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第145話 魔幻従士兼任者

「あー……ごめん、パトリース。わるいけどさ」


 寝台の端にうなだれかかる従士見習いの少女に、俺は聞き返す。

 返ってくるであろう言葉を予想しつつも、聞かずにはいられなかった。


「いまの部分、少し詳しく聞いていいかな? その、神殿従士を諦めて神官になれってやつ」

「うん……お父様がね。私には術士の才能があるんだから、なにも危険な神殿従士を目指さなくても、ミストピアにはいられるからって……そう言ってカーニン従士長や新官長に、私を移籍させろって命令しているみたいなの……」


 まるでこの世の終わりとばかりに沈鬱とした面持ちで、パトリースは答えてきた。


 うん。

 これってあれだな。

 冒険者ギルドでプリエラが言ってたやつだ。


 公国では家柄の良い人間が聖伐教団に所属する際、術士としての素養があれば基本的には教会に配属になる、っていうやつ。

 その話を聞いたときは、バリバリに神術を使いこなすフェレシーラが神殿従士だったから、かなり驚いたけど……

 ミグとイアンニ、そしてハンサとの模擬戦を終えた今なら、その仕組みがよくわかる。


「まあ確かに術士としてやっていけるのなら、わざわざ従士を目指す必要はないよな。……単に教団に所属したいだけなら、だけどさ」


 己を落ち着かせる意味も込めて付け加えたその言葉に、少女がピクリと肩を震わせてきた。

 ふう、と俺は溜息を吐く。 


「神殿従士でないと駄目なんだな、パトリースにとっては」 


 パトリースが顔をあげる。

 その瞳は大きく見開かれており、驚きの色に満ちていた。


「わかるの? フラムには、私の思ってることが」 

「ん……ちょっと複雑な気分ではあるにしても、なんとなくわかるかな。まあ俺の場合、現在進行形でなれずじまいの真っ最中なんだけど」

「なれずじまいって……どういうことなの? あなた、自分のこと旅人っていってたけど。好きで色んなところを旅してるわけじゃないの?」

「あ、いや。そういうわけじゃなくてさ……」 


 語尾を濁したこちらを、パトリースがじっとみつめてきた。

 チラリ、と俺は辺りに視線を巡らせる。


 相変わらず周囲に人の気配はない。

 パトリースはといえば……こちらが話してくるのを待ち構えているようだった。


「ま、仕方ないか。こっちも色々と聞いちゃったし。秘密にしておいてさえもらえれば」


 誰に、とまでは言わずに……俺は従士見習いの少女に、これまでの経緯を掻い摘んで話初めていた。 

 勿論、大事な部分は諸々伏せてだけど。




「ピピィー♪」


 嬉しさいっぱいといった鳴き声共に、間仕切りの布が大きく揺らされてきた。


「おっとぉ……っ!」


 真っ白な布と布の間を突き抜けて寝台に飛び込んできた友人を、俺は両手で抱きとめていた。


「ピ! ピィ♪ ピピピピピ……♪」

「よお、ホムラ。元気にしてたか? そういやアトマもやれてなかったな……よーしよしよし」


 そしてそのまま、大鷲の頭頂部と猫科のお腹を撫でつけてやる。

 その様子を隣にいたパトリースが、ぽかんと口を開けて眺めていた。


「――おや」


 ぐるぐるという喉鳴りを味わっていると、女性の声がやってきた。

 ややかすれ気味の、ゆっくりとした……独特の圧のある声だ。


「随分と勢いよく飛んでいったかとおもえば、主殿がお目ざめだったようだね」


 首元までを覆う血の様に赤い長衣。

 鈍い金色の刺繍で縁取られた黒い外套と、横長の学者帽。

 黒髪黒目、黒縁の眼鏡。


「あなたは……」


 ホムラに続いて病室に姿を現した女性へと向けて、俺は誰何の声を投げかけていた。


「これは失礼。もう口がきけるとは思ってもみなくてね。私はセレン・リブルダスタナ。この神殿で医者の真似事をやっている。専門は魔獣種。昨日からは幻獣種もだがね」 

「魔獣種に幻獣種っていうと……もしかして、魔幻従士って奴ですか」

「ほう。存外に頭の方もしっかりと回るようだね。成程、あのハンサが煮え湯を――おっと」


 言葉の途中、セレンと名乗った女性がパトリースに視線を飛ばして口を噤んできた。


 慎重は160㎝に届かないぐらいだろうか。

