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第33話 ターゲット・ロック

「あとはこの影人が復活しないように処理して、一旦村に報告に戻りましょう。ここに来るまでにやられてた他の奴も、同じように集まっちゃう可能性もあるわけだし。チャッチャとね」 

「なるほど……確かに、そこも警戒しておかないといけないな。でも、処理って具体的にはどうするんだ? 一応生物だし、頭とか心臓のある辺りを潰しておくとか、そんな感じでいいのか?」 

「そうね。それも有効だと思うし、やっておくべきだと思うけど……私の見立てでは、やっぱりこいつの正体は魔法生物だと思うから。念には念ってヤツで、ここはしっかりと浄化しておきましょう。そこまでやっておけば、周囲のアトマを取り込むのも不可能になるはずよ」

「浄化って……」


 聞き覚えのあるその言葉に、俺は師匠の言葉を思い出す。

 確か、『浄化』と言えば……


「それって確か、教団でいうところの解呪に当たる奴だよな」 

「そうね。アプローチの仕方としては異なる部分があるにせよ、対象に施された術法式を解除するのに違いはないから。相手が活動中ならともかく、停止状態にある今なら簡単に浄化出来るはずよ」 

「相手が抵抗出来ない状態なら、式への外部干渉も楽ってわけか。なら、ここもお任せだな。俺もこいつが普通の生物だとは思えないし……浄化ってヤツも、一度は見ておきたいからさ」 


 フェレシーラの提案に、俺は全面的に賛同してみせた。

 魔術における『解呪』とは、既に完成した術法式に対して外部から干渉を行い、無効化するための技術だ。

 主に術具や魔法生物の様な、自動固定化された術法式を接触干渉によるアトマ操作で『分解』する技術――

 なんてと言うと、小難しく感じるかもしれない。


 しかしそれも、『魔術でやったことに対する、魔術による後片付け』と思えば済む話だ。


 何故なら魔術士を目指すものは皆、その修練を積む過程で初歩的な術具の作成や、魔法生物の創造についても学んでゆくからだ。

 となれば、当然それらの産物に対する後始末も覚える必要がある。

 それが出来なければ失敗作を産みだしてしまった際に、多大なリスクを被る羽目となってしまう。


 ゆえに『解呪』の技術は、一人前の魔術士を志す者には半ば必須の技術とされている。

 少なくとも、俺は師匠にそう言いつけられて育ってきた。


「でもなあ……実際にやってみるとなると、魔法生物相手の解呪って結構難しいんだよなぁ。霊銀盤を使ってる術具と違って、体に魔法陣が刻まれてるタイプはゴーレムぐらいしかいないし。直に触れた上でアトマを送り込んで、術法式を把握してってなると……相手がかなり単純な仕組みで造られてるか、完全に無抵抗でもない限り、無茶っていうか……」

「ちょっと、フラム。貴方さっきから、なにブツブツ言ってるのよ。見学するにしても、一応周りの警戒ぐらいはしておいて欲しいんだけど?」 

「あ、いや。ごめん、今のは独り言だ。ちゃんと注意しておくから、気にしないでくれ」 


 不満気にこちらを見つめてきたフェレシーラに、俺は慌てて弁明する。

 独り言は俺の癖……というか、塔の生活で仕込まれたものの一つだ。

 師匠曰く、『考えごとを纏めるときは、頭で考えるだけでなく口に出してみると良い』ということらしい。

 これに関しては俺も効果のほどを実感出来ていたので、習慣にしていたのだが……


「まあ、人前でブツブツ言ってればそりゃ変な目で見られるよな……っと」 


 今の今で口を動かしていては、流石に言い訳も出来ない。

 俺は辺りの警戒を行いつつ、浄化の手順プロセスを見届けにかかることにした。


 フェレシーラも既に影人の骸の前に立ち、戦槌を手にした状態で目を閉じている。

 研ぎ澄まされた精神から放たれる神術の業で、自然ならざるアトマのくびきを断とうというのだ。


 さて。

 俺も神術士の『浄化』を目の当たりにするのは、これが初めてになる。

 それが一体、魔術士の『解呪』と如何に異なるのか――!?


