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第132話 威光燦然、目も眩み

「よおバアト! 抜け駆けはよくねえぜ!」

「ベルギオ!? 其方、姿が……ディルザに、ラパーニもか!」


 あっという間に追い縋ってきた獣人の姿に、竜人が驚きと喜びの入り混じった声をあげる。

 突然の変化に戸惑いつつも、彼らの歩みは止まらない。

 一歩一歩、前へと進むたび。

 体の奥からなにかが突き抜けてくるような、解放感があった。


「にしても、マジで俺らヤベー見た目してんなコレ。ガキどもが見たらギャン泣き確定だぞ……!」

「儂は案外、この姿も気に入ってきたがの。これってあれじゃろ? 若者の間で流行りの細マッチョとかいうやつ!」

「どちらかと言うと、薄マッチョという感じですが。私の場合、首が取れそうなわりに思い切り走っても問題ないようですね。この奇妙な高揚感といい……興味が尽きません!」 


 それぞれが気持ちの昂りを露わにながら、全力疾走で四人が駆ける。

 彼方にあった人影が、瞬く間のうちにはっきりとした輪郭を帯びてくる。

 見覚えのある金色の髪と美しい面差しの少女が、そこにいた。


「おぉ――随分と探したぞ!」 


 ミシェラと、その名を口に昇らせかけて。

 先頭を翔んでいたバアトが、動きを止めた。

 そこに後続の三人が追いついてくる。


「おい、バアト。なんでいきなり止まって――」


 そう声をかけたベルギオの目の前で、バアトが地に片膝をつき蹲った。

 突然のことに、ディルザとラパーニも立ち止まる。


 なにかがおかしい。

 漠然とした感覚に戸惑いつつも、彼らは目指していた人影に目を向けた。

 そこには皆が知る少女の姿があった。


 ミシェラだ。

 身に付けている衣服こそ黒の長衣ローブとなっているものの、その容姿を見間違えるはずもない。

 彼女はゆっくりと、たおやかな仕草でこちらに歩んできていた。


 それを見て、ベルギオが片手をあげかけて。

 ディルザが破顔一笑、相好を崩しかけて。

 ラパーニがいつものようにお辞儀をしかけて。

 知らずのうちに彼らは皆、地に片膝をついてしまっていた。


 一体、なにがどうしたのか。

 探し求めていた少女が近づいてくることを喜び、声をかけようとしただけなのに、体が勝手に動いてしまっている。

 せめて前を向こうと試みるも、それすら叶わない。

 それどころか、言葉を発することにも強い抵抗を感じてしまう有様だ。


 わけのわからない事態に、全員が混乱する。

 あまりにも無防備で、予想外の出来事に思考がまとまらない。

 だが、不思議と恐怖や危機感は湧いてこない。

 それどころか、気持ちが安らいでゆくような感覚さえあった。


「バアト。ベルギオ。ディルザ。ラパーニ」


 その安らぎの源が、彼らに呼び掛けてきた。

 ミシェラの声だ。たしかに、声はあの人族の少女のものだ。

 しかし、なにかが違う。


「皆、どうか顔をあげてください」 


 赦しの声に、全員が恭しい所作で顔をあげる。

 彼らの間近に……ほんの数歩先に、彼女はいた。

 人族の種族長、ノーシュの番い。ミシェラの姿がそこにあった。


 だが違う。

 なにが違うのかを、四人は考える。

 美しくも快活であったその面持ちが、憂いを帯びて伏し目がちにされていたことだろうか?

 それとも、いつの間にか見慣れぬ黒衣を纏っていたことだろうか?

 或いは、彼女の呼びかけがそれまでとはまったく異なっていたことだろうか?


