叫ばずにいられなかった。
「そこに書いてあることは、ぜーんぶ師匠の言い付けでやってたことだよ! 一人前の魔術士になるには、術法の勉強ばっかりしていてもダメだって言われ続けてな!」
「それは……確かに一理あるけど。でもこれ、一理どころの話じゃなくない? 特にこの、補助具なしでのツリークライミングとか謎すぎるし。サルなの? 貴方サルなの? 道具持たせたらウキーッ! とかなっちゃうの?」
「なるかっ! そりゃ単純に、毎日塔の手入れしてたら出来るようになってただけだっ! 意図して練習してたわけじゃねえよっ!」
「意図せずにねえ。まあ、出来ることが多いのは助かるけど……ううーん」
こちらの必死の抗議にも、フェレシーラは相も変わらず悩み中といった感じだ。
いや唸りたいのはこっちだよ。
どさくさに紛れて猿の絵描いてんなよ。
微妙に俺に似せようとすんなよっ。完全インクの無駄だろっ!
「あーもう……! 仕方ないわねぇ……!」
そろそろ羊皮紙のスペースも無くなろうかというタイミングで、彼女は大きく伸びを打ってきた。
「なんだよ。何が仕方ないんだよ」
「貴方のポジションの話よ。おサルさんに向いたポジションを決めたから」
「だからサル言う――え? ポジション? ポジションって……立ち位置ってことか?」
「そ」
それまでの作業のアレコレで、かなりお疲れになっていたのだろう。
フェレシーラは素っ気ない返答と共に椅子から立ちあがった。
そしてフリーとなっていたベッドにボフンとお尻を着地させて、言葉を続ける。
「明日からの貴方のポジション。前衛に決定したから。私の前で立ち回って頂戴」
「ああ、ポジションってそういう――って! なんだよそれ! いきなり前衛って、なんだそれ!?」
「前衛と言ったら前衛よ。ま、正確には攻撃面では期待出来なそうだから、盾役……というよりは、囮と言ったほうが正しいのかもしれないけど」
「囮って……おま――お、おいっ! 勝手に決めてないで、ちゃんと説明しろって!」
「んー……なによ。もう晩ご飯に呼ばれるまで、私、動きたくないんですけれどー?」
冗談じゃない。
急に投げやりとなったフェレシーラに、俺もまた椅子から立ちあがる。
幾ら可能な限り協力し合うと言ったところで、いきなり前に出て囮になれ、と言われて納得できるわけもない。
それが情けないと言うのなら言えばいい。
しかしこちらは、戦士としての訓練を積んだわけでもなければ、防御や回復に優れた神術を扱えるわけでもない。
それどころか、まともな防具の一つも身に付けてない有様なのだ。
……なんか、確認しているうちに自分でも情けなくなってきたけど。
どう足掻いたところで、ない袖は振れない。
自分そっくりの魔物を放っておけないと口にしたが、それとこれは別だ。
別に俺は、死にたいわけではないのだ。
「おい、こんな時間から寝るなって! せめてもうちょい、作戦とかをだな……!」
「うーるーさーいー。このローブ、教団の支給品でサイズがキツイんだから、そんな力任せに引っ張らないでよ。どこか破いたりでもしたら、文句言われるのは私なんだから」
焦り詰め寄るこちらに対して、しかしフェレシーラは一瞥をくれてベッドに倒れ込む。
ダメだこいつ、お休みモードに入りかけてやがる……!
「いや待てって! ほんとこういうの、勘弁してくれよ……!」
本格的に寝に入る少女に、俺は情けない悲鳴をあげてしまう。
何とかしようにも、彼女の言うとおりに乱暴な手段に訴えるわけにもいかない。
出来ることといえばせいぜいこうして、彼女が眠りに落ちないように肩を揺さぶり続けるぐらいだが……
あまりに必死な俺の態度に、仏心が湧いてきたのだろうか。
フェレシーラは薄眼を開き俺を見上げてくると、仕方がない、といった様子で応じてきた。
「んもー……どうしても不安だって言うんなら、明日、ちょっといいものを用意してあげるから……今はとにかくいちど……ふぁ……」
「え。いいものって――」
寝惚けまなことなった彼女の言葉を、俺が反芻したその直後。
ギィィ――という重苦しい音が、部屋の中に響き渡ってきた。
「お返事がなかったようなので失礼致します、従士さま」
その音につられて振り返ってみれば、そこには部屋の入口でドアを押し開き、深々と一礼をするメイドの少女――フォリーの姿があった。
「ただいま本館にて、お食事のご用意が、出来、まし……た、ので……」
「おぉ――」
フォリーからの朗報に、俺はホッと胸を撫で下ろす。
救いの神とは正にこのことだ。
これでフェレシーラのヤツもきっと起きて……
「――」
パタン。
……あれ?
コン、コン。
「……お返事がないようなので、この場でお伝えさせていただきます。ただいま本館にて御夕食の準備が整いました。従士さまと、そのお連れのかたにおかれましては大変ご多忙かと思いますが、宜しければ折を見て食堂までご足労願いたく存じます」
……カッ、カッカッカッカッ。
俺がフォリーへと向けて、制止の声をかける暇もあらばこそ。
気付けば彼女は閉じ切ったドアの向こうよりつらつらと所用を述べ終えると、はっきりとした足音を響かせながら離れの部屋から立ち去っていた。
暫しの間、フェレシーラの肩を掴んだまま。
「……え? いまの、なに……?」
俺はやっとのことで、それだけを呟くに至っていた……