バレンタインデーから数日後、仕事終わりに田村が白い缶を差し出してきた。やや厚みがあり、いかにもお菓子が入っていそうだ。
「これ、この前のお返し」
と、田村は視線をそらしながらぶっきらぼうに言う。
「ああ、ありがとう」
僕が笑顔で受け取ると、彼はすぐに背を向けた。
「じゃあな」
恥ずかしいのだろう、顔を真っ赤にしながら田村は足早にオフィスを出ていく。
まったく可愛いやつだ。お返しなんてしてくれなくてもいいのに、育ちの良さを隠しきれていない。
ともあれ、彼からお返しをもらえたのは嬉しい。想いを確かめ合ってはいないが、きっと両想いということだ。
受け取った缶を丁寧に鞄へしまって、僕はほくほくした気持ちで帰路へついた。
夕食の後で缶を開けてみると、いろいろなお菓子が詰め込まれていた。
「これは……」
キャンディにチョコレート、キャラメルやクッキーなんかも入っている。元々こういう詰め合わせ商品なのかと思ったが、ちょっと違うような気もする。
裏にある食品表示を見てみると、やっぱり違った。元々はクッキーとチョコレートの詰め合わせだ。
ということは、それ以外のものは彼が詰め込んだことになる。どうしてそんなことをしたのだろうかと少しの間考えて、何かごまかしたかったのではないかと思った。
田村は反応だけは素直なのだが、口や態度は素直じゃない。コミュニケーションに少々難があるわけだが、根は真面目で純粋な人だ。
そうした葛藤から推測するに、きっと僕の想いに応えようとしてくれたのではないだろうか。
ふとデバイスでお菓子の意味について検索し、入っているお菓子を全部取り出して並べてみた。
「クッキーは『友達でいよう』、チョコレートは『あなたと同じ気持ち』、キャンディは『あなたが好き』……」
見てみると、キャンディは三つ入っていた。他のものは二つずつなので、意味がありそうだ。
「キャラメルは『安心する存在』、あとは……」
一つだけ、明らかに別物と思われる個包装が底にあった。中に入っているのはマカロンだ。
デバイスの画面を下へスクロールし、僕は目を瞠った。
「マカロンは『あなたは特別な人』」
ドキッとしてじわりと頬が熱くなる。嬉しくて今にも飛び跳ねたくなるのをこらえて、目の前にあるマカロンをじっと見つめる。
ああ、そうか。田村はこれをごまかそうとして、他のお菓子を詰め込んだのか。
マカロンの袋をそっと手に取り、我ながら気持ち悪いなと思うくらいににやけながら、普段は見せてくれない田村の秘められた想いを感じた。
「やっぱり両想いじゃないか」
僕の想いはきちんと彼へ届いたし、彼の想いもこうして返ってきた。これほど嬉しいバレンタインデーが、これまでにあっただろうか。いや、ない。
マカロンは大事に取っておくことにして、僕は鼻歌まじりにお菓子を元通り缶の中へしまうのだった。