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第135話 『亜神』

「仕方のないことなのです。これまではミシェラがすべての人々に神の加護があると説き、貴方がた種族長を魔人王討伐の英雄として祀り上げることで、なんとか均衡を保っていたところに……人族の地に私が現れてしまったことで、それを崩してしまったのですから」 


 自らの行いを悔いるように告げてきたアーマに、長たちは戸惑いを隠せずにいた。


「私たちが、魔人王討伐の英雄ですか……それはまた、彼女らしいというか、なんというか……私、実質『転移』一回こっきりで比喩ぬきに首の皮一枚、ってやつで終わってしまったのですが」

「英雄ねぇ。自分で言っちゃあなんだが、俺なんてわりと犬死の部類だったけどな」

「お前さんたちはまだマシじゃろ。儂なんて目が覚めたら全部終わっておったわけじゃしの」


 いつの間にやら英雄として地上で持ち上げられていた。

 それになんとも言えない居心地の悪さを覚えて、ラパーニのみならず、ベルギオとディルザまでもが苦虫を噛み潰したような顔となってしまう。


 それらのやりとりに、バアトだけが加われずにいた。


「本当に、アーマさまなんだな……」 


 不意に洩れたそんな呟きを、初め彼女は自分が口にしたものだとは思っていなかった。

 だが、横に立つベルギオに視線を向けられたことで、バアトは己の言葉を自覚した。


「そうか……そうなのだな。お前はあれからも頑張ってくれたのだな、ミシェラ……」 


 再び呟くも、今度はベルギオは反応を示してはこなかった。


「皆、おしゃべりはそこまでにしておけ。いまはアーマさまが、お話をされているのだ」

「ありがとうございます、バアト」


 制止の腕をあげてみせたバアトに、アーマが頭をさげてきた。

 隣で「へっ」と鼻が鳴らされる音を耳にしながら、バアトが女神へと向けて恭しく頭を垂れる。


「私が貴方がたを探していた理由は、他でもありません。この先、繰り返される魔人の襲来から子らを護り抜くためにも……私と共に天界へ昇って欲しいのです」


 アーマからの申し出に、その場にいた全員が身を強張らせた。

 地上を離れて、天界へと昇る。

 それは嘗て、人族の長ノーシュと共に、彼らが夢見た願いだった。

 奈落に降りた神、ゼストの手を借りて果たそうとした行いだった。


「アーマさまと、我らが天界に……それは、つまり」

「新たなる神。亜神として昇華を果たし、地上の護り手となる。すべての人類種に対して、遍く恵と救いをもたらす。それが出来るのは、彼らのことを誰よりもよく識る貴方がたをおいて、他にいないでしょう。ミシェラを依り代とした私が、魔人王を生みだした人族の復権に貢献することが出来たように」

「亜神……神に次ぐ、存在となれと言われるのですね。そしてミシェラの意思を継ぎ、地上の永遠なる守護者となれと……」


 神の威厳と気品を以て告げてきたアーマに、バアトが顔をあげて答えた。

 燦然たる輝きが、そこに差してきた。


 見れば対面した少女の背後には、光り輝く四対八枚の翼が広がっている。

 万物の根源、アトマの煌めきを纏う光の女神。

 その神に乞われて、天界の一員となる。


 アーマを慕う彼らにとって、これほどの栄光と名誉は存在しなかった。

 女神との再会を果たした時点で、漠然とした予感はあった。

 だが……それを受け入れることは。

 即ち目の前にいる少女が、真にアーマであると認めることにもなる。


 ふと、バアトは仲間たちを眺め見た。

 そこには、唇を真一文字に結んで押し黙るともがらの姿があり。

 誰一人として、天界に昇ることへの喜びを露わにする者はいなかった。


 やはり、そうなのか、と彼女は思った。

 自分はなにも、アーマを疑うことを畏れていたわけではなかったのだ。

 自分はただ……ミシェラという少女が本当に喪われてしまったという事実を、受け入れたくなかっただけなのだ、と。


 しかしそれは、バアトだけではない。

 皆、強がってみせていたのだ。

 ノーシュのことにしても、そうだろう。

 彼らは、何一つ己の手で罪を贖えてなどいないと考えていた。


 暴論ではあるが、番いを失ったという点では、ミシェラと自分たちは似たようなものだ。

 それを聞いたときの喪失感は、言葉にし難いものがあった。

 だが、ミシェラは自らの手でノーシュを討ったというのだ。

 その悲しみとやるせなさは、自分たちの比ではなかっただろう。


 そんな二人に対する、せめてもの償い。

 自分はそれを、これから見つけていかねばならないのだろう。


「しかしですね、アーマさま。実際のとこ、俺らが神になんて……その亜神ってのに、なれるモンなんですかね」

「心配には及びませんよ、ベルギオ。気付いてはいないかもしれませんが、いまの貴方がたは既に魂のみの高次存在となっています。純粋なアトマの塊に等しいゆえ、昇華も可能なはずです」 

