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第126話 暫しの語らい

 気付いたときには、彼らは揃って一面の緑の中にいた。


「ここは……」

「奈落のある大陸中央から離れた、大陸西部の草原地帯です」


 最初に口を開いた竜長へと、兎長が答えてきた。 


「うっひゃー……マジで一瞬で、あの場から脱出するとはな。こりゃたまげたぜ。アーマさまもびっくりのスゴ技じゃねえか。とんでもねえことが出来ちまうんだな、術法ってのは」

「凄いと言っても、ラパーニちゃんの卓抜した技量あってのことですよ。私では神器の力を借りてアトマの集積と増強は出来ても、術法式の構築がとても追いつきそうにありません。さすがは兎人とじん族の一の……いえ、人類種最高の術士。脱帽です」


 何処までも広がる草原をきょろきょろと見回す獣長に、ミシェラが注釈を加えつつ立ち上がる。


 絶賛を受けていた兎長だが、当の彼女は緑の絨毯に尻もちをつき、その場にへたり込んでしまっていた。


「お、お褒めいただき恐縮です……。しかしながら、やはり五人分の『転移』は少々無理がありましたね……もう、一歩も動けそうにありません」

「お疲れ様です。いま体力を回復させますので、暫く休んでいてください。見たところ瘴気の影響も薄い場所ですから、直にアトマも回復してくるでしょう」

「ありがとうございます、ミシェラ。竜長も、獣長も……よくぞ彼女を救い出し、魔人王の猛攻を耐え凌いでくれました。危険を顧みぬ尽力、感謝いたします」

「ああ……そうだな」

「フン。猛攻ねぇ……」 


 兎長からの労いの言葉を耳にして、しかし竜長と獣長は歯切れの悪い返事を行ってきた。


 二人の視線は、共に天へと向いている。

 その先にある空は透きとおるように青く、何処までも広がっている。


 まるで奈落の存在も、そこから沸き出でる魔人の軍勢も、なにもかもが嘘のように感じてしまうほどの、空々しいまでの青さだ。 


「……? どうかしたのですか、二人して浮かない顔をされて。なにか気がかりでも?」 

「いやな。気がかりっていうかな。俺にはどうも、ノーシュの野郎が――」

「う、うーむ……」


 会話の最中、不意にやってきた野太い声に、その場にいた全員が振り向いた。


「んぉ……なんじゃ、これは。儂は確か、魔人の城におった筈じゃが……もしやアーマさまがおわされるという、天国というやつかの」

「――ディルザ翁!」 


 原っぱに仰向けにされた状態で、頭の二本角を手でさすさすと撫でながら目を覚ました鬼長の胸元へと、ミシェラが喜びの声をあげて飛び込んだ。


「おっふ!? な、なんじゃ……ミシェラのお嬢ちゃんではないか。それによく見れば、他の長たちも揃っておるの。こりゃもしかせんでも、皆で仲良く一緒に天に召されてしもうたか?」

「なに呑気なこと言ってやがるかね、この爺さんは。んな簡単にアーマさまのとこに行けるってんのなら、最初から誰も苦労なんてしてねえよ……」 

「珍しく気があったな獣長。言いたいことをすべて言われてしまった。なあ、兎長?」

「気持ちはわからないでもありませんが……二人とも、目覚めたばかりの人に説明もなしでは駄目ですよ」


 目尻に涙を浮かべるミシェラを抱きとめた鬼長へと、竜長と獣長が苦笑いを送りつける。

 そんな二人を、隣に座り込んでいた兎長が窘めて言った。


「遅れましたが、鬼長。ここは奈落より遠く離れた場所です。皆の助力を得て、研究中であった集団用の『転移』の術法での脱出に成功しました。無論、貴方が命がけでミシェラを救い出してくれたからこそ、達成出来たことです。ありがとうございます」

「ふむ。理屈のほうはサッパリわからんが……要は魔人どもをまんまと出し抜いてやった、というわけじゃな?」

「ですね」

「ほ……! そりゃまた、美事みごとにやってのけたの! ならば、ここは宴を開いておかんとの! ほれ竜長よ! 約定であった秘蔵の竜殺し……早速馳走になろうか! の! の!?」

「そうしたいのは山々だがな。兎長も疲労困憊疲の身だ。それにこの後も、術で王や将と連絡を取り色々と計画を練る必要もある。取りに行くとしても、届けさせるにしても……そうだな。早くても、七日から十日はかかると思って欲しい」

「なの……とお……! そ、そんな、話が、話が違うではないか! 酒! 儂の酒! 儂の酒がそんなに……この宴の為に、あんなに必死に頑張ったと言うのに……お、鬼じゃ! お前さんは鬼じゃあ!」


 兎長に続いてやってきた竜長の言葉に、鬼長がゴロゴロと地面を転がり始めた。

 それを見て、誰からともなく笑い声があがる。


 可笑しさよりも、達成感や解放感からくる笑いの声だ。

 気付けば鬼長までがその輪に加わり、その大きな体を揺すって笑っていた。


「……申し訳ありませんでした」


 その笑いを遮るでもなく、面差しには笑みを浮かべたまま……ミシェラが鬼長の横で、皆に頭をさげてきた。


「私は、あの人が……ノーシュが魔人の王と成り果てたと聞いたとき、人族はもう、他の種族の人々から見放されるのだとばかり思い込んでいました」 


 唐突な感のあったその言葉にも、周囲の者は驚く様子も見せなかった。


 ただ、それを聞くことが自分たちの本当の目的であったかのように、耳を傾けている。


「ですが、どうやらそれは私の思い込みだったようです。愚かで浅はかであった私を、こうして引き戻してくださり……感謝のしようもありません。本当に、申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございました」 


 抱いた気持ちを包み隠さず、しかし感情に任せてぶつけてくるわけでもなく。

 ただただ首を垂れる少女に、最初に口を開いてきたのはベルギオだった。


「べつに俺は、お前に謝られることも、感謝されることもしてねえよ。単に俺は……あー……そう。そうだ。ノーシュの野郎をぶん殴ってやるのに、お前の持ってる神器とやらが一番効きそうだって思っただけだからな。そいつが欲しくて出向いただけだ。なあ、竜――いや、バアト。アンタだって、そうだろ?」 


「その論調で私に振るか、お前は? まあ、彼奴きゃつには……ノーシュの奴には、それなりに世話になっていたからな。奴が乱心したとあらば、正気に戻してやるのが昔馴染み、友の役目というもの。それにミシェラの言うように、一度は人族を見限ろうとしたのも事実だ。なあ、ディルザ翁?」 


「お、お主こそ、そんな話を儂に振るでないわ……! ああ、そうじゃよ! 儂も人族に救援なぞ送らんでもよいと言っておったよ! あ、言っとくがラパーニは別じゃぞ? その子はずっと、人族に助けを送るべきじゃと皆を説き伏せようとしていたからの。今回の救出行にしても、真っ先に啖呵を切っておったほどじゃ。いま思い出しても、あれには痺れたのぅ」 


「いえいえ……あれは正直、皆の助けを期待しての行為でしたので。本当に一人で飛び出していたとは到底思えませんよ。ですから、いままでなにもしていなかったのは私も同じです。それに……誰かがい言い出すのを、皆待っていると思ったので。下手をに準備もせずに先走れば、長としての責務を放り出すのも同然でしたからね」


 ベルギオ、バアト、ディルザ、ラパーニと。

 気付けば彼らは「ああだこうだ」と言い合いながら、互いの名で呼び合っていた。


 そんな輪の中心より、ミシェラがきょとんとして彼らを眺めていた。



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