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第125話 転び移る

「おい、竜長。なんかあの野郎、動きが鈍くねえか? 初めて出くわしたときのほうが、よっぽど手強かったような……」

「出鼻を挫いたぐらいで調子に乗るな、獣長。ミシェラに言われたばかりだろう。剣以外の攻撃もくるぞ」

「へいへい……ま、奥の手があるってんなら、きっちり拝ませてもらうかね」


 瞬く間に広場を一周し終えて戻ってきた獣長が、竜長に釘を刺されながらも再度駆け出す。

 対する魔人王は側面からの攻撃を警戒してか、積極的には前には出てこない。


 獣長の言葉を否定しつつも、竜長もまた、様子のおかしさを感じてはいた。


「なんだ、この手緩さは……まさか本当に、ミシェラとの闘いで疲弊しきっていたのか?」


 思わず口を衝いて出た疑念に、しかし彼女は即座に首を横に振る。

 状態が万全でないのなら、彼が一人でここに出向いてきたことへの説明がつかなくなる。

 手下の魔人にミシェラの捜索を任せて、自身は帰城したところで偶然鉢合わせした、という可能性は捨てきれないせよ……


「ならば、何故すぐに魔人将どもを呼び寄せぬ……魔人王よ!」


 沸きあがってきた微かな期待を吹き飛ばすようにして竜長は叫ぶと、一際激しい炎の息吹ブレスを放っていた。


 火蜥蜴サラマンダーの舌を思わせる灼熱の帯が、周囲の大気をぐにゃりと歪め、舐め焦がしながら魔人の王へと伸びてゆく。


 銀の剣に、力が籠められる。

 逆袈裟に振り抜かれた刀身から斬撃波が放たれて、迫る火線を両断せんと閃いたその瞬間のこと。


 灼熱の帯が鞭の如くしなり、飛来する刃を掻い潜っていた。


「――ッ!」 


 眼前に剣を翳した魔人王の鎧へと、火の奔流が叩きつけられる。

 渦巻く炎のアトマが標的を呑み込み、無軌道な火柱となり立ち昇る。


「よっしゃ! やったか!?」

「いえ……まだです!」 


 やや遠巻きに歓声をあげた獣長に答えたのは、背後に控えたミシェラのものだった。

 それに応じるようにして、広場の中央で燃え盛っていた灼熱の炎柱が、異様な勢いでその火勢を増していた。


「おい、竜長よ……ちょいとばかし、火の勢いが強すぎねえかコレ……! これじゃこっちまで巻き込まれるだろ! ちったあ加減しろよな――って、あ、あっちィ!」

「いや、これは――避けろ、獣長!」

「へ?」 


 長々とした獣長から抗議の声に、竜長が鋭い警告で返した。


 火柱が弾ける。

 弾けたそれが再び火の奔流となり――惚けたような顔をした獣長の元へと、一直線に伸びていった。


「ん――なあぁっ!?」


 素っ頓狂な叫び声をあげた獣長がギリギリで身を捻りそれを避けると、背後の壁面に炎塊が炸裂し、高温の渦を生み出した。

 瞬く間に、壁面が溶け落ちる。

 その光景を前にして、竜長が「ちぃッ」と舌打ちを飛ばしていた。


「私の息吹ブレスを跳ね返したばかりか、意のままに操っただと……!」

「火炎操作と増幅の術法です! 直前に剣を使うのが見えました! 恐らくは術者本人と剣の力で、二つの術法を同時に操っています!」

「ぬぅ……!」

「ぬぅ――じゃねえよ!? お前のお陰で危うく焦げ肉にされるとこだったろっ! ていうか、なんで俺に返してくんだよ! 黒ノーシュ!」

「それは恐らく、お前のほうがよく燃えそうだからだな」 

「ですね。竜人族であるバアトには火は効きづらいですから。獣人族のベルギオさんを狙うのは当然と言えば当然です。それと……黒ノーシュって言うの、やめてくれません?」 

「」


 味方である女性二人の言葉に、獣長が口をパクパクとさせつつも。

 またも彼は広場を駆け出して、魔人王の元へと迫っていた。


 白煙をあげる闇色の鎧目掛けて、鋭爪の連撃が繰り出される。


「ふざけんなよ、お前ら!」


 右から左、裏拳気味の左、間髪入れずの、右の突き上げ。

 電光石火のコンビネーションを、魔人王が剣の腹で受け凌ぐ。


