「もう、なんですぐに起こしてくれなかったのよ」
白い大皿に鎮座する厚切り肉を相手に苦戦する俺を見やりながら、フェレシーラはハッキリと不満の声をあげてきた。
「お陰で折角用意してもらった夕食が冷めちゃったじゃない」
「いやいや……単にお前が熟睡してただけだろ。俺、結構頑張って起こそうとしてたんだぞ」
こちらはと言えばカチャカチャとフォークとナイフを動かすも、やはりステーキ肉の解体作業は難航中だ。
今現在、縦長のテーブルが配された食堂では、俺と彼女だけが夕食をとっている。
シュクサ村長はあれから体調が優れないとのことで、自室に籠っているらしい。
商人であるチャドマさんの姿が見えないのは、取引を終えたからなのだろう。
「ふぅ……ちょっと俺、これだけの量は入りそうにないかな……」
パンにスープ、サラダにステーキ。
白黄緑赤で盛り付けられた色合い豊かな晩餐を前に、俺はため息をこぼしてしまう。
食事の味に関しては、全体的に悪くない。
ないのだが……肝心要、メインディッシュのステーキが、妙に固く筋張っている。
それでいて量は多いのだから、困りものだ。
タダ飯にありついておいて不満を口にするつもりはないが、食が進まないのは確かだった。
「あら、もう食べないの? 今が育ち盛りって感じでしょうに」
「今日は色々ありすぎたから、ちょっと胃がびっくりしてるだけだよ。まあ単純に……ボリュームがありすぎる、ってのもあるけど」
「ふぅん。なら、明日のお弁当用に包んで貰えそうなのだけでも、お願いしておきなさい」
その助言を受けて、俺は頷きを返す。
そして自ら手持無沙汰となったことで、澄んだ水の注がれたコップをあおり一息つきにかかる。
向かいに座るフェレシーラの食べっぷりは、健啖そのものといったところだ。
にも関わらずその所作はスムーズで、品というものがある。
「御馳走さま。美味しかったわ、フォリー」
気が付くと、夕食を終えて口元をナプキンの内側でそっと拭うフェレシーラの姿があり……その右手後ろには一体いつからそこに居たのか、メイドのフォリーが控えていた。
「お待たせしちゃったみたいね」
「ん……いいよ、俺もゆっくりしてたし。どうせこの後やることと言ったって、明日に備えて早めに寝ておくぐらいしかなさそうだからさ」
つい先程までは、いきなりフェレシーラに明日の捜索活動では前衛担当だと言われて取り乱していた俺だが、満腹となり気が紛れてしまったらしい。
我ながらいい加減なヤツである。
それにどうやらフェレシーラにも、一応は考えがあるとのことだ。
その内容が気にならないと言えば嘘になるが、そこは蛇の道は蛇、魔物討伐は神殿従士、といったところだろう。
変に素人の俺にかき混ぜられては、彼女としてもやりにくい筈だ。
なのでまずは、明日にでもその考えとやらを確かめてからでも、遅くはないだろう。
「あの……その件で、お伝えしたいことがあったのですが」
そう考えていたところに、遠慮がちな声がやってきた。
フォリーだ。
みればメイドの少女は早々に食器の片づけを終えて、ティーセットを載せた小さめのワゴンと共に食卓の傍へと進み出てきていた。
「その件って?」
そんなフォリーに応じたのは、手元にティーソーサーを迎え入れたフェレシーラだった。
「は、はい……! 実はあの、そちらの……」
「ああ。フラムのことだったのね。あと、私のこともフェレシーラでいいわ」
「あ、ありがとうございます、従士さ――フェレシーラさま」
おっと。
どうやら話は、俺に関する話題だったらしい。
会話の合間を縫いお茶の用意を終えてから、フォリーが再び口を開いてきた。
「フラムさまにお伝えしたいことがあります」
「あ、はい」
それまでより随分と歯切れのよいその口ぶりに、俺はついつい、背筋を伸ばして答えてしまう。
なんだろう、この感じ。
妙な緊張感があるというか……
何だかこの子、俺のこと警戒してないか……?
