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第155話 考えなしの招き入れ

「アトマ光波が知られた技……ってことはさ。冒険者ギルドの人たちも使えてもおかしくない、ってわけか。それこそアレクさんとかも」

「それに関しては情報がないからなんともだけど。可能性としては大いにあるわね」

「ふむ……」


 フェレシーラの回答を、俺は空になったコップを軽く振りつつ受け止めた。

 これまでの話を聞いた感じからではあるが……


 光波の使用に関しては、ある一定の知識と技術、備えたアトマの強さがあればわりとなんとかなる技ではあるのだろう。

 おそらくイアンニとミグが未修得であることを踏まえると、もしかしたらアトマの扱いになれた術士向けの技なのかもしれない。


 魔術士未満の俺が、ぶっつけ本番で扱えたぐらいだしな。

 感覚的には、術法に対する防御手段として体表にアトマを巡らせて受けるのと、そう変わらないようにも思える。

 要は攻防のどちらにアトマを注ぎ込むか、ってところだが……


 気合を入れる感じでなんとかなる『受け』のアトマ操作に比べて、一点集中で飛ばすイメージの『攻め』のアトマ操作はそれなりの集中力と指向性が要求されるのは確かだろう。


 というか多分、『攻め』にアトマを回しすぎると『受け』の部分が危険だな、アレ。

 放ったエネルギーで相手の攻撃を相殺、ってのは有効だとしても、その間は無防備になりかねない。


 そういう面では、術法はしっかり式を組み上げて効率化しているから無理がないし、術法を放つ際にも注ぎ込んだアトマに応じた防御力もそれなりに維持出来ている。

 でないと『熱線』なんかを撃つだけで、自分がダメージ受けちゃうしな。


 わざと術法式から防御面を削ぎ落すような構成にすればまた違うんだろうけど、先人の知恵で編まれた式を崩してまで、自殺行為に等しい真似をする意味もないし。


「しかし、なるほどなぁ。なんか、慣れとやり方次第で色々応用出来そうだな。俺の場合、術具でも使わないと基本的にアトマの持ち腐れだし」


 言いつつ、俺はトレイの上で手と手を軽く合わせてると「ご馳走でした」の言葉に続けて、アーマへの感謝の祈りを捧げた。

 術法式を練る際に……特に神術を組み上げる際に良く用いられるポーズだが、そのイメージもあってか公国ではこれを食事の前後のお祈りに使う人も多い。


「うん。うまかった。美味しかったよ。ありがとう、フェレシーラ」

「どういたしまして。さっきも言ったけど、作ったのは料理長だけどね」

「なに言ってんだよ。それこそ俺もさっき言ったけどさ。メニューを決めてくれたのはお前だし、色々面倒みてくれてるだろ。そこは大事だぞ」

「それは、そうかもしれないけど……」


 なにか言いたげな様子みせつつも、フェレシーラがトレイを片付けてゆく。

 ほんと世話になりっ放しでいい加減笑えてくるけど……


 いま出来るのは配膳台を元に戻すぐらいだ。

 展開した時の逆の要領でもって、俺は台を収納していった。


「色々って言えばだけどさ。俺が光波を試合場の天井に撃ったとき、崩れた壁から『防壁』で皆を守ってくれたんだろ?」

「そうね。でもいきなり『フェレシーラ、頼む!』って叫んできたから、一瞬なんのことか考えちゃったけどね。先走って貴方と副従士長の間に出さなくて良かったわ」

「う……! そ、その可能性もあったか。マジでサーセンでした……!」

「謝って済むなら神殿従士は必要ありませーん。ていうか、フラム」


 やや間延びした口調から一転して、フェレシーラが厳しめの視線を向けてきた。


「あのとき貴方、結構本気で光波を撃ってたでしょ。あれ、私の見立てではかなり危なかったわよ。アトマだけは人並み外れてあるんだから、今後は気をつけないと駄目だからね。覚えたてで加減がわからなかったにしてもよ」

「あー……そこは、気をつけます」


 さすがによく見ている。

 フェレシーラの指摘に、俺はまたも頭を下げるのみだ。


 でも……今後は、ってことは。

 手甲で式を抜き出して術法を使うのはアウトでも、アトマ光波を使う分にはセーフ、ことらしい。

 まあ、それが駄目ならホムラにアトマを分けてあげるのだって駄目って話になるしな。


 フェレシーラにしてみれば飽くまでも、原因不明の術的不能状態にある俺が、強引にそれを誤魔化して術法を使うような真似は避けておきたい、って感じなんだろう。

 うん。

 それに関しては俺も、安易にやらない方がいい気がしている。


「……その」


 そんなことを考えつつ一人頷き納得していると、不意に力ない声がやってきた。

 か細く、自信なさげな声だ。

 そのあまりの弱弱しさに、俺は一瞬、それを誰が発してきたのかすらわからなかった。


「たまには、塔での話とかも話されて良いのですよ?」

「へ――」


 続いてやってきたのは、先ほどのものと同じ響きで満ちた問いかけ。

 それに俺は、間の抜けた声で返してしまう。


 声の主は、フェレシーラだ。

 というかこの場には彼女と俺しかいないので、それは当然のことなのだが……

 しかし纏った空気が、それまでの彼女とはまったく違う。


 いつもは自信たっぷりに張られた肩もシュンとしょげ返ったように落とされており、明確に己の意志を示してくる青い瞳も、いまは物憂げに沈み輝きを失ってしまっている。


 明らかに普段のフェレシーラのものではない。

 彼女がこのミストピア神殿の試合場で、模擬戦の審判を務めていた際に……


 いや、もっといえば修練場についた直後や、それ以前にも時折みせてきていた姿。

 言うなれば、「もう一人の」フェレシーラがそこにいた。


「ええっとさ。いきなりどうしたんだよ、そんなこと言い出してきて。お前も知ってるだろうけど、俺が塔にいた頃のことなんて、魔術士になるためにやってた修行の話ぐらいしかないぞ? それも別に、楽しい思い出とかでもないしさ」 

「それは……」


 突然のことに戸惑いつつも返事を行うと、フェレシーラの声が更に小さなものとなった。


「そう、ですよね。ごめんなさい、いきなり変なことを言い出してしまって……あ、わ、わたし、器を片付けてきますね! フラムはこのまま、ここで休まれていてください」 


 言葉の途中、少女が弾かれたように顔をあげて椅子から立ち上がろうとする。

 そこに、手が伸びた。


「……えと」

「あ」


 困ったような少女の声と表情に、こちらの声が重なる。

 その場を立ち去りかけたフェレシーラの左腕を掴んでいたのは、俺の右手だった。


 やばい。

 いま俺、なんも考えずにやってたぞ。

 コイツがいなくなるって思った瞬間に、勝手に腕が伸びてたし。

 自分でもなんでいきなりそんな真似を仕出かしたのか、まったくわからないけど……


 取り敢えずなにか言わないと、間が持たないなコレ……!


「あー……特に面白い話が出来るわけでもないけどさ」


 気づけば何故だか、いまにも泣き出しそうな顔をしていた少女へと向けて、


「お前が聞きたいってことなら、なんでも話すよ。俺なんかの話で良ければさ。だから……もうちょっと傍にいてくれないか。フェレシーラ」


 俺はそう口にすると、一度は翻された法衣の袖を寝台の上へと招き入れていた。



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