「魂のみの存在……じゃあノーシュの奴とやりあったときに、やっぱ全員くたばってたわけですか。どうりで、奇天烈な見た目になっちまってたわけだ」 

「皆の姿に関しては、それぞれのイメージが反映されてしまった結果かと思います。その気になれば元の見た目になることも容易なはずです。本来は天界に行き着く魂が、この場に留まっていたことは不可解ではありますが……長き闘争を経たことで、霊格も増していることも昇華への一助となってくれるでしょう」

「魔人どもとの闘いで、知らず知らずのうちに鍛えられてたってことか……なんとも皮肉な話ですね。ま、アーマさまの太鼓判がいただけるってんなら、一安心、ってとこか」


 独白するようなベルギオの言葉に、バアトは苦笑するしかなかった。

 どうも彼には、自分が気落ちしていることが丸わかりだったらしい。

 普段は率先して話を引っ張ることもないのに、要所要所で口を出しているのが、その証だろう。

 これまでずっと大雑把な男だと思い込んでいたが、それは大きな勘違いだったようだ。 


 そしてそれは、なにもベルギオのことだけに限った話でもないのだろう。


「そういうことであれば、不安になる理由などないな。アーマさまたっての申し出だ。私はこの話、謹んで受けさせてもらおうと思うが……ディルザ翁とラパーニはどうだ?」

「そうじゃのぅ。これまでやってきたことと、亜神とやらになって子らの世話をするのに、どの程度差があるのかはピンと来てはおらんが……ま、乗りかかった舟という奴じゃな。天界の酒も気になることじゃし、ここはお供させてもらおうかの」


 バアトに話を振られたディルザは、のんびりとした口調で同意を示してきた。

 最後に残ったのは、ラパーニだ。

 彼女はプラプラと揺れる首に手を当て、なにやら思案している様子だった。


「私も肉体を捨てた先のことには興味があったので、お受けしようと思っていたところですが……私たちがそれぞれの種族の守護神となるとして。そうなると、人族の守護神はアーマさまが担われるのでしょうか?」 

「ええ。それは私が務めましょう」

「おぉ……」


 ラパーニの問いに頷きを返してきたアーマに、長たちが揃って喜びの声をあげた。


「よかった。それなら人族への心配をする必要はなさそうですね」 

「うむうむ。あそこはごたごたが多すぎたからの。アーマさまが護ってくださるのであれば、これほど心強いことはなかろうて」 

「むしろ人族のガキどもが羨ましいぐらいだけどな。俺らのとこからも、そっちの方がいいって連中が大勢でるんじゃねえか?」

「それぐらい大目にみてやれ、ベルギオ。ディルザ翁の言うように、ノーシュに続いてミシェラまで失ったのだ」


 またも盛り上がり始めた仲間たちを、バアトがやんわりと纏めあげると。

 再び彼女は、アーマの前に膝をついていた。


「アーマさま。此度のことは、我らの不徳により引き起こされたのだと考えております。封じられた奈落の蓋を軽々しく開き、結果として人族は長を失い、地上は荒れ果ててしまいました。我らはその罪を償いとうございます。それをあなたさまの元で成せるのあれば、これほど喜ばしいことはありません」 


 バアトの言葉に、他の種族長らも膝をつき、女神の返事を待った。

 アーマは、静かに目を伏せていた。


「貴女の言いたいことは良くわかりました。顔をあげてください」


 その言葉に、皆が視線をあげる。


「今日より私たちは、共に地上を守護する仲間……盟友となるのです。そこに序列など不要と私は考えます」

「それは……」 

「すぐに慣れろ、とは言いません。ですが、ミシェラもきっとそれを望んでいるはずです」

「――わかりました」


 ミシェラの名を口に出されて、バアトがアーマの提案に折れる形となった。

 渋々といった風に腰をあげた竜人を前に、少女が花のように微笑む。


「ふふ。良かったです。これで天界も賑やかになってくれますね」

「……まったく、あなたと来たら。こうと決めたら譲らないところは、そっくりだ」 


 優しげな呆れ声を、締め括りの言葉として。

 その日、世界は『アルスルード』から『サーシャルード』へと名を改めると、双子の神に続き、新たな神々が誕生した。


 竜神バアト。

 獣神ベルギオ。

 鬼神ディルザ。

 兎神ラパーニ。


 亜神となった彼らの庇護の下、その子らはいつしか『亜人』と呼ばれ始めて。

 魂源神アーマの子となった人族と再び手を取り合い、混迷を極めた時代『降神暦こうじんれき』を生き抜いていった。





 これは今より、遥か昔の神代の話。

 誰もが忘れ去り、僅かな口伝のみにその足跡が遺されたときのこと。

 中央大陸にレゼノーヴァ公国が興されるよりも、千年もの時を遡る伝説の時代。


 すべての幼き子らへの寝物語として語り継がれる、遠き日の物語だった。





 君を探して外伝 『アーマ神話』 完

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