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第151話 混沌たる状況下にて

「え……なんでそこで、フェレシーラのヤツが出てくるんですか」

「さて、何故だろうね。当ててみ給え」

「当ててみろって……」


 瞼を軽く伏せ、唇の形を嫌味なく「ふ」と歪めてきた黒衣の女史に、俺は首を捻る。

 どうやらノーヒントで答えてみせないといけないらしい。


 俺とフェレシーラが直接やり取りをしたところを見たわけでもないのに、こんなことを言ってくるからにはなにかしらの根拠があっての発言なんだろうけど……


「あ、もしかしなくても……フェレシーラも、あなたにホムラのことを相談してきた、とかですか」 

「名答。少し簡単すぎたかな?」

「いやいや……十分突飛もないですから。行動パターンが同じだからって、仲が良いだなんて」

「そこはまあ、空気感みたいなものだよ。噂の白羽根殿とは、かなり印象が異なっていたのでね」

「それって、あの沢山ある渾名のせいですか」

「ん。気分を害したのであれば謝ろう。他意はないよ。済まなかった」

「べつに、謝ってもらう必要なんてないですけど……」


 話の途中不意に頭を下げてきたセレンを、俺は何故だか口をへの字に曲げて止めにかかっていた。


 なんだろう……なんかいきなり、どっと疲れがやってきた気がする。 

 先ほど大声を出したせいか、頭のほうもくらくらしてきた。

 そういえば俺、結構な間寝込んでいたんだっけか。

 いまは気になっていないけど、そのうち盛大にお腹の方も空いてきそうだ。


 ……いやこれダメだろ。

 いまはセレンに、ホムラのことでお願いをしている途中なのに、なんで俺こんなに集中力がなくなって来ているんだ。 


 やっぱアレかな。

 必死になってホムラのことを解決しようとしていたのに、フェレシーラのヤツが先に手を回してくれてたから……ちょっと拗ねてるのか、俺。

 そこはありがとう、が先だろうに。


 ……そういえばアイツ、なにやってんのかな。

 アイツのことだから、神殿では引っ張りだこなんだろうけど……顔ぐらい、みせてくれたって……


「病人食だが、用意させよう。もう少し眠るといい」


 随分と遠くからやってきたその声を耳にしながら、


「これで少しは、彼女も落ち着くことだろう」


 どことなく嬉しげな響きと共に、俺の視界はぼやけ始めていた……




 気づけば俺は、外にいた。


「あれ――」


 突然のことに周囲を見回す。

 辺りに広がるのは、一面の緑、緑、緑。


 足元をみれば、若芽を吹かせた無数の草花。

 ここは一体どこだろう――そんなことを考えていると、頬に強風がやってきた。


「ぅわっぷ!?」 


 不意に押し寄せてきたそれを、俺は顔を守るようにして両手で受け止める。

 続いてバサリと、何か大きなものが風を打つ音が隣へと降り立ってきた。


 ――ピイィ!


