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第130話 追憶の刻《とき》

「な、んだ……この、光は……」


 空が震えて地が鳴動する最中、瞼を開く者がいた。

 バアトだ。

 種族長たちの中で、ただ一人即死を免れていた彼女は突然の覚醒に狼狽えていた。


「体が動く……傷が癒されているのか? それにこの光は、一体――」


 何事が起きているのかと、そう口にしかけたところで。

 彼女は己の体を見て、絶句していた。


 見るも無残に焼け爛れた胴体が、そこにあった。

 一目見てわかる、明らかな致命傷が変わらずそこにある。

 渾身の『熱線』を弾き返された際に負った傷だが……

 しかし温かな光に包まれた体は軽々と動かせるし、火傷特有の引き攣るような痛みもない。


「一体なにが起きているのだ。夢でも見ているのか、私は?」 


 それは今の際に襲われた、幻覚か。

 それともノーシュが口にしていたように、終わりなき闘いを強いられているのか。

 背筋が凍るような想いと、奇妙な恍惚感の狭間でバアトが混乱に陥いる。


「そ、そうだ……皆は――魔人王は、どうなった!」 


 目も眩むほどの光の中、バアトは立ち上がった。

 やはり体は動く。

 だが、地に足がついた感触がまったくない。

 翼も広げてはいないのに――もっとも、焼け落ちた翼が機能するかは甚だ怪しくはあったが――文字通り宙に浮いているようで、落ち着かない。


「む、ぅ……なにごとじゃ、これは? 眩し過ぎて、なにも見えんわい」

「あっつつ……んだよこの光は。もう朝か? 腹がスカスカしてやがる……」

「く――私は、たしかノーシュとミシェラの間に割って入って――」

「その声は……ディルザ! ベルギオ! ラパーニ! 其方たちも、動ける・・・のか!?」


 無事だったのかとは口に出来ずに、バアトが声のしてきたほうへと吼えた。

 なにか、自分では到底理解できない、恐ろしいことが起きている。 

 仲間の無事を祝うべきなのに、不安が先に立ってしまう。


「皆、傷は……傷はどうなっている! 体は動くか? 動いているのか!?」

「ああん? なに言ってんだよ、おま――」


 バアトの呼び掛けにベルギオがむくりと起き上がるも、己の有様を見てすぐに言葉を失った。


「な、なんじゃこりゃあっ! は、腹に穴が空いてやがる! な、中身が光って、なにも見えねえぞ!?」

「はあ? お前さん、いきなりなにを……ぬぉ!? わ、わしの背中が、ごっそりなくなっとる! これでは背中で語れんではないか!」

「……ああ、なるほど。これはたしかに確認したくなりますね。ちなみに私は、紙一重で首チョンパな状態です。一体どうやって声を出しているんでしょう」


 ベルギオに続き、ディルザとラパーニが声をあげた。

 他の長たちも、バアトと変わらぬ状態だった。

 即ち、全員が魔人王に受けた死に至る傷を残したまま、意識があり、体が動かせる状態だったのだ。


「どうやら、皆揃って同じような状態にあるようだな……もしや、周りが見えないのも同じか? こちらは見渡す限り真っ白な空間にいる感じだが」

「ああ……わけわかんねえけど、同じだな。自分の体以外、なにもわかんねえ。ついでに言えば声も四方から響いてやがる。臭いも同じだ。妙な感じだぜ」 

「うむ、右に同じくじゃな。というか儂、状況がまったく呑み込めておらんのじゃが」 

「おそらくですが……魔人王の奇襲で壊滅状態に陥った後に、なんらかの超自然的な力が働いたと見るのが妥当でしょう。もしくは、仲良く皆であの世という場所に旅立ったか、ですかね」


