いかけを、俺は腕の中の彼女へと向けてぶつけていた。



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