目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第124話 魔人王、強行

「んだよ……びびらせやがって。ノーシュも一緒にとか言いやがるから、いまの際の幻でも見てたのかとおもっちまったぜ……ったく」 

「そう言ってやるな。実際に奴と闘い、あの妖剣を身に受けたのだ。鬼長でなければ、とうの昔に命を落としていたやもしれん。それよりも、ここはミシェラに任せて我々は周囲を警戒しておくぞ。兎長がなにやら大がかりな術を使うという話だったからな」 

「周囲を警戒、ねえ。どの道もう周りはあの気色わりぃ魔人だらけで、大した意味もないとおもうが……お前の眼と俺の鼻が適任なのはたしかだな」


 竜長に促されて、獣長が渋々といった感でその場から腰をあげた。

 見れば兎長は辺りの瓦礫を用いて、地に円を描いている。


「この六芒星……魔法陣ですね、ラパーニちゃん。指示をいただければ、私もお手伝いします」

「助かります、ミシェラ。ではこの触媒で私が置いた石を繋いでください。あとは、その杖を使って周囲のアトマを集めてもらうことは可能ですか?」

「やってみます。ここは瘴気の影響が強いので、集めるのに時間はかかると思いますけど……」

「ありがとうございます。急造即席ですが、神器のサポートがあれば起動できるでしょう。複数対象への実行は初めてなので、大変心強いです」


 鬼長の治癒を終えたミシェラが、今度は兎長の元に駆け寄り助力に回る。


「ふむ。連れ戻したときはもっと抵抗するかと思ったが、この分だと思い過ごしだったようだな。これならば、皆で立て直しを図れるか」

「どうだかね……俺にはなにかしてないと、落ち着かないって感じにもみえるぜ。それに爺さんが死にかけたのも、元はと言えば」 

「言うな、獣長。それは彼女にしてもわかっていることだ。それにミシェラを救うと決めたのは、我々の総意であろう?」 

「……そうだな。悪かった。ダチを一人で奈落に行かせちまった、俺が言えた義理じゃなかったな」 


 無人の城内で言葉を交わしながら、竜長と獣長が周囲の警戒にあたっていた。

 意外なことに、魔人たちの姿は見えなかった。

 それどころか、城を守るものも一人としていない有様だ。


「妙だな……そろそろこちらの奇襲から立ち直っていてもおかしくはない。だというのに、この鎮まり様はなんだ? 息を顰めて、こちらを包囲しに来ているのか?」

「囲みに来てるってのは、多分ねえな。数で押してくれば臭いでわかる……だがよ」 


 竜長の懸念を否定しつつも、獣長が自分の鼻を指して言ってきた。


「一人だけ、近づいてきてるぜ。この鼻がよぅく知ってる奴がな」 

「……そうか。では、締めてかからねばならんな。二人がかりで遅れをとっては、それこそ鬼長に笑われてしまう」

「だな」


 彼らの視線が歪んだ城の裏門に向けられると、そこに一人の魔人の姿があった。

 漆黒の甲冑に身を包み、銀の剣を手にした男。


「来たか、魔人の王……いや、ノーシュよ」


 魔法陣と城門の間に立ち、竜長がその名を口にした。


「は……っ! 一人で殴り込んでくるなんざ、いい度胸だな? 手下の魔人将どもはどうした? 俺さまに引っ張り回されて、へたばっちまったか?」


 両手の爪を交差させて、獣長がそれに続く。

 鬼長が動けぬ間は、二人が兎長とミシェラの壁になるしかない。

 魔法陣の完成まで、命を賭してでもここを守り抜く必要があった。


「待て、獣長。一つだけ彼奴に聞いておきたいことがある」

「へえ。そいつは奇遇だな。いいぜ、俺もこいつには質問してみてぇことがあったんだよ。いいぜ、順番は譲ってやる」 

「助かる」


 これまでに、人と魔人の間では数え切れないほどの命がやり取りされてきた。

 流れた血の量は計り知れず、攻め落とされた領土も魔物の蔓延る荒れ地と化してしまってる。

 闘いは、既に話し合いによって決着出来る域を逸脱していた。


 しかしそれでも、魔人の王の正体がかつての盟友ともであるのならば。


「ノーシュよ。お前を一人で奈落にいかせたことについては、是非を問うつもりはない。誰にも詫びることなど出来はしない。だが私は、あの奈落の底でお前の身に起きたことが知りたい。ミシェラとて、それは同じだろう。答えてくれぬか……いや、応えてもらうぞ!」 


