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第149話 混血種あれこれ

 手にした紙束に目を走らせる。

 線の細い文字で、整然と書き綴られた中央大陸語。 

 そのすべてがホムラの成長状況と、それを元に記された今後の生育のための、助言に関する事柄だった。


 食事に運動、睡眠時間の摂り方。

 体温や声のみならず、便や体毛の状態、果ては瞳孔反応から検知可能な異常の兆候。

 そしてその対処法の数々。


 そうしたことが――おそらくは魔獣の管理用である――十数枚の記録紙に、びっしりと書き込まれている。

 特に対処法周りは、一般的に市場で入手可能な薬剤を中心に、神術でケア可能な点にまで事細かに言及されている。


「そこに記されていない、もしくは対処時に改善が見られないときは、迷わず最寄りの教会か神殿を訪れるように。私ほど腕が立つものはおらずとも、魔幻従士ないし、その指導教官が必ず一人は在籍しているはずだ。間違っても、町医者になど持ち込まないようにね」

「すごい自信ですね……でも確かに、これを見れば納得です」 

「事実を言ったまでだよ。師に匹敵する智の持ち主がいるのであれば、むしろ喜ばしいことだ」


 細長いペンを黒衣の内側にしまい込み、セレンが説明を終えてきた。

 自分を越える識者はバーゼル以外知らない、ということらしい。


 もちろんそれは、魔獣・幻獣に対する知識を指しているだろうけど……

 そんなセレンですら、グリフォンの幼体を診るのは初めてだっていうのだから、幻獣種にカテゴライズされる魔物の生態は、その殆どが謎に包まれている状態なのだろう。


 ……ん?

 ということは、だぞ。


「あの……あなたもグリフォンの子供を診るのは初めてと言われてましたけど。それじゃこの紙に書いてもらったことって。グリフォンの生体を診たことがあるってことですか?」

「いや? それは鷲と獅子の観察記録から導き出したものだぞ」 


 ……は?


「ああ。安心し給え。参考にしているのはちゃんと雌の個体だ。さすがにグリフォンは卵生だから雌獅子のデータは使えず、そこは記載していないがね。わざわざ雄のグリフォンを捕まえて繁殖しようとでもしない限り、必要もないだろうし割愛させてもらっている次第だ――おい、君。人が好意で書いてやったものを、何故破り捨てようとしているのかね」

「あ。サーセン。指がなんか勝手に動いてました。折角書いてもらったので、ありがたくいただいておきますね……!」 


 彼女からすれば、自分の見識を動員して大真面目に書き連ねてくれた代物だ。

 多少の不安を抱きつつも、俺はその紙を引き取らせてもらうことにした。


 にしても、鷲と獅子ってまんますぎる。

 鳩と猫とか言われなかっただけマシなんだろうけど。


 ていうか参考がそれなら、診てもらうの普通の獣医さんでもよくないか、って思いもしたけど。

 そこはやっぱり神殿務めだし幻獣種だしで、教団関係者推奨ってことか。


 この前立ち寄った『貪竜の尻尾』の店主も、ホムラを見た途端、びっくりして腰を抜かしていたぐらいだったからなぁ……

 悲しいけど、あんまり歓迎されないのはたしかなんだろう。


「ああ、繁殖に関して一応補則だが。適齢期に入ったら、牡馬には気を付けておき給えよ。ヒッポグリフを産むのは、なにも牝馬だけではないからね」  

「え。マジですかそれ」


 落ち着いたのも束の間のこと。

 立て続けにやってきたセレンの言葉に、俺は驚きの声をあげてしまっていた。


「たしかヒッポグリフって、グリフォンの雄が牝馬を襲って産まれるっていうヤツですよね」


 ヒッポグリフとは前半身が鷲、後半身が馬の姿をした、グリフォンと馬のハーフだ。

 種族的には魔獣に分類されており、食性は肉食。

 グリフォンほどにはアトマの摂取を必要とせず、また、気性もそれほど荒くないと言われている。


 グリフォン自体、馬を手頃な獲物として捕食する傾向にあるが、「番いを失った雄の個体が繁殖期になると牝馬を襲う」という俗説が有名であるのだが……


「その、逆もあるってことですか?」

「ああ。普通は襲う牡馬もいなければ、受け入れる雌グリフォンもいないからね。しかし過去に事例は幾つか確認されている。当然、その殆どが人為的な交配によるものだが……人に慣らされたホムラ君なら、万が一ということもあり得るだろう。気をつけておき給え」

「な、なるほど。了解です……!」


 黒衣の女史からの忠告に頷きで返しつつも……俺の脳裏を掠めたのは、旅の脚としてお世話になりまくっていた、赤褐色の毛並みを誇るアイツの姿だった。


 すまない、フレン。

 如何にフェレシーラの愛馬であり、大恩あるお前でも、ウチのホムラはちょっとやれないんで……!

 というか種族差もさることながら、(たぶん)歳の差がありすぎる。

 まだ俺を乗せたこともないホムラを相手に……お父さんは許しませんよ!


「それとだが……ヒッポグリフは飛行型の魔獣の中でも騎乗向きと言われているからね。魔幻従士にとっては扱いも容易く、一般人であっても乗りこなせるケースも多い。場合によってはかなりの高値で取引されているから、気を付けるように」 

「え……い、一般人でも乗りこなし易いんですか」 

「ああ、最近では西のエントルザ領で集団育成の計画も出ているぐらいだからな。もっとも、ヒッポグリフ自体には繁殖能力が備わっていないので、数を揃えることからして難航しているようだがね」 


 うっへぇ……マジか。

 聞いただけでも敷居が高そうというか、これまた倫理的にアレな気もするけど。

 上手くすれば貴重な戦力としてだけでなく、空からの斥候役も兼ねられそうだし、公国的にも魅力的ってことか。


 そうなると余計にホムラの身の安全には気を払っていかないとな……!


「ありがとうございました、セレンさん。あなたを頼って正解でした」 

「礼を言うにはまだ早いよ。資料には最後まで目を通す癖をつけ給え」 


 こちらが礼を述べて頭を下げると、セレンが今までにない真剣な口調で告げてきた。


「最後までって……なにか重要なことが書かれてるんですか」

「ああ。見ておかねば後悔すると断言しよう」


 魔幻従士である彼女がそこまで言うからには、相当な内容に違いない。

 ゴクリと生唾を呑み込みながら、俺は手にした用紙をめくってゆく。


「あの」 


 数えて三枚、追加で目を通し終えて……残る最後の一枚、〆の一文を見て、俺は口を開いていた。


「なんですか、コレ」

「ん? 読めなかったかね? 一応すべて中央大陸語で記述したつもりだったが」 

「言語の問題ではないです。そこは問題ないので」

「ふむ。それではどこに問題が?」


 ややすっとぼけた感のあるセレンにピシャリと言い放つと、更なるとぼけ声が返されてきた。


「最後まで見ないと後悔する、って言ったけどさ」 


 可能な限り平静さを保ちつつ、俺は手にした紙の内容に再び目を通す。

 他の紙に比べて、圧倒的に空白の占める割合の多い、白い紙。

 そこにはこう記されていた。


「今回分の診察料、しめて金貨三枚為り」と。

 それもご丁寧に、「ミストピア神殿所属、魔幻従士セレン・リブルダスタナ」の署名付きで。


「いま俺は、アンタを頼ったことを猛烈に後悔してるよッ!」 

「ピッ!?」


 突如張り上げた俺の怒声に、ホムラが驚きその場で羽ばたいた。



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