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第140話 返すべきもの

「まさか、アトマを直接放出する技があっただなんてな……」


 まだ試合中だというのに、俺はついそんなことを口にしてしまう。


 しかし実際、師匠に魔術を習っていたときは、こんな技は教えてもらっていなかったから、ちょっと驚いた。


 まあ、魔術士としては邪道な技というか、完全な力技だし専門分野ではないんだろう。


 ていうかあの人、『煌炎の魔女』なんて大層な異名持ちのわりに、不器用なとこあったしな……

 もしかしたら、そもそも録に扱えない技だったのかもしれない。


 まあ、なんにせよ、だ。

 いま大事なのはアトマを式の構成を介さずに放つ技の仕組みに関して、こちらの推測が的外れではなかった、という事実だ。

 そしてそれを俺なりに実行することも出来た。


 ……フェレシーラが、俺と会ったときに言ってくれた言葉のお蔭だろうか。

 土壇場であってもなぜだかやれる自信があった。

 その結果が、ハンサの繰り出してきたアトマ光波への相殺行動だ。


 してやったとばかりに、俺は開始円を踏みしめる。

 ハンサはといえば、何事かを思案している様子だった。

 そこに「ふうっ……」と、息を吐き下ろす音が、横合いから届いてきた。


 誰のものともしれないそのため息に、俺は試合場を見回す。

 静まり返った場内には、審判を務めるフェレシーラ。

 そして観客席に腰を下ろした、二人の神殿従士がいた。

 その全員が、真剣な面持ちでこちらを注視している。


 審判役を買って出たフェレシーラと、厳格な性格のイアンニはともかくとして……

 お喋り好きなミグが大人しくしているのは、少しというか、かなり意外だ。

 まあさすがに上官が試合に臨んでいるとなれば、ふざけるわけにもいかないのだろう。


 彼らは皆、ハンサが俺の下へ向かってくるのを無言で見守っていた。


「フラムといったな」

「へ? あ、はい……そうですけど」


 次は一体どんな攻めで、こちらを追い立ててくるのだろうかと。 

 そんなことに思考を回していると、唐突にハンサがこちらの名前を呼んできた。

 油断せず、俺は会話に応じる構えを見せる。


「お前――何者だ?」


 そこにハンサが、訝しみの眼差しと言葉をぶつけてきた。


「何者って……ただの旅人ですよ」

「貴様のような旅人がいてたまるか」


 しれっと返してみせた俺の言葉を、ハンサはバッサリと切り捨ててきた。

 中々に辛辣な対応だ。


 しかしこちらは、『隠者の森』で魔術士を目指していた過去を隠している身だ。

 故に、当たり障りのない返答に終始するより他にない。


 それにいまは、試合の真っ最中であって―― 


「俺が聞いているのは、そういう意味ではない」 

「……? 言ってる意味が、よくわからないんですけど」 

「それで白を切っているつもりであれば、大したものだな」 

「なにが言いたいんですか。いま、試合中ですよね?」 

「そうだな……ただの難癖という奴だ――よっ!」 


 言葉を返し様、ハンサがこちらへと斬りかかってきた。

 それを俺は、剣の腹で受け止める。

 刃のない刀身がかち合い滑り落ち、互いの鍔元が噛み合った。


 明らかに、力の籠っていない一撃だ。

 もっと言ってしまえば、攻撃のフリをしているだけだろう。

 でなければ、俺が彼の剣を真正面から受け止めるなど、到底出来はしない。


「単独行動大好きの聖女さまが、ふらりと神殿に足を運んできたかと思えば……そこに連れだってきたのが貴様だ。わけもわからぬままにテストに付き合えと言われて、ならばと胸を貸してやるつもりが、まさかのまさかの連敗ではな。素性を疑うぐらいのことは、誰でもするさ」

「それは……ミグもイアンニも、得意の武器を使っていませんでしたから……っ」 

「謙遜も度を過ぎれば嫌味、の典型だな。こちらもその程度のことでどこの馬の骨ともしれん小僧に負けるような、やわな鍛え方はしているつもりはない」


 その言葉は、事実なのだろう。

 思い返すまでもなく、彼らの修練場での真剣な調練風景は目に焼き付いている。

 それだけに、その指導役を担うハンサの胸中は穏やかではないはずだ。


「貴様はたった一度の対戦でミグのカウンターを跳ねのけ、イアンニの強圧を封じ込めた。癪に触る話だが、この試合はそちらの完勝だ。それはあいつら自身が、一番よくわかっていることだろう」 

