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第150話 ファンタズムホルダー

 診察費として要求された、金貨三枚。

 それだけあれば、街で宿をとり飲み食いに明け暮れたとしても一週間は余裕で生活出来るほどだ。

 明らかに法外な額だ。

 少なくとも、現時点での俺はそう感じていた。


「こらこら。ホムラ君が驚いているではないかね。感心しないよ、主人として濫りに従僕を振り回すのは」

「あのな……わかってて言ってるだろ!」 

「なにがかね? 良い機会だが言っておくが……別にその額はそう不当でもないよ。先程の反応をみるに、君はどうやらなにかあれば街の獣医を頼ればいい、ぐらいに考えているようだが。そもそも公国で生計を立ててい魔獣医が数えるほどしかいないことを、わかっているのかね」

「う……そ、それは……」


 痛いところを突かれてしまいこちらが押し黙ると、深々とした溜息が返されてきた。


「このミストピアにいる魔獣医は、私一人。あとは家畜専門の繁殖医が殆どで、愛玩動物ペットの類を診るのはほんの一部。それも上流階級がお得意先の『お高い』先生方揃いだ。そんなところに急患としてホムラ君を持ち込んだらどうなるか……想像はつくだろう」


 セレンの言葉に、俺は今度こそ言葉を失った。


 街の獣医はその殆どが病傷の類を扱うものではない。

 ペットを診ることを生業をするものは、金持ち相手の高額医療施術者。


 それが事実なら、たしかにセレンが呆れかえるのも納得だった。

 幻獣であるホムラを「普通に」診てくれる、処置してくれる場所などそうそうない。

 知識・技術的な面のみならず、様々な理由が壁となり、場合によってはグリフォンの持つ稀少性自体が災いともなりかねない。

 ……認識が甘かったと言わざるを得なかった。


 俺にとってホムラは友達で、新しい家族ともいえる存在だ。

 ペットのように考えたことはないし、ましてや従僕のように扱い気もなければ、そうした覚えもない。


 だがしかし、今日ここでセレンから幻獣の扱いに関する話を聞かされて、俺はその考えが甘かったことを思い知らされた。

 いかに口先だけで「ホムラは俺の友達だ」といったところで。

 公国内で彼女が生きてゆくには、しっかりとみてやれる『飼い主』の存在が必要不可欠なのだ。

 それこそ目の前にいる、セレンのように幻獣に対する深い知識と、相応しい料簡を備えた主がいてこそ……ホムラを一人前のグリフォンとして育て上げることが出来るのだ。


「そもそも、幻獣と旅をするということ自体、相当に無茶のある話だからね。これまではサイズの面で多少の誤魔化しは効いていたのだろうが……それも成長期を迎えたことで難しくなる」


 セレンの指摘に、俺はただただ頷くより他にない。

 ホムラは、ナップサックの住人であった頃とはもう違うのだ。

 自力でアトマを操り、己の意志で飛翔する獣なのだ。


 俺からすればまだ嘴も爪も、成体のグリフォンとは比べようもないほど可愛らしく思えようとも。

 道行く人からすれば、例えば小さな子供を伴った町人などからしてみれば……それは立派な魔物のそれであり、害を成しかねない、脅威そのものだろう。


「警邏の者とて、そのままではホムラ君を見かけるたびに引き留めることになる。場合によっては力づくで排除に及んでくる可能性もあるだろう。それを回避するための手段は、いまの君にはない」

「それは……相応の手順、資格をもてばホムラを連れ歩いても問題がなくなる、ということですか」 

「そうだね。大抵の場合は、という前置きはつくが。魔幻従士ないし、それに認められた者であれば聖伐教団から許可証が発行される。これがそうだ」 


 言いながら、セレンは胸元の証印を自らの指で指し示してきた。

 赤い布地の上に金縁のプレートと共に縫い付けれらたそれは、翡翠色の鉱石だった。


「第一等幻獣保持証。効果はレゼノーヴァ公国内に限られるが、この印章と紐づけられてさえいえば、例え竜種であっても保持・使役が赦される。当然、相応の審査は必要だがね」

「幻獣保持証……フェレシーラからも、そういった物が存在するとは聞いていませんでした」

「さもありなん、だよ。白羽根といえど教団に関するすべてを理解し、把握しているわけではない。もっとも彼女は、私が知りようもない事柄に精通しているだろうが……ま、いまはそれよりもホムラ君に関してだ」


 その言葉に、俺は再び頷く。

 一度専門家に診てもらえば、当面のトラブルは避けられるだろうと。


 そんな風に考えていたのは、もう過去の話だ。

 これからは俺がホムラの保護者・管理者として知識と資格を得ていかねばならない。

 そうして未然にトラブルを回避、予防することでようやく一緒に旅が出来るのだと、認識を改める必要があった。


 ……正直言って、グリフォンであるホムラを連れ回していることに、俺は心の何処かで優越感を抱いていた。

 そうでなければホムラの安全を第一に考えて、もっとしっかり人目を避けさせていただろう。

 だがそれも、彼女の身体的な成長に伴い今更厳重に覆いをかけてやり過ごす、なんて真似も出来なくなってきている。


 それに日々すくすくと成長するホムラを、堂々と連れ歩きたい、可能な範囲で自由にさせたいという欲求も、日増しに強くなってきている。


「その、幻獣保持証はどうすれば手に入るのでしょうか」

「はっきり言えば、難しいね。この印象は教団関係者……それも厳しい試験をクリアした者だけに与えられるものだ。試験自体はこのミストピアでも受けることは出来るが」 

「教団関係者でない俺には、そもそも試験を受ける資格がない、ということですね」 


 その言葉に、今度はセレンが頷きを見せてきた。

 ふう、と俺は溜息を吐く。

 あまり言いたくなかったが、確認の必要があったからだ。


「そうなると、フェレシーラに頼るしかないですね」 


 なんとか「また」という言葉だけは付け加えずに、俺はその事実を口にした。


「うむ。それが一番の近道だろうね。かの聖女殿の渾名がまたも増えそうな気もするが」

「あー……たしかに、ですね」


 おそらくは、やや思いつめた表情でいたこちらを慮ってのことだろう。

 冗談めかして言ってきたセレンの指摘に、俺は苦笑いで応じていた。


「ピピ……?」 

「ん。ちょっと暇だろうけどもう少し待ってろよ、ホムラ……ってお前、なんでそこはかとなく面倒臭そうな顔してんだよ。いまお前の話してるんだぞっ」

「ピ! ピピピピピ……!」

「ちょ、周りでバタバタ飛ぶなって! ベッドの上に羽根落ちるだろ! こらっ!」


 待ち長さから暇を持て余したのか、俺の周囲をぐるぐるパタパタと飛び回るホムラ。

 本格的に飛べるようになったからって、コイツちょっと調子に乗ってるな……!


「仲が良いのだな。君たちは」 

「仲がって……いやまあ、見ての通りですけど……!」

「白羽根殿も含めて、の話だよ」


 そんな俺たちを見て、セレンが微かな笑みをみせてきた。 



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