 年齢は不詳。

 若くも見えるし、年嵩にも見える。

 そんなイメージのある、理知的な面差しの女性だ。


 その装いといい、物腰といい……俺の脳裏にとある人物のを想起させてくる。


 魔幻従士という推測が当たっていたのは、この神殿に来た時にフェレシーラに教えてもらっていたおかげだ。

 聖伐教団所属の魔獣・幻獣使いの呼称とのことで、かなり成り手が少ないらしい。

 そんなレアな職業に就いてる人に、こうもあっさりお目にかかれるとは思ってもいなかったが……


 そうなると、だ。


「俺が寝込んでいる間、あなたがホムラの世話をしてくれていたんですよね。ありがとうございます」

「うん? ああ、まあそういうことになるか。こちらとしては、貴重なグリフォンの幼体のデータが取れたと喜んでいただけだが。初の個体が変種というのは手放しで喜べる要素ではなかったがね」


 くく、と暗い笑い声を言葉尻に滲ませて、セレンが間近に進み出てきた。 

 整った容貌と女性らしい体つきに反して、随分と男性的な言い回しだ。

 若干、皮肉屋シニカルな印象こそあれ……


 やっぱり、気のせいというには重なる点が多すぎるな、この人。 

 違ったところで多少恥を掻くだけだし、ここは思い切って聞いてみることにしよう。


「あの……俺の勘違いだったら申し訳ないんですが。一つ、尋ねても良かったでしょうか」 

「構わんよ。私としても君個人には興味もある。ホムラ君との関係性含めてだがね」

「あ、ありがとうございます……では、失礼して。お伺いさせてもらいます」


 やっぱり似ている。

 黒衣の女性の返しに、半ば確信めいたものを感じ取りつつ、


「バーゼルという魔術士と、お知り合いでしょうか」


 俺は眼前の魔幻従士に向けてそんな問いかけをぶつけていた。

 対してセレンは無表情だ。

 ただ、ほんの少し紫がかった瞳だけが、興味深そうにこちらを覗き込んできていた。


 バーゼル。

 俺の故郷である『隠者の森』に突如姿を現した、生物学者兼・家庭教師を名乗る魔術士。

 偶然というにはかなり疑問の残る形で、こちらを助けてきた男の名だが……


 これで外していたら、かなり恥ずかしいな俺……!


「根拠は」 

「あ、はい」 


 感情・修飾共に欠落したその反問に、俺は居ずまいを正して応えることにした。


「やっぱり、言い回しと身に付けている服の色あいですね。あとは……ちょっと違うけど、雰囲気も」 

「む。そちらが先か……他には?」 


 こちらの根拠に不満があったのか、セレンは追加の回答を促してきた。

 直感が先にきての言葉だったし、それも仕方ないだろう。

 間を置かず、俺は答えた。


「魔幻従士っていう職業と、ホムラと俺の関係性を把握していそうなところです。ホムラを救ってもらうために、そのバーゼルという術士に助力していただいたので」 

「ふむ。よろしい」


 眼鏡の真ん中、ブリッジの部位を左の中指で軽く押し上げて、彼女はそれを頷きの代わりとしてきた。

 そういや眼鏡って結構な高級品のはずだよな。


 よくみると、細いフレームに細かなアトマ文字が刻まれている辺り、腕利きの職人の手による生活術具ぽい。

 それも加味して考えると、かなりの値打ちものかもしれない。


「正解だ、フラム君。如何にもバーゼル・レプカンティは私の師にあたる。もっとも私は、あの人の様に術法は扱えんがね」

「彼と同じ、生物学者が本業というですか?」

「またもや名答だな。この神殿ではその肩書で禄を食んでいる身だ。魔幻従士などと呼ばれたところで、前線に出る気は更々ないからね。その分、医者の真似事を押し付けられて辟易としているわけだが」


 ……うん。

 なんだろう。

 自分でもびっくりするぐらいに、勘が冴えまくっていたわけだけど。


 このセレンって人、変わり者の臭いがプンプンするな。

 胡散臭さは別としても、立ち振る舞い自体は紳士そのものだった師匠のバーゼルと比べて、かなりの皮肉屋っぽいし。

 容姿自体は余裕で美人の部類に入るんだろうけど。

 一種独特のというか、一言で言えば絡みづらい雰囲気してるもんなぁ。


 ぶっちゃけ、師弟揃って苦手な印象バリバリだぞ……!



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