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第123話 集結の後に

「どうやら獣長と兎長も、巧く敵を掻き乱しているようだな。このまま彼奴を振り切れば、頃合いを見て鬼長との合流も狙えるかもしれん」

「え……ラパーニちゃんとベルギオさんも来ているのですか? ここに長が勢ぞろいでは、それぞれの領土の守りがガラ空きではないですか……!」


 兎長と獣長の名を口に昇らせつつも、ミシェラが己を抱えて飛翔し続けるバアトの判断を咎めた。


「案ずるな。既に我らも王と将を選び、要衝を任せてある。それよりいまは、この場を切り抜けることに専念するぞ。魔人王……いや、ノーシュの奴を、なんとかしたいのであればな」

「……わかりました。仮にも種族長となった身にも拘わらず、勝手な真似に及んでしまい、申し訳ありませんでした」

「お前が気に病むことではない。それもこれも、あの大戯おおたわけの所為であろう。しかし……術で飛べるとはいえ、こちらに追いつくほどの速度は出ていないか。追撃の頻度も大分落ちてきたな」


 竜長が双翼を羽ばたかせて、その速度をぐんぐんと増してゆく。

 あちこちであがる火の手により散り散りとなった魔人の群れが、統制される気配はなかった。

 あれだけ暴れていた魔人将の姿も、見えてはいない。

 逃走を優先した結果、見失った形だ。


「ん……あれは――」 


 飛翔の最中、竜長の瞳が視界の端になにかを捉えた。

 自分と同じく、宙を疾駆する白い人影。

 その頭では、見慣れた二本の兎耳がバタバタと風に靡いてしまっている。


「ふ、噂をすればなんとやら、だな。合流するぞ」

「合流って……あ!」


 荒野を突き抜けてくるきたその人物の正体に、遅まきながらミシェラも気付き声をあげた。


「ラパーニ!」

「ミシェラ! 話はあとです! 竜長、このまま私のあとについてきてください! まずは獣長を拾って、それから鬼長と合流します!」 

「承知した。さすがは兎長。こうなると踏んで、術で居場所は掴んでいたようだな」


 空中での再会を果たした盟友の指示に、竜長が即座に従う。

 術法の扱いは言うに及ばず、兎長は機転も利く。

 ミシェラの救出を言い出した時点で、既に脱出の計画も練り上げていて然り、といった次第だ。


「しかし……獣長はともかくとして、鬼長と合流したあとはどうする? さすがにあの図体を抱えて飛ぶのは厳しいものがあるぞ」

「任せてください。私に考えがあります。それと、獣長には地上を走ってついてきてもらいますので。その方が、私が抱えるより速い――というかあの人ずっと隠していましたけど、かなりの高所恐怖症ですので……」

「ほぉ。それは中々に良いことを聞いたな。今度生意気な口を利いたときは、宙づりにしてやることにしよう」


 軽口を叩きつつも、竜長は兎長の後ろに回り索敵に務めた。

 魔人王が、追撃してくる様子はなかった。


「あれだけの激戦のあとだ。奴も相応に消耗していても、おかしくはないというわけか……」


 ぼそりと呟いたその言葉は、空を裂く音に掻き消されて、彼女が抱えるミシェラにすら聞こえてはいなかった。 


「魔人将の数を減らしておけなかったのは痛手だが、あまり贅沢は言えんか。以前よりも力をつけていたのが気になるが……」

「ええ。私も見ていて気付きました。どうやら魔人は、瘴気から生まれ出た魔物の力を取り込むことが可能なようですね。それにより、王と将以外にもかなりの力量差が出てきています。下位、中位、上位の魔人とでも分類すべきでしょうか」

「……いや、私が悪かった。いまはそこらの細かな話はよかろう。それよりも、この素晴らしい眺めが楽しめない可哀想な男が見えてきたぞ?」

「あ――本当ですね。私の術は、大まかな位置しか把握出来ないので……まだまだ改良していかないとですね、これは」


 暫しの語らいに興じる竜長と兎長の視界の先に、地を駆ける男の姿が見えてきた。

 獣長だ。

 その背後で蠢く魔人の群れの中には、見覚えのある六つの異形が見え隠れしている。


「ベルギオさん!」

「おう! ミシェラか! そっちは酒盛り爺さん以外、勢ぞろいだな! ちょいと話してる暇がないが……どうする、兎長!」

「そのまま走ってついてきてください! 鬼長と合流するまで、護衛を頼みます!」

「了解だぜ――って。おい、竜長! テメエ、なにニヤついてやがる!」

「いや、なにも。自慢の脚が健在なようで、安心しただけのことよ」


 くつくつと笑う竜長を追いかける形で、獣長が逃走劇に加わる。 

 残るは仲間は、鬼長ただ一人。

 豪放磊落、勇猛無比で知られる彼の生存を、誰一人として疑ってはいない。


 兎長の先導の元、彼ら四人は瓦礫の山と化した奈落の城へと進路を変えた。


「お――お前ら、あれ見ろ! あの石壁の奥! あれで隠れてるつもりだぜ、あの爺さん!」

「うむ。頭隠してなんとやら、だな。さて……あとはどうする、兎長」

「そうですね。あそこであれば、都合が良いかもしれません」


 不気味なほど静まり返った城内に、魔人の姿はなく。

 あるのは崩れた壁と、そこからひょっこりと覗いた二本の立派な角だけだった。


「よう、爺さん! そんなとこで鬼ゴッコでも――」


 一足先に広場に踏み込んだ獣長が、動きを止めた。

 その反応を見て、他の長たちも地に降り立ち駆け寄ってゆく。


「おお、獣長か……そちらは無事だったようじゃな。良き哉、良き哉……」 

「よきかな――じゃねえだろ! どうしたんだよ、そんなところで蹲って! アンタほどの男が! その腕の傷……それが原因か!?」

「騒ぐな騒ぐな。お主の声は頭に響いていかんわい……なに、掠り傷じゃよ。血も大して出てはおらん。ちっとばかり、力が入らんだけじゃ」

「掠り傷って、顔真っ青にして言うことかよ! おい、兎長! 爺さんの傷、術で治してやってくれ!」

「待ってください、ベルギオさん。私が治します。ラパーニちゃんは、これからやることがあるそうなので」


 瓦礫の合間で腰を降ろして動かずにいた鬼長に、ミシェラが膝をつき寄り添う。

 呪文の詠唱と共に、黒胡桃の杖の先端に淡い光が灯された。


「おぉ……ミシェラに、皆も揃っておったか。これでまた酒宴が開けるのぅ……ああ、ノーシュの奴がまだおらんかったか。あいつも呼んでやらんと、寂しがるからのぅ」

「……しゃべらずにいてください。傷は塞ぎ終えましたが、あの剣で斬られたことで体内のアトマを奪われてしまっているはずです。暫く動かず、安静に。大丈夫です、皆さんがついてます」

「うむ……そうか、そうか……では少しだけ、休ませてもらうとするわい。さっきから、妙に眠くて敵わんかったからのぅ……」


 ミシェラが告げた最後の言葉に、鬼長が瞼を閉じた。


「……!」 


 一瞬、その場にいた全員が息を飲む。

 しかしすぐにやってきた「ごぉごぉ」という派手な寝息に、皆がほっと胸を撫で下ろした。



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