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第153話 成果確認

 真っ白な病室の中で、俺はぼうっと天井を見上げる。

 フェレシーラは瞳を伏せたままで、動かない。

 ただ、その両足が寝台の縁で宙に浮かされて、交互にゆっくりとしたリズムを刻んでいることは伝わってきていた。


「まさか、あんな結果になるだなんてね」

「……!」


 突如そんなこと口にしてきた少女に、全身が強張る。

 いきなりだったせいか、無意識に体が逸れて言葉の主を見失う。 


 あんな結果とは、一体どういう意味なのか。

 ただそれだけのことが聞き返せずに、息をひそめてしまう。


 視界の片隅には、僅かに見える法衣の裾。

 模擬戦の最後、あの時おれは――


「本当に頑張ったわね、フラム。私、ちょっと……ううん。すごく驚いちゃった」 


 意識が悔恨に沈みかけたその瞬間、再び彼女の声がやってきた。

 声。

 驚きの……というには、どこか誇らしげな、フェレシーラの声。


「驚いたって……あの人との――ハンサ、副従士長との戦いの結果にか?」

「それもだけど。一言でいえば、全部よ」

「ぜんぶ、って……どこからどこまでだよ」

「あら、一から十まで私に言わせる気? そんなに褒めて欲しかったの?」

「べ、べつにそういうわけじゃ……っ」


 からかうようなその声に、俺は一度は戻しかけた視線を部屋の壁へと向け直してしまった。

 それが余程おかしかったのだろうか。

 今度は背中にクスクスとした笑い声が届いてくる。


「全部は全部よ。四級神殿従士、ロードミグ・レオスパインとの初戦も。三級神殿従士、イアンニ・カラクルスとの戦いも。二級神殿従士、ハンサ・ランクーガーとの激突も。全部頑張って、全部すごかったもの」

「……一々階級つけて話す必要、なくないか」 

「私がつけたくてそうしてるの。いいから、いい加減こっち向きなさい」 

「なんだそりゃ……」 


 いい加減待ちくたびれたと言わんばかりの声に、俺は渋々といった風を装って応じた。


 責められるかとばかり思いきや、そうではなかった。

 そのことに、心底安堵している自分がいた。


「体、起こせそう? まだきついなら、セレン様から神術の使用許可も出ているけど」

「ん……大丈夫。一応、軽く体も動かしてみたしな」


 ついさっきまで、部屋の入口近くにいたぐらいだ。嘘ではない。

 そんな無意味な言い訳をしつつ、上半身を起こす。


 それを確認してフェレシーラが立ち上がり、寝台から離れてゆく。


「あ……」 

「いま、調理室から食べるものを持ってくるから。少し待っていて」 


 一体、どこへ行くつもりのかと。

 こちらが問いかけるよりも早く、彼女はそう告げて部屋を後にした。


「――はぁ」 


 一人その場に残されて、俺はようやくそこで己の胸元へと息を吐き下ろした。


「いや、馬鹿か俺……もうちょい返事のしようってもんがあるだろ……」


 言いながら、肩から力が抜け落ちてゆくのがわかった。

 ようやくフェレシーラと逢えたというのに、話が出来ないどころか、ろくに顔を合わせることすら出来なかった。


 試合場を壊してしまったというやらかしがあったにせよ、それならそれで、まずそのことを謝るなり、自分から切り出すなり……とにかくもっと、マシな対応もあった筈だ。


 だが、そんな反省の気持ちも長くは続かない。

 すぐに手持ち無沙汰となり、気づけば俺は石の壁をぼうっと眺めていた。


「すごかった、か……」


 フェレシーラが口にしていた言葉が、ぽろりと口からこぼれた。

 はっとなり、口元を手で覆う。


 お前はなにを調子にのっているのだ。

 試合中に意識を失っての判定負け。

 それがあの戦いでの結果なのだ。


 なんの不都合があったのか、建物の損壊はハンサの放ったアトマ光波によるものになっているようだが……

 それでも、負けたことに変わりはない。

 だから調子に乗るなど、ありえない。


 そう己を律しようと努めるも、


「……ふへっ」


 俺の口から飛び出てきたのは、驚くほどに締まりのない吐息だった。


「四級、三級、二級、か……」


 フェレシーラが口にしていた言葉を切り抜き、それを噛みしめるように呼吸を繰り返す。

 じわじわと、胸のうちに喜びがやってきた。


 それはなにも、模擬戦の結果を振り返ってのことではない。

 それは一重に、彼女の言葉……


 フェレシーラが口にした、「頑張ったね」という、ただそれだけの言葉によりもたらされていたものだった。 


「いやいや……小さい子供かよ、俺は。べつに、あいつに褒めてもらいたくてやったことじゃないだろ。そういうのは、エピニオたちと話したときに反省しただろ……へへ……」


 そう言ってまたも自制を試みるも、まったく効果がない。

 それどころか、考えれば考えるほどに嬉しさが増してゆくばかりだ。


 アホかな俺。

 なに模擬戦程度でこんなに喜んでるんだよ。

 しかも最後の最後で勝てなくって……あんなに落ち込んでいたってのに。


 それがフェレシーラの一言で、あっさりと吹き飛んでしまった。


「頑張ったねって、頑張るだけなら猿でも出来るだろ。頑張りってのは、結果を出してこそだろ。頑張ったで満足してたら、駄目だろ。そんなの、塔にいた頃から」

「……なに一人でブツブツ言ってるのよ、貴方」 

「のわっ!?」 


 突然の声に驚き身を仰け反らせると、目の前にトレイを持ったフェレシーラが呆れ顔で立っていた。


「お、驚かすなって、お前……! 心臓止まるかとおもったぞ……!」

「そんなやわな体してないでしょ。馬鹿いってないで、配膳台引き出す。壁側に収納されてるから、自分でストッパーが嵌るまで動かしてみて」 

「へーい……配膳台って、これか。すごいな、こんな物までベッドについてるだなんて」 

「ミストピアは木工職人の仕事が限られているから、自然と機能性の高い物が作られるようになってるのよ……うん、体の正面で固定したら大丈夫よ」

「なるほどな……数で儲けが出せない分、質で勝負って感じか。表面もしっかりニスで仕上げてあるし、湿気にも強そうだな」 


 眼前に姿を現した木工職人拘りの配膳台に、俺は関心しつつもその表面を撫でまわす。


 寝台の側面に備え付けられたそれは、下から上に引き出すことでスムーズにアームが展開されて、そこから横へ引っ張ると病人の腹部あたりで固定される構造となっている。

 カチリという音と手ごたえがあったところを見ると、配膳台の裏側にロック部分と解除用のスイッチが設けられているのだろう。


 多少は金属製のパーツを使っているにしても、見事な出来栄え、機能性だ。


「こーら、いつまでも遊んでない。ご飯、置きたいんですけどー?」 

「あ、わり。ついつい、手触りがよくってだな。うん、やっぱ裏にスイッチがあるな……っと」


 こちらの言い訳が終わるよりも早く、目の前にトレイが置かれた。

 置かれた、のだが……



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