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3.氷川武の解答

「まず、結論から言わせてもらおう。これは自殺に見せかけた他殺である。犯人は用意周到に事前準備をし、自殺に見せかけ黒岩と白井を殺害したのだ」


 私はそう断言した。この事件は殺人である。決して自殺ではない。自殺に見せかけて殺されたのだ。

 そう言う私を横目に、あまり興味のなさそうにエリザベートは返してきた。


「ふーん。貴方はそういう結論を出しますのね。一見すると、状況からは自殺のように思えますけど、それでも他殺とするのですから、それなりの根拠があってのことでしょう。それを聞かせて頂けるかしら?」


 この女は本気で言っているのであろうか? そんな簡単なことをわざわざ私の口から言わせるつもりであろうか? いや、これはおそらく私を試しているに違いない。言葉尻を気にしていた彼女がわからないはずはない。


「それはわざと聞いているのか? そもそも最初からキミは状況を語る際に自殺であったとする可能性を放棄している。わからないはずがないだろう?」

「さて、何のことやら」


 表情に変化はない。何を考えているのかわからないがしかたない。ここではっきりとさせよう。こんなもの叙述トリックでもミスリードでもなんでもない。現場に実際に居れば誰でもすぐにわかってしまうことだ。


「キミは被害者が車の中で死んでいた状況を説明した時に言ったな。『車外には一片の隙間なく強力な接着帯による目張りがされていた』と。接着帯はガムテープとのことだが、おかしいじゃないか。何故車内で自殺しているはずなのに『車外』に目張りができるのだ。自殺する前に目張りをしてしまったら車内には。普通は『車内』から目張りをして空気が外に漏れないようにしなければこの手の自殺はできない。こんなものは根拠にすらならないほどくだらない話だ。現場を一目見ればその異常さにすぐ気付く。自殺ではない。第三者が薬で眠らせて二人を車内へと運び、その後目張りをしたとしか考えられない」


 そうなのだ。なんとも当たり前の話だ。警察も見た瞬間に気付いたことであろう。

 車内で練炭を燃焼させ、一酸化炭素を充満させるには空気の通り道をすべて塞ぐ必要性がある。ドアの隙間、窓の隙間、塞がなくてはならないところは多々ある。車外からその隙間を塞いでしまっては車内へと戻るときにドアの目張りを剥がさなければならない。これから車内で自殺をしようとしている人間がそんな馬鹿なことをするわけがない。というより物理的に不可能だ。

 第三者が介入しない限り外から目張りはできない。そうなると第三者である犯人が必要になってくる。


「へー。そうなのですね。知りませんでしたわ。では、その第三者というのが犯人かしら?」


 本当に知らなかったのであろうか? しらを切っているのか判断に迷うところだが、事件とは何ら関係がないことだ。ともかく、この場には工作をした第三者が確実に介入していることの証左になっている。


「そうだ、その第三者が犯人だ。そしてその犯人は青木だ。そもそも登場人物が少ないから他殺とすると自ずと犯人は絞られるわけだが」


 何十人と容疑者がいるならばいざ知らず。今回は合計四人しか関係者がいない。そうなると自殺を除いた場合、犯人のパターンは三つしかない。青木と赤沢が犯人の場合と、恋人の白井が犯人で犯行後自殺をしたパターンだ。このうち、件の『目張り』を行うことができたのは、車内で一緒に死んでいる白井以外の人間となる。前述の通り、車内で死んでいる白井が外から『目張り』をするには車の扉の開閉がどうしても必要になる。その部分の『目張り』が外れていない以上、白井が犯人である可能性は低い。ならば、残りは青木と赤沢。赤沢は怪しいには怪しいが被害者との面識がないとのことと、青木に金銭トラブルという殺人動機が存在しているため、どうしても疑わしいのは青木しかいないということになる。なんとも簡単な話だ。証明終了。


「登場人物が少ない……? あなた何か勘違いをしていませんこと?」


 勘違い……? 私は何かを誤解していただろうか?