フェレシーラに出されたものと違い、矢鱈と遠くに置かれた紅茶を受け取りながら、俺は内心で首を傾げてしまう。
あ。
そういや俺、この子に自己紹介とかしてなかったっけ……なんて、呑気に考えていると。
「本日シュクサ様の命により、フラムさまに手配した御部屋は、本館西側奥の客室となっています」
「「……ん?」」
フォリーからの通達に、俺とフェレシーラは、ほぼほぼ同時に首を捻っていた。
「フラムさまの御姿が見えなかった為、お伝えするのが遅くなってしまい申し訳ございません」
そんな俺たちの反応をよそに、フォリーがお辞儀をしながらも後を続ける。
「つきましては、フラムさまには私共の手配させていただきました」
「ああ。いいわよ、それ」
その言葉に、フォリーの動きがピタリと止まった。
彼女の視線は、ティーカップを傾けていたフェレシーラへと注がれている。
意外なところから返答が来てしまった。
何故だかフォリーの反応は、そんな風に見えていた。
「それは……失礼ながら、どういった意味でしょうか」
「意味も何もないけど。わざわざこの子なんかの為に、他に部屋を開けてくれないでも……ねえ?」
「ああ、そうだな。なんか、ってのは引っかかるけど……あれだけ広い部屋を使わせてもらってるわけだし。二人どころか、もっと寝泊まりしても余裕があるよな。あの離れの部屋って」
フェレシーラに同意を求められて、俺は頷きで応える。
「そういうわけだから……俺のことは気にしないでおいてくれていいよ。正直、夜露が凌げるだけでも十分ありがたいんだからさ」
「そうそう。それとご飯のほうも減らしてくれていいわよ。この子、案外と小食みたいだから」
俺が率直な気持ちを口にすると、フェレシーラもそれに助勢してくれた。
そのやりとりを前にして、フォリーがまたも固まってしまう。
そんな少女の反応に、俺とフェレシーラは自然、顔を見合わせていた。
どこかおかしい。
会話の意図が、何かズレてしまっている。
そんな印象があった。
「あの……こういったことを、私のような者がお客様にお尋ねするのは大変不躾なのですが」
俺たちが抱えたその認識は、フォリーにとっても同様だったのだろう。
「失礼ながら、お二人の御関係はどういった間柄なのでしょうか……?」
こちらが食後の茶を楽しむ手を止めたタイミングを、しっかりと見計らい。
彼女は躊躇いながらも、そんな質問を行ってきた。
「御関係って、そりゃあ」
その問いかけに、俺は一旦は口を開きながらも口籠ってしまう。
言われてみれば、フェレシーラとは今日出会ったばかりの関係なのだ。
つまりは、完全なる赤の他人なわけだ。
それが紆余曲折を経て、こうして行動を共にしている。
それをフォリーに何と伝えればいいのかが、俺にはわからない。
だがそれは、単に適した言葉が見つからなかったわけではなく――
「パートナーよ」
フェレシーラは、するりと言ってのけた。
「パートナー……で、では」
その言葉に戸惑いつつも反応をみせたのは、フォリーだ。
「フラムさまも、フェレシーラさまと同じく聖伐教団の」
「あー、ごめんなさい。言いかたが悪かった……というか、言葉足らず過ぎたわね」
それは慌てて俺に対する居ずまいを正しにきた、メイドの少女への気遣いだったのだろう。
「そういう意味のパートナーじゃなくって。彼は教団とは無関係の……個人的なパートナーよ。だから、と言うべきなのかしらね。そんな鯱張らないで相手をしてくれると嬉しいわ」
カチャリ、とカップとソーサーの触れ合う音と共に。
フェレシーラは会話を締めにかかっていた。
その言葉に俺は何故だか、言い様のない気恥ずかしさを覚えて視線を横に逸らしてしまう。
するとそこに、深々と頭を下げるフォリーの姿が視界に飛び込んできた。
「かしこまりました。要らぬ詮索をしてしまったことを、どうか御赦しください」
「気にしないで。元はと言えば、ちゃんとした説明をしていなった私たちが悪かったのだもの」
フェレシーラが発したその言葉には応えず、フォリーは頭を下げ続けていた。
出過ぎた真似をしたとの思いからなのか、その頬は心なしか朱に染まっている様にも見える。
「ありがとう。お茶、美味しかったわ」
「あ、ああ……そ、そうだな。今日はありがとう……ございました、フォリーさん」
結局は変わらぬ調子の相棒の一言に、なんとか調子を合わせて。
俺はフェレシーラと共に、夕食の場を後にした。