 自分は彼の真意を知らねばならない。

 その上で決着をつける必要があると、竜長は考えていた。


「おいおい……いまは足止めが先決なんだろ。そんなに逸ってどうすんだよ」


 そんな彼女の横に、獣長が並ぶ。


「ま、俺は正直言って奈落でなにが起きたとか、責任がどうとか……そんな細かいこたぁ、落とし前さえつけられれば、どうだっていいんだけどよ」


 竜長に比べれば、彼の口調はお道化どけた感すらある。

 だが、瞳の奥では激情の色が見え隠れしている。

 彼もまた、魔人との闘いで多くの子らと土地を失っていたのだから、当然だろう。


 いまはこうして他の種族長と行動を共にすることで、自制をしているが……

 一対一で向かい合わせていれば、即座に魔人王へと跳びかかっていた筈だ。 


 その彼が、スンスンと鼻を鳴らして続けた。


「フン……こうして落ち着いて向かい合ってみりゃ、ちったあノーシュの野郎の臭いが残ってやがるな」

「――質問があるのではなかったのか?」

「おっと。珍しく自分から喋りやがったな? ま、そうだな……焦らす意味もねえから、聞かせてもらうけどよ」


 眼前の男から発されてきた声に、獣長がにやけた顔で返したかと思うと。


「で――お前、誰だ?」 


 不意に目を細めて、そう問いかけた。

 大型の肉食獣を思わせる、鋭い眼光が鎧の男を射抜く。 

 銀の剣が、それを断ち切るように抜き放たれた。


「気をつけてください、二人とも! その剣は、奪ったアトマを力に変えて様々な事象を引き起こします! 剣撃以外の攻撃にも気を払うように!」

「飛行の力の他にもあるというわけだな……承知した」

「武器も術も自由自在、ってことか。ま、こちとら二人がかりだ。文句は言えねえな……!」


 後方に控えたミシェラの助言に、竜長が頷き、獣長が肩を鳴らして応える。

 魔人王が、無造作に距離を詰めてくる。

 相対する二人は、迂闊には動けない。


 魔人王は、剣の間合いの外であっても攻撃可能な斬撃波を操る。

 リーチという点ではこの上なく厄介な技だ。

 だがその威力は剣での直接加撃には及ばず、溜めを要する故に連発も効かない。

 種族長の中では、肉体の頑健さとアトマの守りでは鬼長に次ぐ竜長と、随一の敏捷性を誇る獣長ならば正対して受ける分には余裕をもって凌げる攻撃と言える。


 しかし今現在、その二人の後ろには魔法陣の作成に専念している仲間がいる。

 闇雲に動けば、そこを突かれる可能性が高かった。


「ちっ……やっぱ爺さんがやられたのは痛かったな。このまま様子見してくれるようなら、楽が出来そうだったってのによ」 

「さすがにそこまで虫の良い話もなかろう。鬼長の代わりは私がやる。お前はいつも通りにやれ」

「お、そりゃ助かるな――っと!」


 壁役を買って出た竜長に礼を終えるよりも速く、獣長が広場のスペースを大きく使い、魔人王の側面へと回り込みにかかる。

 剣が横薙ぎにされて、斬撃波が放たれる。


「へっ――当たらねえよ、そんなスッとろい攻撃!」 


 死角に回られることを嫌ってか、魔人王が剣を振るう。

 その悉くを、獣長が余裕をもって回避する。


「ひゅふっ!」


 そこに竜長が、細く束ねた火の息吹ブレスを吹きかける。

 多少の炎では然したるダメージがなくとも、長時間浴び続けては流石に都合が悪いのだろう。


 魔人王が、紅い煌めきを嫌がるように後ろに退いた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?