「これは小説の世界の話ではありませんわよ? 空想の物語の話ではありませんわよ? 登場人物しか犯行に及ばないなどというくだらない縛りは存在しませんわよ? 血に飢えた名もなき殺人鬼が偶然偶々たまたまその場に遭遇し、機会があったのだから犯行に及んだという可能性も十二分に考えられますわよ?」


 成程。確かにこれは現実世界で起きた事件なのであろう。登場人物以外の人間が犯人ということも可能性としてはあり得る。だが、今回の事件においてそれは絶対にあり得ないのだ。


「言いたいことはわかった。確かに第三者の介入の可能性……この表現では語弊ごへいがあるな。登場人物外の人間が関与していない可能性は否定できない。しかし、キミの言う所の血に飢えた名もなき殺人鬼は常に練炭と七輪、ガムテープなどを持ち歩いて殺せる相手を探しているのかね? 常識的に考えておかしいだろう。これが折り畳みナイフなどによる刺殺などなら可能性もあり得るだろう。突然殺人衝動に駆られるような異常な殺人鬼もいるかもしれない。被害者は練炭による一酸化炭素中毒で死んでいるなら、登場人物以外の人間は犯人たりえない。それに青木は食事の時に明らかに黒岩に何か薬を盛っている。もし、青木が犯人でなく薬も盛っていないのであるならば、寝たままの友人を河川敷に放置するような真似は普通しないだろう」


 そう捲し立てると私は人心地付いた。


「そうですか。あなたはそう考えるのですわね。まあ、いいですわ。それで、青木が犯人ならどうやって黒岩と白井を殺害したのかしら?」


 ここまでの話でおおよその予想はついてるはずだが、改めて私はひとつずつ自分の推理を説明し始めた。


「まず、青木は黒岩から金を借りていたという。額はわからないがそこそこの金額だったのではなかろうか。そして何らかの理由で青木は返済期限までに金を返すことができなかった。おそらく今後も返すアテはなかった可能性はあるな。しかし、黒岩は返済期限の厳守を通達し法的手段に訴えるとでも言ったのではなかろうか。思いがけない友人のこの頑な態度に青木は殺意を抱いたのであろう。返済期限の交渉を名目に殺害計画を企てたに違いない」


 動機という点に関しては推測の域を出ない。確固たる証言も証拠もないのでこの辺は想像するしかない。しかしながら、今回の事件において動機はあまり重要ではないと感じている。動機がどうあれ殺害できる可能性のある人間が青木しかいないのである。


「動機に関してはちょっと薄い気がしますわね。特に親しい友人同士なら少しくらい返済期限を延ばしてくれてもよいのではなくて? 実際に『魂書』には返済期限の融通をした記録が残っていますし」

「その通りだ。明確な理由はさすがに推測するしかないのだが、実は返済期限の延長はここに至るまでにすでに何度も行われていて、何年も繰り越されていた可能性もあるし、黒岩のふところ事情が変わって早急に金が必要になったため返済を迫った可能性もある。どちらにしろ青木が黒岩を殺そうとしていたという事実がそこにはあったのであろう」


 次に私は殺害方法について語った。


「ともかく動機は置いておくとして、そんな理由で青木は黒岩を呼び出し食事の席で薬を盛り、黒岩を昏睡状態に陥れ、車で河川敷まで行き、練炭や車外の目張りなどの工作を諸々行って自殺に見せかけた殺人を行ったと言うことだ」


 これで事件の証明は終了した。随分と杜撰ずさんな工作だが殺人という狂気に侵されていれば冷静な判断ができなかったのかもしれない。何とも悲しい事件である。


「真実は暴かれた。キミのお眼鏡に叶うかどうかはわからないが、真相なんてものは所詮こんなものだろう。肩慣らしの練習問題にしては肩透かしのよう気もするが」


 私が肩を竦めると悪女の瞳がすっと細まる様子が窺えた。


「そう……。もう終わりでよろしいかしら。最初に言いましたけど今回は既に解決済みで『解答』がありますの。つまりは答え合わせができるということですわ」


 そう言うとエリザベートは私の目の前に仁王立ち、私を上から覗き込むように……これは侮蔑の視線? なんだ? どういうことだ?

 私が何か得体の知れない恐怖感を感じ、冷や汗をかきだす前に彼女は言った。



「あなたの『解答』は『真実』ではありませんわ。あなた『』いますわ」



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