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番外編1 白き帳

【シュクサ村 村長邸宅 離れの間・深夜】三人称形式





「ふぅ……こんなものかしらね。ペア初日から気合いを入れすぎても、ついて来れないかもだし」


 椅子の背凭れに身体をあずけて、フェレシーラが大きく伸びを打つ。


「それにしても、あのマルゼス・フレイミングが弟子をとっていたなんてね……ま、そんなことまでわざわざ耳にいれなくても良い、ってことなんでしょうけど」


 水晶灯を見上げての独白に、青い輝きが一瞬、大きく揺らめいた。


 シュクサ村の住人を襲った謎の魔物の討伐。

 それ自体は、彼女にとっては――村の住人には悪いが――さして重要な一件でもなかった。


 直近で大きめの依頼を片付けて一息つこうとしていたところに、公都でなにやら面倒な催しが予定されている――


 そんな連絡を親しい友人から受けたフェレシーラは、その場しのぎ隠れ蓑として今回の依頼を引き受けていたのだ。


 司祭推薦枠である依頼を受けている間は、ちょっとやそっとのことで、アレイザに戻らなくても済むし、なんなら正体不明の魔物の調査を買って出れば、暫くの間はのんびりしていられるかもしれない……


 そんなフェレシーラの目論みは、大きく外される形となっていた。


「罰があたった、って言うのかしらね。こういうのって」


 世間では白羽根の聖女と呼ばれる彼女だが、まだ十七歳、中身は普通の少女でもある。


 教団の一員として公国民を護ろうという気持ちはあるが、西へ東へ立て続けに走り回されるのは勘弁、というのが正直なところでもあった。


「フラム・アルバレット、か」


 椅子に腰かけたままその場を振り向き、背凭れに腕を預ける。


 視線の先には、大きなベッドの上で真っ白い毛布にくるまった少年が一人。

 元・煌炎の魔女の弟子を自称し、多大なアトマを有する少年、フラム。


 魔術的不能を抱えているとの話だったが、彼女としてはまだそれを疑っている部分もある。


「どう考えても、放っておけば教団に見つかるものね。骨休めのつもりが、とんだ貧乏くじ引いちゃったかしら……」


 呆れた風に言いながらも、フェレシーラは言葉の途中で自分が苦笑していることに気づいた。


「ままならないものね。何処にいようとも」


 言って再び、彼女は笑う。

 今度のそれは己に向けたものだ。


「ぅ……」


 不意に、声がやってきた。

 同時に少年の身を包んでいた毛布が床へと落ちる。


 ぎしりと椅子を軋ませて、フェレシーラがベッドへと近づいた。


「あーあ……まるで小さな子供じゃない」


 寝返りを打つ少年をみて、少女が仕方ないとばかりに毛布を拾い上げる。

 わざわざそんなことを口にするのは、警戒心の裏返しだ。

 フラム本人から聞き齧った話では『隠者の塔』にずっとすんでいた、ということだったが……互いにそういうことがあっても可笑しな年齢ではない。


 なんとなく年上ぶってみて平静な態度を装っていたが、先にあっさりと寝に入ったフラムを前にして、自分が安堵していたことぐらいフェレシーラにもわかっている。


 夕方のことにしてもそうだ。

 しばらく動き通して疲れがたまっていたとはいえ、無防備すぎたという自覚はある。


 この少年の心根が見た目以上に幼すぎた、というのもあるのだろうが……


「言い訳にはならない、か。お父様が知ったら、どんな顔されるのかしらね。お母様は……まあ、とても話せないとして」


 くしゃくしゃとなっていた毛布を両手で揃えて、大きく広げる。


「……ぅあ……」

「――眠れないの?」


 あがるうめき声に、ついつい問いかけてしまう。

 苦しげな吐息に続き、重みを増したベッドが軋んでいた。


 不意に、腕を掴まれた。


「!」


 反射的にそこから飛び退く。

 伸ばされた腕が暫しの間、虚空を彷徨い……やがてすぐに、だらんと力なく落ちた。


 さすがに迂闊すぎた。

 年下とはいえ、相手は同年代の異性なのだ。

 ……別の部屋も用意してあると、夕食の際にそういう話も出ていた。


 迷惑ではあるだろうが、今からでも屋敷の者に手配させるべきだろう。


「――ゼス、さん」


 その声が、フェレシーラの思考と動きを止めた。


「……」


 じっと、ベッドの上の少年を見る。

 意味のありそうな言葉を発したのはそれきりで、今はまた苦しげに寝返りを打つだけだ。


 ……なんとなく、ムカムカとしていた。

 少年が誰の名を呼んだかなど、考えるまでもない。

 彼とその師である人物との間柄は、おおよそではあるが想像もついている。


「――はぁ」


 溜め息と共に、彼女は再びベッドの縁へと腰かける。


 意地になっている自覚はあった。

 だが、この少年の師を……あの『煌炎の魔女』を大馬鹿者と言い切った気持ちに嘘はない。

 ふざけるなと思ったことは、事実だった。


「これも、乗りかかった船ってやつね……」


 つぶやき、もう一度だけ白い布地を落としてみる。

 ……今度は、少年もじっとしていてくれた。


 安堵の息が漏れる。

 微かに重なったその吐息に、少女は気づかない。

 緊張が解けたことで、急激な睡魔が彼女を襲ってきていたからだ。


 眠りに落ちてゆくその淵で、なるようになるか、とだけ思った。


「おやすみなさい。フラム……」


 その名を口に、瞼が落ちる。



 静寂で満ちた煌めく天を、流星だけが駆け抜けていった。





『君を探して 白羽根の聖女と封じの炎』


 番外編1 白き帳 完

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