 ラパーニの口にした『あの世』という言葉に、残る三人の口から思わず唸り声があがる。 

 普通に考えれば、全員が全員、助かりようのない状況下にあったのだ。


「これは……理由探しをしてみたところで、どうにもならんな。それよりも、いまはミシェラと魔人王のことが気にかかる。どこまで探せるかはわからぬが、探してみるぞ」 

「だな。同じ場所に居合わせてたんだ。近くでやり合っていてもおかしくはねえ……おし、脚は動くな。どこか他の場所に行けるかもしれねえし、走り回ってやるぜ」 

「ふむ。そういうことなら、儂も探してみるが……術のほうはどうなんじゃ? こういうおかしな場所では、そっちのほうが頼りになりそうに思えるがの」

「それが実は……先ほどから『探知』の術法を試みてはいるのですが、上手くいかなくて。アトマ自体は回復しているのに、やはり、なにかがおかしいですね……」


 疑念を抱きつつも、彼らは行動を開始した。

 だが――


「……駄目だな。幾ら飛び回っても、なにも見つからん。もっと言えば、上下左右もよくわからんな。自分ではありえないほどの速度で飛行している感覚はあるのだが……」 

「くっそ……! こっちもだ! ていうか、やっぱこれおかしいぞ! どんだけ走り回っても景色が変わんねえのもだが……なにより、お前らの声はずっと聞こえてるのに、姿がまったく見えねえままだ! どうなってやがる……!」 

「うーむ。儂も地面をずっと叩いておるが、へこみもせんわい。これだけ力を入れて殴っておれば、そのうちに拳も痛みそうなもんじゃが、それもないしのう」 

「どうやら、通常とは物理法則が異なる場所のようですね。術法も、そもそも式を練り上げる段階で失敗しているようですし。言いたくはありませんが……お手上げです」


 それぞれのやり方で辺りを探ろうとするも、なんの手掛かりも得られずない。

 ただ、時間だけが無為に過ぎてゆく。

 初めのうちは焦り、あれこれと試してみる四人だったが……そのうちに、皆疲れ果ててその場にへたり込んでしまっていた。


 もうミシェラは、魔人王に殺されてしまったのかもしれない。

 すでに地上は、魔人の軍勢に攻め滅ぼされてしまっているのかもしれない。

 ……自分たちのしてきたことは、すべて無駄だったのかもしれない。


 時間の感覚さえ希薄になった状態で、彼らはすっかりと黙り込んでしまっていた。


「ノーシュの野郎も、こんな感じだったのかね」

「……こんな感じとは?」


 ポツリと洩らされてきたベルギオの呟きに、バアトが反応した。


「いやよ。あいつ、奈落を降りていっただろ。そのとき、どんなんだったのかなって……ふと思っちまってよ」 


 他の皆には、彼がすぐ隣に腰かけて語りかけてきているように思えた。

 だがしかし、周りを見回してもベルギオの姿はない。


「それは……さすがに状況が違いすぎるだろう」 

「そうじゃな。あやつとは、正反対の状態じゃな」 

「そもそも数が違いますね。こちらは四人、ノーシュさんは独りでしたから」 

「う――そ、そりゃそうだけどよ。お、俺が言いたかったのは、なんつーか、そういう事じゃなくってよ」 


 あまり考えもなく口にした呟きに、仲間である三人から反論の集中砲火を受けて。

 ベルギオが、言葉を詰まらせながらも後を続けようとした。

 その様子を脳裏に想い描き、誰かが、ぷっと吹き出した。


「あ――こら、いま誰か笑っただろ! 人がちょっとおかしなこと言っちまったからってよ!」

「いや……まあわかるぞ、お前の言いたいことは。なんとなく、言葉にはし難いが……」 

「うむうむ。あやつもこうして、勝手の違う場所で途方に暮れていたのかもしれんな」 

「そうですね。奈落でなにかあったとしても、こうして相談したり、気晴らしをする相手もいないわけですし……そう考えれば、私たちはマシなのかもしれません」 


 バアト、ディルザに続いたラパーニの言葉に、皆が再び口を閉ざした。



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