 絶え間ない連撃で、剣に力を籠める暇を与えない。

 火の息吹ブレスを、術で強引に跳ね返した際に生じた反動を。

 その隙を逃さずに、獣長が強引に押し込んでゆく。


「ほう――存外にやるな、獣長も。しかし、悪くない展開だが……こう接近していては援護は難しいか。そちらはどうだ? 兎長よ」 

「お待ちを。あと少しでいけます。合図をしたら、皆でこちらに退避をば」

「承知した。あとは余計な邪魔立てが入らねば、どうにかと言ったところか」


 相手に聞き取られぬ程度の声で、竜長が後方にいた兎長への確認を行う。

 その横では、魔法陣の上に横たえられた鬼長と、杖を地に突き立てたミシェラの姿があった。


 兎長の狙いは、既に皆で共有している。

 首尾よくことが運べば、この窮地を脱することも可能だろう。

 だが―― 


「チッ……やはり、来るかよ」


 裏門の向こう側から見えてきた影の群れに、竜長が舌打ちを飛ばしていた。

 続けてやってきたのは、地の底から響いてくるかのような震えに満ちた、不気味な咆哮が六つ。


 蛇髪、岩肌、鷲頭、蝙蝠、巨躯、四腕。

 六体の魔人将と、それらに率いられた魔人の軍勢が、広場へと向けて集結し始めていた。


「獣長! あとは私に任せて退け! ミシェラは神器での援護を! 多少兎長の準備が遅れても構わん! いまはなんとしても、魔人どもが雪崩れ込んでくるのを喰いとめるのが先決だ!」

「おうよ! ノーシュの奴が突っ込んで来たら任せろ!」

「わかりました! 門を境界にして防壁を張ります! それで暫くは魔人の侵入を防げる筈です!」


 竜長の叫びに、ミシェラと獣長が応じる。

 同時に後方に控えた兎長が、魔法陣の中心で呪文の詠唱を開始した。


に地あり、に海あり、ついに空あり……」


 囁くような詠唱の声に、アトマの律動に、魔法陣が光を放つ。

 魔人王が剣を振るい、斬撃波を繰り出す。

 それを竜長が、眼前に火の息吹ブレスを叩きつけた衝撃で弾き逸らす。


 魔人の群れは、ミシェラの創り出した光の壁に殺到していた。


「三界巡る咎人の望み。頂き目指す道化の願い。最果て彷徨う愚者の祈り……」


 続いて紡がれたのは、祝詞にも似た厳かな韻律を秘めた声。


 黒胡桃の杖の力にて場に集積されていたアトマが火花をあげて、地に巨大な六芒の星を刻み描く。


 未だ燃え狂う息吹ブレスの残滓を突き抜けて、魔人王が強引に前へと出る。


「させるかよッ!」


 そこに獣長が神速の動きで回り込み、重厚な甲冑を横合いから蹴り飛ばした。

 バランスを欠いた魔人王が、地に膝をつく。


「掲げし杖にて、彼らは空の鉄扉てっぴ打ち鳴らす……ひらけ、ひらけ、ひらけ!」


 兎長の手が、なにかを握りしめるようにして天へと突きあがる。

 地に満ち満ちていたアトマの輝きが。

 万物の根源たる魂の力が、大気を震わせ鳴動し始める。


 魔人将を阻む光の防壁が大きく歪み、亀裂が走る。


「ベルギオさん! こちらに!」

「おう! ずらかるぞ、竜長!」

「承知!」


 ミシェラが防壁を解除する。

 逝く手を阻むものを失くした魔人の群れが、一斉に押し寄せんとしたその時のこと、


「光よ!」


 自由となった黒胡桃の杖を魔人の王に叩きつけるようにして、ミシェラが『浄化』の波動を解き放っていた。


 周囲のもの全てを閃光に染めて撃ち出された光の奔流が、態勢を崩していた魔人王を直撃する。

 放出された絶大な破壊のエネルギーの余波が、魔人の群れを吹き散らす。

 広場の端にまで追いやられた魔人王に、おまけとばかりに一際強烈な火の息吹ブレスが投げかけられる。


 荒れ狂う暴威――しかしそれにも怯まず、魔人の将が広場へと雪崩れ込んできた、その瞬間。


「我らは越える、次元の墻壁しょうへき!」


『転移』の術法が完成した。



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