 いや、違う。

 そんなことは、些細な変化でしかない。

 そんな表面的な違いでは、ありえない。

 そんなことで、人類種の長である自分たちが地に平伏するなど、決してありえなかった。


 永遠にも思えた、再開の瞬間を経て。

 四人が四人とも、時を同じくして口を開いていた。


「アーマ、さま……」 


 それは四人の奥底にあった、原初の記憶から発せられたものだった。

 ありえないはずのその呼び掛けに、皆がその動揺を深める。

 自分たちは、体だけでなく頭のほうまでどうにかなってしまったのだろうか。


 そんな疑念を吹き飛ばすように。


「如何にも。流石は私が見込んだ子らです。このような形で相見えたというのに……自らの不甲斐なさに、言葉がみつかりません」 


 眼前の少女が、悲しげな瞳で頷きを返してきた。

 かつてないほどの衝撃が長たちの間を走り抜けた。

 けれどもそれと同時に、己らの取った行動に合点もいってしまう。


 理由は欠片も、これっぽっちもわからない。

 だが、いま自分たち目の前にいるのは、女神アーマなのだ。

 そうであれば、心の底から湧き出でてくる畏敬の念も、不思議な高揚感も、なにものにも代えがたい安らぎにも、すべてに納得がゆく。


「これは……どういうことなのだ。姿はミシェラのものだ。しかしこの、すべてを包み込むような荘厳なアトマの波動は……まさしく、アーマさまでしかありえない。ベ、ベルギオ……其方は、どうなのだ……!」

「んな……!? バアト、テメェまさか……俺に、臭いで嗅ぎ分けろってか!? ふざけんな……! そんな不遜な真似……言えるかよ!」

「出来ないわけではない、というのが悲しいところじゃな。それにしても、懐かしい感覚じゃ……長生きはするものじゃわい。しかしアーマさまがおわすとは、もしやここが天界というやつなのかのう」 

「そうですね……この場所が天界であれば、地上と法則が異って然りではありますが。なんにせよ、状況がまったく把握出来ていませんので……」


 いつものように会話のトリを攫っていったラパーニの言葉に、皆が押し黙る。

 アーマは彼らにとっての神だ。 

 その神に疑念を抱くなど、本来はあっていいはずもない。

 だから彼らこうして、こそこそと身を小さくして相談事に走ることしか出来ないのだ。


 しかしそれでは、事態は一向に進展してはくれない。

 ミシェラのことが気がかりでならない四人だが、アーマが沈黙を保ったままではおいそれと口を開くわけにもいかないのだ。

 だが、このままでは埒が明かないのもまた事実。

 唸るバアトに、残る三人の視線が注がれた。


「……ぐっ」 


 お前いけ。仕切るの好きだろ。

 いつもまとめ役やっとるじゃろ。

 頼りにしてますよ、リーダー。


 押し寄せてきた無言の重圧プレッシャーに、バアトは折れるしかなかった。


「お久しゅうございます、アーマさま」


 視線を地に落として再び口を開いた彼女に、皆が倣いながらも口を閉ざす。

 アーマがゆっくりと首を縦に振ってきた。 

 全知全能の片割れである女神に、隠し事は通用しない。

 それを念頭に置いて、バアトはアーマを仰ぎ見た。


「地上と、魔人。そしてミシェラと魔人王ノーシュのことですね」

「はっ……!」


 まるで心を見透かしたかのようなアーマの言葉に、バアトが短く答える。

 なぜ女神がミシェラの姿をしているのか。

 そのことが気がかりで、仕方がなかった。


 もしもアーマが先んじて話を切り出してくれていなければ、逸る気持ちから女神を問い詰めるという不敬を仕出かしてしまっていたかもしれない。

 心の中で、バアトはアーマに最大限の感謝を行った。


「これから話すことは、貴方がた種族長にとって辛い話となるでしょう。とくにバアト。貴女は、ミシェラとも親しかったゆえ……心して、聞いてください」 

「……はっ」 


 慰めの響きを孕んだ女神の宣告に、バアトが感情を押し殺して従う。

 言いようのない不安に胸がざわつくのを覚えながらも、彼女は覚悟を決めていた。


 既にミシェラは魔人王であるノーシュに敗れ去ったのやもしれない。

 地上にいる子らも、魔人の軍勢に攻め滅ぼされてしまったのやもしれない。


 しかしアーマの口から発されてきたのは、彼女の予想を完全に上回るものだった。



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