 甲高かな鳴き声が響き渡る。

 これまで幾度も耳にしてきた、しかし明らかに俺の知るそれよりも逞しい鳴き声。


「ホムラ……なのか?」


 反射的に口を衝いてでてきたその問いかけに、そいつは一際強く翼を打ち応えてきた。

 赤茶色の鳥の翼だ。

 それもこちらが両手を広げても抱え込めないほどの、大きな翼だ。


「え、なんでお前いきなりそんな――って、あてて……こら、尻尾で顔はたくのやめろって……!」


 問いかけの途中、猫科の尻尾が目元をペシペシと叩いたきた。

 先端だけが黒い大きな尻尾。

 ホムラの尻尾だ。


 長くぶっといそれを思わず手に掴むと、今度はでっかい鳥の足――つまりはホムラの前足が合革のベストを「ちょんちょん」と引っ掻いてきた。

 なにかを催促するようなその動きと共に、肉球つきの後ろ脚が大きく広げられて、精悍な顔つきとなった鷲の頭頂部がグッと下げられてきた。


「なんだよ、もしかして……俺に乗れって言ってるのか?」


 立派な羽根を生やした喉元をさすってやると、ぐるぐるという心地よさげな喉鳴りが返されてきた。


「そっか……よし!」


 その誘いに応じて、俺は頷く。


「あ、でもそういやお前、鞍も手綱も――」

「なにをしている、貴様!」 


 ホムラへと飛び乗る足掛かりがないこと気づいた俺の耳元に、不意に怒鳴り声が叩きつけられてきた。


「え――」


 気づくと俺たちは、町中にいた。


「貴様、その魔物から離れろ!」 


 周囲には鎧姿の男……一目でそれとわかる、兵士たちの姿。

 敵意も露わに槍を構えたその奥では、大勢の町人たちがこちらを覗き見てきていた。


 ホムラが唸り声を発する。

 それまで聞いたこともない、低く野性味の強い声だ。


 続いて翼が大きく広げられると、兵士たちの間を緊張が駆け抜けてゆくのがわかった。


「もう一度言う! その魔物から離れろ! 誰の許可を得て連れ歩いている!」

「誰の許可って……あ、おい! ホムラにさわるな!」


 高圧的なその声に戸惑っていると、顔の見えない兵士の一人がホムラに槍の穂先を伸ばしてきた。

 ホムラの尾が、それを強かに打ち払う。


「やめ――」 

「取り押さえろ!」 


 話を聞いてくれと、その一言を発する間すらなく。


「やれ――殺してもかまわん! いや、殺せ!」


 ぶわりとした殺意が、俺の全身を包み込んだ。





「……チッ。まーたいいとこでおしめえかよ。ま、のんびりいくしかねぇかな、こりゃ」 




 バチリと目が覚めた。

 視界に映ったのは、石造りの天井。

 鼻先を掠めたのはツンとした薬剤の臭気。

 手に力を籠めると、サラリとしたシーツの感触がやってきた。


 間違いない。

 ここは俺が「つい先程までいた」病室の一角、寝台の上だ。


「ピッ!」 

「……ホムラ」 


 元気な鳴き声を共に枕元へとやってきた友人の名を口にして、俺はようやく理解した。

 夢だ。

 いま俺が見ていたのは、夢。

 それも飛び切りの悪夢の類だ。


「いや……そっか。そうだよな……」


 考えたくもない事態。

 否。

 考えることをさけてきた事態が、夢となって現れた。


 遅まきながらに、俺はそれを自覚する。

 同時に、幻獣保持証の存在を教えてくれたセレンのことも思い出す。


「あり得ることだもんな。もうでっかい鳥だなんて、誤魔化しきれないし……」

「ピィィ……グルゥ……」 

「ん。驚かせてわるかった。心配させてばっかだな、お前にも」 


 寝台に横たわるこちらに頬を寄せて甘えてくるホムラに、俺は謝罪する。

 夢に現れたグリフォンと兵士たち。


 それはこのまま俺が何もせずにいれば、必ず起こる出来事だった。

 想定が出来ているのなら、対策を練り実行するしかない。

 というか……


「また寝てたのか、俺。しかもあの声つき……いよいよなんかあるな、こりゃ」


 どうにも困ったことばかりな予感しかしない。

 二度あることは三度ある、を地でいっているからには無視出来ない状態だ。


 ホムラのこと、謎の男の声のこと。

 恐怖や戸惑いよりも先に、じりじりとした焦りが先にきている。

 落ち着いているというよりは、どちらかといえばうんざりとしている感じだ。


 情けない話だが、頭も心もついていけていない。

 修行が足りないというか、これからキッチリ特訓もあると来ている。

 参ったなこりゃ……


「誰かに術法で夢を覗かれている、とかが妥当か……? でもたしか、一度目のって――」


 せめて模擬戦で勝てていれば、気分も違っただろうにと。

 心の中ではそんなことを思いつつ独り言を吐き出していると、微かな話声が響いてきた。



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