「成長期……ですか。そのカルテの内容でわかるんですか、そういうのも」
「いや。これは純然たる勘にすぎないね。だが私の勘は昔からよく当たる。それに……先程の君の質問にしてもそうだろう。理屈は後付けでこちらを刺してきたからね」
「それに関しては謝ります。初対面の方に失礼でした」
「なに、構わんよ。他の者ならいざ知らず敬愛する師に重ねてくれたのだ。第一印象はバッチリというやつだぞ、君」
そう言われても、あんまり嬉しくないけど……それこそ失礼になるし、ここは言い返すのはやめておこう。
所謂ところの「掌の上で転がされている」ってヤツなんだろうか。
バーゼルといい、このセレンっていう人といい、師弟してどうにも苦手感がある。
まるで自分が実験動物かなにかで、研究対象として観察されているような気分になってくるんだよなぁ。
「にしても、成長期か……」
「ああ。特にアトマに関してはなにか切っ掛けで化けるか、未解明な部分が多いからね。ふとしたことが呼び水となり、才を示した例は多い。しかしその切っ掛けは様々で、法則性と呼べるほどのものがないのが実情だ。かといって、一研究者として究明を止めることはしないが――」
「すんません、ちょいストップで……!」
手を前に突き出しての要求に、彼女は不満気に眉の根を寄せてきた。
話を中断されてお冠、といった様子だが……
「なんだね。折角興が乗ってきたというのに。君もこの手の話題はイケる口だろう。顔に書いてあるぞ」
「どういう理由でそんな印象を持たれたのかは存じ上げませんが。さっきも言いましたけど、ちょっとこちらは時間の余裕がないんで、またの機会にでも!」
「そうかね。残念だ。ホムラ君の成長期についても、話しておきたかったのだが……仕方がないようだね」
「ぐ……! そ、それに関しては、一度時間を作ってみますので……っ!」
こちらが慌てて返事を取り繕うと、小さく形の良い唇が勝ち誇るかのように釣り上がってきた。
「よろしい。ま、血液媒介式の主従契約が概ね上手く機能しているようだからね。術者・被術者共に拒絶反応や副作用の兆候がないかは、診てあげよう」
「主従契約が機能って……そんなことまでわかるんですか」
「当然だ」
一度は会話を切り上げようと試みるも、その言葉に俺はまたもや返事を行ってしまう。
なんていうかこの人……めっちゃ厭らしい喋り方してくるなマジで!
バーゼルのおっさんと比べても明らかに口数が多いし、話題を切り出してくるタイミングも巧妙だ。
この調子で付き合わされていたら、いつまで経ってもこの病室から抜け出せないのではなかろうか。
それこそ彼女の興味が失せるまでの間、ずっと。
「あなたもバーゼルから、魔獣や幻獣との契約術を学んでいるってことですか」
そんな懸念に駆られながらも、俺は問いかける。
確かにこれからの訓練は大事だし、期限だってある。
一分一秒でも無駄にしたくない、という思いもある。
しかしそれ以上に、魔幻従士という『魔物使いのプロ』であるというセレンの存在は貴重だった。
『隠者の森』でホムラと出会い、行動を共にし始めてからというもの……フェレシーラの協力を得つつも、そのすべてが手探りであり、勘任せなことすら多々あった。
兎にも角にも、グリフォンという種に関する情報が少なかったからだ。
そもそも魔獣種ですら、バジリスクにキマイラ、バイコーンにヒュドラ等、個性派揃いであり、危険度が高い魔物として目されている。
それら魔獣と遭遇した際の対処法・撃退の記録こそあれど、細かな生態に関しては謎も多い。
幻獣であるグリフォンも同様か、それ以上に不明な部分が多い。
「いつかは野生に返してあげないといけないでしょうね」
……森を出たあとに、フェレシーラもそんなことを口にしていた。
俺もそう思っていた。
でも、まだ出会ってほんの僅かな時間しか経っていないかもだけど。
既に俺の気持ちは「ホムラと離れ離れになりたくない」という想いに傾いている。
「ピ?」
気づけばホムラは、こちらの目線の高さで羽根をパタパタとさせながら、首を傾げていた。
「……そういえばお前、試合の時さ。俺のこと止めてくれたろ。ありがとな」
「ピ! ピピィ―♪」
不意に模擬戦での一幕を思い返して、俺は空飛ぶ友人に礼を述べた。
それを受けたホムラの声は喜びに満ちており、とても誇らしげだ。
亡くなった両親の代わりだとか、契約を結んでいるからだとか、そういうのを別にしても……俺は単純にコイツと一緒にいたいのだ。
その為には、幻獣に関して造詣が深く、かつ実践的な知識と技術を持つ人物の協力は必要不可欠だろう。
それこそ『隠者の森』で力を貸してくれたバーゼルのような者の助力が。
正直いってここまでホムラに大きな異変がなかったり、体調を崩したりしていないのは、運が良かったからとしかいえない。思えない。
こちらの手に負えない事態に陥れば、あてずっぽうで対処する他に、どうすることも叶わないのだ。
実際に、ホムラが母親を亡くしたことでアトマ欠乏症を引き起こした際には、フェレシーラが神術を用いても助けることは出来なかった。
「……魔幻従士、セレン・リブルダスタナ」
目覚めてからというもの、見習い神殿従士に魔幻従士にと、なかなかに落ち着けない。
「前言を撤回させてください。お話を遮った非礼も詫びさせていただきます。ホムラの為になることであれば、どうかご教授くださいますよう……お願いいたします」
そんな状況に内心こっそりと嘆息しつつも、俺は黒衣の従士へと向けて頭を下げた。
目覚めてから逢えていないとはいえ、フェレシーラにも相談なしの独断だ。
でもそれを間違いだなどとは、俺は思っていない。
たしかにフェレシーラの判断力や知識は、俺のそれより総合的に優れている。
彼女と顔を合わせてから、セレンの話を切り出してことを進めるというのが、ベターな選択のだろう。
わるくない選択。無難な対応というやつだ。
だが逆に、だ。
彼女と共にいる上での『ベストな選択』はなにかと考えてみれば……答えは一つしかない。
俺自身が経験を積み、フェレシーラと遜色ないレベルに達するのがベストなのだ。
それにもしかしたら、フェレシーラの了承を待ってはいては遅いかもしれないのだ 。
白羽根である彼女の要望があれば、神殿に所属のセレンは対応自体はしてくるだろう。
しかしそれで、セレンが乗り気までになってくれるかと考えると、難しい気もしてくる。
出会ったばかりでこう言ってはなんだが、彼女は相当に癖がある人物であることは明白だ。
気乗りしない時はとことんダメ。
興味が乗ればとことん突き詰める。
恐らくだが、そういうタイプの研究者だろう。
故にセレンの興味がこちらから失せる前に、協力を取り付ける。
その為の格好の機会が、この瞬間だと俺には思えていた。
先んじて行っていた「セレンが契約術についてバーゼルより学んでいるのか」というこちらの質問が、愚問でしかないことは明らかだ。
それでも、話の切っ掛けとして作用してくれれば十分といえる。
いま、セレンがどんな表情をしているのかは見えないが――
「――く」
そんな思考を巡らせていると、目の前にあった黒衣の裾が大きく揺れてきた。
「く、くく……くくくく……ぷっ、ぷぷっ!」
続いてやってきたのは、如何にも堪えきれず、といった感のある笑い声。
「な、なるほど。くく……まあ確かに普通はそういう推測になるな……ぷっ、くくく……っ」
一体何事かとこちらが顔をあげると、そこにはカルテを投げ出し、腹を抱えて笑うセレンの姿があった。