年が明けて正月ムードが終わると、世間はハート一色になる。バレンタインデーというやつだ。
しかもチョコレート商戦とやらが盛り上がるのが、日本のバレンタインデーらしい。宇宙育ちのオレにはちっとも分からないのでスルーしてきたが、今年は無視することができなかった。
「田村」
定時過ぎ、帰ろうと思ってロッカーから鞄を取り出したところで、急に名前を呼ばれた。
声のした方を見ると、同じくロッカーの前にいる千葉がオレに花束を差し出していた。
「これを受け取ってくれ」
と、半ば無理やり渡されて、オレは反応できずに固まってしまう。
「え、えぇと……?」
「バレンタインデーだからな」
にこりと笑いかけられて心臓がドキッと高鳴る。
「それじゃあ」
さっさと帰っていく彼の背中を、オレは何も言えずに見送った。
こんな経験は初めてだ。しかも赤い薔薇が六本もある。……ん、六本? なんか中途半端じゃないか?
立ち尽くすオレを見て、土屋さんが声をかけてきた。
「田村くんは用意してこなかったの?」
「えっ」
思わずびくっとするオレへ、先輩の彼女は冷めた視線を返す。
「バレンタインデーでしょ。好きな人に贈り物をするチャンスじゃない」
「す……!?」
「ああ、もしかしてどうしたらいいか分からなかった?」
黙ってオレはうなずき、土屋さんが呆れたようにため息をつく。
「それじゃあ、後でいいから何かお返しをするといいわ」
「何か、って?」
「お菓子でいいんじゃない? チョコとかキャンディとか、まあ、込められている意味によって選ぶのもいいかもね」
「意味? 何か意味があるんすか?」
「ええ、あるわよ。薔薇六本にも千葉くんの想いが込められてるわ」
そう言って土屋さんは少し意味深長に笑うと、「それじゃあ、お疲れさま」と帰っていった。
あらためてオレは花束を見つめ、どんな意味があるのか考えてドキドキした。
部屋へ帰ってから検索してみると、薔薇六本の意味は「あなたに夢中」だった。
「っ……」
つい口元がにやけてしまう。心臓は心地よく高鳴るし、嬉しくてたまらない。
でも、まだ千葉と付き合ってるわけじゃない。というより、まだ告白されていない。でもあいつの気持ちは分かりきっていて、オレも……その、嫌じゃないというか。
でもでも、どうしたらいいか分からない。好きな人に贈り物をするのがバレンタインデーだということは分かっていても、実際に自分でそれをやろうとすると、どうするのが最善なのか分からないのだ。
恋愛経験なんてこれまでなかったから、ぶっちゃけると今が初めてなわけで……いやいや、別にあいつのことが好きとかいうわけじゃない。そうだ、違うんだ。
と考えてから、オレはため息をつきながらテーブルへ突っ伏した。
いや、やっぱり違わない。結局オレは、あいつのことが好きなんだ。思い浮かべるだけで胸がきゅっと痛くなるのは、きっとそういうことだもんな。
「……あ、そうだ」
お返しをしなければ。土屋さんはお菓子にも意味があるって言ってたっけ。
すぐにオレは体を起こし、お菓子の意味について検索し始めた。