「あとはこの影人が復活しないように処理して、一旦村に報告に戻りましょう。ここに来るまでにやられてた他の奴も、同じように集まっちゃう可能性もあるわけだし。チャッチャとね」
「なるほど……確かに、そこも警戒しておかないといけないな。でも、処理って具体的にはどうするんだ? 一応生物だし、頭とか心臓のある辺りを潰しておくとか、そんな感じでいいのか?」
「そうね。それも有効だと思うし、やっておくべきだと思うけど……私の見立てでは、やっぱりこいつの正体は魔法生物だと思うから。念には念ってヤツで、ここはしっかりと浄化しておきましょう。そこまでやっておけば、周囲のアトマを取り込むのも不可能になるはずよ」
「浄化って……」
聞き覚えのあるその言葉に、俺は師匠の言葉を思い出す。
確か、『浄化』と言えば……
「それって確か、教団でいうところの解呪に当たる奴だよな」
「そうね。アプローチの仕方としては異なる部分があるにせよ、対象に施された術法式を解除するのに違いはないから。相手が活動中ならともかく、停止状態にある今なら簡単に浄化出来るはずよ」
「相手が抵抗出来ない状態なら、式への外部干渉も楽ってわけか。なら、ここもお任せだな。俺もこいつが普通の生物だとは思えないし……浄化ってヤツも、一度は見ておきたいからさ」
フェレシーラの提案に、俺は全面的に賛同してみせた。
魔術における『解呪』とは、既に完成した術法式に対して外部から干渉を行い、無効化するための技術だ。
主に術具や魔法生物の様な、自動固定化された術法式を接触干渉によるアトマ操作で『分解』する技術――
なんてと言うと、小難しく感じるかもしれない。
しかしそれも、『魔術でやったことに対する、魔術による後片付け』と思えば済む話だ。
何故なら魔術士を目指すものは皆、その修練を積む過程で初歩的な術具の作成や、魔法生物の創造についても学んでゆくからだ。
となれば、当然それらの産物に対する後始末も覚える必要がある。
それが出来なければ失敗作を産みだしてしまった際に、多大なリスクを被る羽目となってしまう。
ゆえに『解呪』の技術は、一人前の魔術士を志す者には半ば必須の技術とされている。
少なくとも、俺は師匠にそう言いつけられて育ってきた。
「でもなあ……実際にやってみるとなると、魔法生物相手の解呪って結構難しいんだよなぁ。霊銀盤を使ってる術具と違って、体に魔法陣が刻まれてるタイプはゴーレムぐらいしかいないし。直に触れた上でアトマを送り込んで、術法式を把握してってなると……相手がかなり単純な仕組みで造られてるか、完全に無抵抗でもない限り、無茶っていうか……」
「ちょっと、フラム。貴方さっきから、なにブツブツ言ってるのよ。見学するにしても、一応周りの警戒ぐらいはしておいて欲しいんだけど?」
「あ、いや。ごめん、今のは独り言だ。ちゃんと注意しておくから、気にしないでくれ」
不満気にこちらを見つめてきたフェレシーラに、俺は慌てて弁明する。
独り言は俺の癖……というか、塔の生活で仕込まれたものの一つだ。
師匠曰く、『考えごとを纏めるときは、頭で考えるだけでなく口に出してみると良い』ということらしい。
これに関しては俺も効果のほどを実感出来ていたので、習慣にしていたのだが……
「まあ、人前でブツブツ言ってればそりゃ変な目で見られるよな……っと」
今の今で口を動かしていては、流石に言い訳も出来ない。
俺は辺りの警戒を行いつつ、浄化の
フェレシーラも既に影人の骸の前に立ち、戦槌を手にした状態で目を閉じている。
研ぎ澄まされた精神から放たれる神術の業で、自然ならざるアトマの
さて。
俺も神術士の『浄化』を目の当たりにするのは、これが初めてになる。
それが一体、魔術士の『解呪』と如何に異なるのか――!?