「フェレシーラ!」 

「!」 


 おれが「後ろだ」と、続けて叫ぶよりも速く。

 彼女は己が背後へと向けて、戦槌を一閃させていた。


 恐らくは俺がそいつを視認するよりも先に、既にフェレシーラは奇襲を察知していたのだろう。

 振り向きざまの一撃に、人型の頭部が熟れたトマトが潰れるようにして左方に弾け飛んだ。


「早速……言わんこっちゃないわね!」 


 再三となる影人の出現。

 それに微塵も動じることなく、フェレシーラが小盾を構えて戦闘態勢へと移行する。


「おいおい……なんだよ、これ!」


 そんなフェレシーラの傍へと駆け寄りながらも、俺は叫ばずにいられなかった。

 今度の影人は、サイズ自体は小さかった。

 だが――


「クソッ……ほんと一体なんなんだよ、こいつら・・・・は!」 

「そこの黒焦げになってた奴の、分裂体でしょうね」 

「分裂体って……!」


 従士の少女よりさらりと返答をいただきながらも、俺の混乱は収まらない。

 その合間にも、周囲の砂利土からは無数の影人たちが湧き出でてきている。

 数はざっと見渡しただけでも、十数匹。

 体高は150㎝ほどで、そのどれもが鉤爪を備えてはいない。

 だが、何より目を引く特徴として……その影人たちには、『顔』がなかった。


「よかったわね。今度の相手はそっくりさんじゃなくって」

「あ、ああ。そこは安心した――って、んなわけあるか! これはこれで不気味すぎだろ!?」

「そう? 私には、別段恐ろしいとも思えないけど」


 頭皮どころか目も、耳も、口もない。

 そんな相手に取り囲まれても、フェレシーラは余裕の表情だ。


「だって……こいつら!」 


 彼女が戦槌を振るう度に人型の頭部が弾け飛び、糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちてゆく。


「弱いもの」


 血の一滴も噴出さずにその場に崩れ落ちた人型を一言で評して、返しの一振りを更に見舞う。

 さして筋肉が付いてるとは思えぬ細腕で、こともなげに敵を屠ってゆく。

 俺はといえば、短剣を構えて回避に専念するのみで、攻めには回れていない。

 時折フェレシーラが取り逃したヤツがいれば、横から蹴り飛ばしてやる程度だ。


 そうしていた理由は二つある。

 一つは、出血する様子もない相手に、打撃力皆無の得物を振り回すつもりがなかったこと。

 一対一の状況下なら別として、フェレシーラが順調に敵を減らし続けている以上、こちらは一旦フォローに徹したほうが良いという判断だ。

 そしてもう一つの理由は……先程フェレシーラが倒した、影人の行方にあった。 


「やっぱ、そうだよな……!」


 湧いては倒されて、倒されては湧きを繰り返す影人をやり過ごしつつ、俺はそれを視認する。

 黒焦げとなっていた影人の骸は、見る間に小さくなり、消えかけていた。

 おそらくそれは、フェレシーラの言うところの「分裂体」を産み出しているがゆえの、結果なのだろう。


 融合した魔物が、分裂する。

 仕組みのほどはともかくとして、現象自体はそうおかしくもなく思える。

 だが、そのタイミングがあまりにも露骨だった。


 その一方で、産みだされた分裂体は非常に脆く、頭を潰されればすぐに消え失せている。

 言ってはなんだが、とてもこちらを殺しにきているとは思えない。

 それを残された僅かな力を浪費しての、悪足掻きと思うことも出来たが……


 何となく、嫌な予感がしていた。


「我ながら、考えすぎだとは思うけど……!」 


 フェレシーラの猛攻もあり、影人の群れは明らかに再出現のペースを落とし始めていた。

 そうして生み出された余裕を足場に、俺は周囲へと視線を巡らせる。


「これからトドメを刺してやろう、ってとこでやられると……流石にな!」 


 そうしながらも、疑念が口を衝いて出る。

 フェレシーラによる『浄化』を目前にしての、突然の分裂現象。

 それが俺には、まるで影人がこちらの狙いに勘付き、逃走を図ったように見えていたからだ。


「つっても、スライム顔負けの分裂能力持ちだと、大した知能は無さそうに思えるけど」


 などと相手を扱き下ろしたところで、疑念は晴れてくれない。

 影人に知性があるかどうかと問われたら、恐らくあるだろう、としか言えなかったからだ。


 ミツケタ、と。

 手甲の力で丸焦げとなった後に、影人はそんな言葉を口にしていた。

 思い返すだけで気分の悪くなる光景だったが……

 それゆえに、俺は疑ってしまう。

 そしてそれは、フェレシーラにしても同じだったらしい。


「フラム!」 

「ああ……もうちょい、引きつけててくれ!」 

「オッケ!」 


 短い、声と視線のみでのやり取りを終えて、俺は再度状況の確認へと移る。

 初めは河原のそこかしこから姿を現していた影人は、残す数を六匹までに減らしている。

 無論それがゼロとなるには、再出現の関係もあり、まだ暫くの時間を要するだろう。


 だが、それを考慮せずともこの状況でこちらに負けはありえない。

 と言うよりも――


「――いた!」 


 思考の最中、俺はそれを見つけていた。



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