「なあ、フェレシーラ。これって本当に病人食なのか?」
「そうだけど。なにか文句ある?」
こちらの問いかけに、フェレシーラは素知らぬ顔で寝台の傍に着座してきた。
「いや、文句というかですね……」
俺はといえば、視線を落として口籠るしかない。
フェレシーラが首を傾げる。
うん、別にわざとじゃないな。
それはわかる。
コイツの性格からして、一々ひねくれた真似はしないだろうしな。
とはいえ……
「さすがにちょっとこれは、起き抜けから重すぎないですかね……!」
目の前にあるのは、丸く大きな木皿。
ダイスカットされたチーズと散りばめられた、ちぎりレタスとスライストマトのサラダ。
鼻腔を刺激する爽やかな香りから、ビネガードレッシングが程よく効かされた一皿に違いない。
その隣に配されたのは、香ばしい焼き目のついたロールパンが四つ。
蓋付きの小瓶とバターナイフもあるところを見ると、つまりはそういうことだ。
メインディッシュ用の大皿には、弓なりに反った骨付きの猪肉が三本。
偏った脂身と赤身の色合いの濃さ、そして野趣を伴う甘い肉汁の匂いから察するに、豚肉との違いは明白だ。
引き締まった肉質は、粗挽きの粒胡椒と岩塩とがしっかりと擦り込まれた成果だろう。
「はいはーい。悪いけど、ちょっと手前を空けてねー」
「え、まだなんかあるのか。まあ、別に病気だったわけでもないしいいけど……」
目の前に並んだ料理を前に若干怯みつつも、俺はフェレシーラの指示に従いサラダボウルを奥側に寄せた。
そこにやってきたのは、底の深い陶製のカップ。
持ち手のついたそれに、小さめのお玉で湯気立つ飴色の液体が注がれてゆく。
その正体は、じっくりと煮込まれた玉ねぎのスープだ。
「やっぱり汁物は、熱々を味わってほしいでしょ? おかわりはこっちの小鍋にあるから遠慮しないでね」
その白く細い指先より仕上げのクルトンを降り注がせつつ、フェレシーラが告げてきた。
「おぉ……」
とろとろの玉ねぎと絡み合い溶け崩れてゆくそれを前にして、思わず口から感嘆の声が漏れる。
あ、やば。
いまちょっと腹の虫がなってたな、俺……
「あら。病み上がりには重すぎるんじゃなかったの?」
「お、お前なぁ……こっちは腹すかせてんのに、こんなやり方ズルいだろ……!」
「ふっふーん。そろそろ貴方の好みもわかってきてるもの。これぐらい、朝飯前よ」
得意げに言う少女の手の中にあったコップへと、水差しが傾けられる。
「まあ、作ってくれたのは神殿つき料理長だけど……」
「いやいや。ありがたいよ。献立を決めてくれたのは、お前なんだろ? ありがとう、フェレシーラ。ご馳走になるよ」
「べ、べつにそれぐらいのことなら、誰だって出来るし……」
「そんなことないって。てか、もう食べていいか? さっきから腹の虫が鳴りっぱなしなんだけど」
「もう……調子良いんだから」
どこか拗ねたような呟きと、コトンという慎ましい音とが、木製横長のトレイの隅に舞い降りてきて――
「それじゃあ遠慮なく……いただきます!」
俺は猛然と、彼女特製のメニューへと向けてかぶりつき始めた。
もっともその前に、「神殿ではアーマ様へのお祈り、ちゃんとしなさい」ってフェレシーラにツッコミくらったけど。
「それでね……駆けつけてきて下さったカーニン従士長の指示で、試合場の外壁を壊したのは副従士長のアトマ光波だった、ってことで騒ぎを収めてもらったの」
「なるほろ、それえそんはははひに――ん、むぐっ!?」
「こーら、話しながら食べない、飲み込もうとしない。慌てなくても、逃げていったりしないから。ほら、ゆっくり噛んだら少しお水飲んで」
フェレシーラが差し出してきたコップを受け取り、俺はコクコクと頷いた。
それをみた彼女は、残り一つとなっていたロールパンの先端を開き、中にバターを軽く塗った上で、食べやすいようにちぎりわけてゆく。
「ふぅ……なるほど、それでハンサ副従士長がって話になってたのか。でも、なんかそれだとあの人に悪いな。責任をなすりつけたみたいでさ」
食事の合間にフェレシーラから受けていた説明を、ほんのりとレモンの香りを漂わせるコップを傾けながら聞き終えて……俺はそんな感想を口にしていた。
「そうね。でもこう言ったらなんだけど、副従士長にも自業自得なところがあるもの」
「自業自得って、別にあの人は普通に試合に応じてくれただけだろ? なんでまたそんな」
「普通に、ねぇ……」
こちらからすれば至極当然の疑問に、しかし彼女は呆れたような仕草で返してきた。
え、なんだろ。
マジでフェレシーラの言わんとする意味がわからないぞ。
模擬戦で試合場を壊したのは俺なんだし、ハンサが責められる理由なんてちっとも思いつかないんだが……
「そもそもね。練習用の武器でのテストが前提だったところに、いきなりアトマ光波なんてものを持ち出してきたのは副従士長のほうよ。貴方がそれを見様見真似で繰り出してきたことと、威力には驚いたけど……彼がアトマ光波を使ってこなければ、あんな事態にはならなかったでしょう?」
「それは……言われてみれば、そう、かも……?」
「かも、じゃないし。媒介にした武器の状態に左右される部分があるとはいえ、副従士長のはやりすぎよ。しかも消耗を考えたら不意打ちか牽制止まりにしておくべき技を、身動きも出来なくなるレベルで打ち込むなんて……」
フェレシーラが「ふぅ」と軽く溜息をついてみせた後に、「一体なにをそんなにムキになったのやら」と付け加えてきた。
しかし……そう言われてみれば、ちょっと納得だ。
模擬戦に課せられた縛りを考えれば、ハンサのやってきたことはある意味で反則だ。
アトマ光波の直撃を受けて俺が気を失った時点で、反則負けを宣告されてもおかしくはないともいえる。
だが審判であるフェレシーラがアトマ光波の使用を認めた以上、それを今更どうこう言ったところで意味はない。
というか、俺が脳震盪で意識を失った時点で負け扱いもありえたしな。
そこはトントン、イーブンってヤツなんだろう。
多分。
「でも驚いたな。まさかあんな風にアトマを直接打ち出す技があるなんて。もしかして、聖伐教団の専売特許的な代物なのか? お前の使う……なんだっけ。アトマ視? とかみたいにさ」
「それは……」
ふと浮かんできたこちらの疑問に、フェレシーラが珍しく言いよどむ様子を見せてきた。
やっぱり、教団内で秘匿してる技術とかあるんだろうか。
まあ普通に考えたらあるよな。
魔術士だった、個々の研究を一々世間に発表したりしないわけだし。
やるとしたら相応の利益や名声が得られる時だけだ。
稀に自慢したくて色々喧伝する人もいるっぽいけど、そういうに限って大したことないみたいだし。
「アトマ光波は、使い手の多い少ないは別にしてもそれなりに知られた技だから。聖伐教団の秘伝とか、そういうのではないのだけど」
そんなことを考えていると、フェレシーラが再び口を開いてきた。