「フェレシーラ!」
「!」
おれが「後ろだ」と、続けて叫ぶよりも速く。
彼女は己が背後へと向けて、戦槌を一閃させていた。
恐らくは俺がそいつを視認するよりも先に、既にフェレシーラは奇襲を察知していたのだろう。
振り向きざまの一撃に、人型の頭部が熟れたトマトが潰れるようにして左方に弾け飛んだ。
「早速……言わんこっちゃないわね!」
再三となる影人の出現。
それに微塵も動じることなく、フェレシーラが小盾を構えて戦闘態勢へと移行する。
「おいおい……なんだよ、これ!」
そんなフェレシーラの傍へと駆け寄りながらも、俺は叫ばずにいられなかった。
今度の影人は、サイズ自体は小さかった。
だが――
「クソッ……ほんと一体なんなんだよ、
「そこの黒焦げになってた奴の、分裂体でしょうね」
「分裂体って……!」
従士の少女よりさらりと返答をいただきながらも、俺の混乱は収まらない。
その合間にも、周囲の砂利土からは無数の影人たちが湧き出でてきている。
数はざっと見渡しただけでも、十数匹。
体高は150㎝ほどで、そのどれもが鉤爪を備えてはいない。
だが、何より目を引く特徴として……その影人たちには、『顔』がなかった。
「よかったわね。今度の相手はそっくりさんじゃなくって」
「あ、ああ。そこは安心した――って、んなわけあるか! これはこれで不気味すぎだろ!?」
「そう? 私には、別段恐ろしいとも思えないけど」
頭皮どころか目も、耳も、口もない。
そんな相手に取り囲まれても、フェレシーラは余裕の表情だ。
「だって……こいつら!」
彼女が戦槌を振るう度に人型の頭部が弾け飛び、糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちてゆく。
「弱いもの」
血の一滴も噴出さずにその場に崩れ落ちた人型を一言で評して、返しの一振りを更に見舞う。
さして筋肉が付いてるとは思えぬ細腕で、こともなげに敵を屠ってゆく。
俺はといえば、短剣を構えて回避に専念するのみで、攻めには回れていない。
時折フェレシーラが取り逃したヤツがいれば、横から蹴り飛ばしてやる程度だ。
そうしていた理由は二つある。
一つは、出血する様子もない相手に、打撃力皆無の得物を振り回すつもりがなかったこと。
一対一の状況下なら別として、フェレシーラが順調に敵を減らし続けている以上、こちらは一旦フォローに徹したほうが良いという判断だ。
そしてもう一つの理由は……先程フェレシーラが倒した、影人の行方にあった。
「やっぱ、そうだよな……!」
湧いては倒されて、倒されては湧きを繰り返す影人をやり過ごしつつ、俺はそれを視認する。
黒焦げとなっていた影人の骸は、見る間に小さくなり、消えかけていた。
おそらくそれは、フェレシーラの言うところの「分裂体」を産み出しているがゆえの、結果なのだろう。
融合した魔物が、分裂する。
仕組みのほどはともかくとして、現象自体はそうおかしくもなく思える。
だが、そのタイミングがあまりにも露骨だった。
その一方で、産みだされた分裂体は非常に脆く、頭を潰されればすぐに消え失せている。
言ってはなんだが、とてもこちらを殺しにきているとは思えない。
それを残された僅かな力を浪費しての、悪足掻きと思うことも出来たが……
何となく、嫌な予感がしていた。
「我ながら、考えすぎだとは思うけど……!」
フェレシーラの猛攻もあり、影人の群れは明らかに再出現のペースを落とし始めていた。
そうして生み出された余裕を足場に、俺は周囲へと視線を巡らせる。
「これからトドメを刺してやろう、ってとこでやられると……流石にな!」
そうしながらも、疑念が口を衝いて出る。
フェレシーラによる『浄化』を目前にしての、突然の分裂現象。
それが俺には、まるで影人がこちらの狙いに勘付き、逃走を図ったように見えていたからだ。
「つっても、スライム顔負けの分裂能力持ちだと、大した知能は無さそうに思えるけど」
などと相手を扱き下ろしたところで、疑念は晴れてくれない。
影人に知性があるかどうかと問われたら、恐らくあるだろう、としか言えなかったからだ。
ミツケタ、と。
手甲の力で丸焦げとなった後に、影人はそんな言葉を口にしていた。
思い返すだけで気分の悪くなる光景だったが……
それゆえに、俺は疑ってしまう。
そしてそれは、フェレシーラにしても同じだったらしい。
「フラム!」
「ああ……もうちょい、引きつけててくれ!」
「オッケ!」
短い、声と視線のみでのやり取りを終えて、俺は再度状況の確認へと移る。
初めは河原のそこかしこから姿を現していた影人は、残す数を六匹までに減らしている。
無論それがゼロとなるには、再出現の関係もあり、まだ暫くの時間を要するだろう。
だが、それを考慮せずともこの状況でこちらに負けはありえない。
と言うよりも――
「――いた!」
思考の最中、俺はそれを見つけていた。