「そりゃどうも……ていうか、最初に言ってましたもんね。憂さ晴らしさせてもらうって……!」

「ああ。幾ら神術で傷と疲労を癒したところで、磨り減らした精神まではどうにもならん。そしてそれは実際に、形となって現れた。貴様は慣れぬ武器に振り回され、逃げ惑った挙句、気を失うまでに追い込まれた」 


 それも、ハンサの言うとおりだった。

 試合が始まってから、俺はまともに長剣を振るうことも叶わぬまま場外際に追い込まれて、彼が敢えてみせた隙に、むざむざと釣られた。


「やはり貴様は、限界を迎えていた」


 その結果、アトマ光波の直撃をその身に受けて、あっさりと昏倒してしまっていたのだ。 

 ハンサにしてみれば、拍子抜けするほどの弱さ、脆さだったに違いない。


「そう、思っていた」


 鍔迫り合いを演じつつ、ハンサが言を翻してきた。


「だが……目を覚ましてからの貴様はどうだ? 見違えるほどの剣捌きに、不自然なまでの落ち着きよう。そしてただ一度受けただけの、アトマ光波への即応ぶり」 


 競り合う剣越しにハンサから伝わってくる感情は、驚きというより、疑いに近かった。 

 しかしその疑念も、もっともだと言わざるを得ない。


「あっさりと一本目を取られて、開き直ったことで迷いが晴れたか? それとも……隠していた実力を披露する気になったとでも、言い出すつもりか?」

「そんなわけ、ないでしょ……! こっちだって……俺だって、必死なんだよ!」


 非難染みたハンサの問いかけに、俺は思わず反発する。

 正直いって、俺自身あんな芸当が出来るとは思ってもみなかったからだ。


 術法式も用いずに、まるで魔物か何かのように、肉体から直接アトマを放出する。


 ハンサが斬撃と共にそれを繰り出してきたのは、そこに確たる裏打ちがあってこそだろう。

 おそらくは、血の滲むような修練を積み上げた結果なのだ。


 さしたる努力もせずに、あんな芸当が出来るのであれば、ミグとイアンニもどこかで繰り出す素振りぐらいはみせてきた筈だ。


「天賦の才、という奴か。俄かには信じ難いことだが……これもアーマ神の導きというわけだな」 

「信心深そうなことを言い出す前に、こっちの言葉を信じろっての……っ!」 

「ふむ。これは一本取られたようだ。たしかに俺は模範的なアーマ教徒とは言えん」

「そんなんで一本取っても、こっちはぜんっぜん嬉しくないけどな!」 

「その意気や良し、だ。白羽根が伴ってきたからには勇士としての気概を見せろ。たとえ貴様が、戦士ではなくとも……周りの連中にも舐められんようにな」


 半ば意地になって鍔を押し付けてみせた俺に、ハンサがニヤリとした笑みを見せてきた。

 彼の言う周りの連中とは、この神殿の――


 いや、違う。

 おそらく、ではあるが……

 ハンサが言っているのは、そんな狭い枠組みの中の話ではない。

 それはきっと、この国全体における話だ。


 魂源神アーマを信奉する者は、このレゼノーヴァ公国中に数多く存在する。

 聖伐教団の総本山が置かれた国なのだから、当然といえば当然ではある。


 だがしかし……


 人類種に広く伝播したアーマの教義。

 それが世に受け入れられたことには、理由がある。


 命と魂、光と美徳、法と繁栄……

 彼の女神が司る祝福は、数多くあれど。

 混迷極めた神代かむよの時に、人々がアーマを讃え敬った理由はただ一つ。


 それはひとえにアーマという女神が、勝利を司る神だったからだ。

 強大な力を誇った創造神や、弟神であるゼストと闘い……勝利を収めた神だったからだ。

 勝利の象徴、戦神アーマ。


 俺がまだ物心ついて間もない幼き頃に、師匠が子守唄として聞かせてくれたお伽話。

 アーマの神話。

 それは闘争と勝利の栄光に彩られた、戦神の物語だった。


「つまり、あんたが言いたいのは……」


 心底嬉し気に、剣と剣を軋ませて異音を奏でる男へと俺は反問を行う。


「あいつと一緒に、この国を渡り歩く以上……相応しい奴になれってことかよ……っ!」 

「そうだ。このまま聖女の庇護に甘んずるつもりがなければ。フェレシーラ・シェットフレンの横に並び立つ気概があるのならば。それをここで示してみせろ。旅人フラムよ」 

「そんなこと!」 


 言われなくてもわかっている。

 だがそれを余計なお世話だと断ずるには、俺が未熟すぎるのもまた事実だ。

 故に俺は、それ以上の言葉を返せない。


 返すべきは、勝利という結末しかありえなかった。



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