「実はこの『魂書』に出てくる事件は既に解決済みですの。わたくしが解答を出したわけではなく、警察? というのだったかしら? その組織が事件を解決していますわ。つまり、これは『答え』のある事件となりますわ。それほど複雑な事件でもありませんし、既に『答え』があるのですから肩慣らしにはちょうどよいかと。練習問題と思って気軽に挑戦してくださいな」
確かに私もまだどういう風に事を進めればよいのかわからない状態だったので、この申し出は大変有り難かった。既に事件が警察の手によって解決しているのであればそこへと解答を導くだけだ。例え間違っていても解決されている真実は揺るがない。答え合わせもできるので本当に練習問題として最適であろう。
「一応確認しておきたいが、その事件は真相が解明済みなのだな? 冤罪とか真犯人が別にいると言ったことはなく、警察の導き出した答えは正しいのだな?」
時として警察は事件の解決を急ぐために、証拠を捏造したり無理な自供を引き出したりすることがある。それが本当に事実かは私の
しかし、彼女から
「さあ? 知りませんわ。興味ありませんもの。なるべくなら正しい真相で判断したいとは言いましたけど、既に現世で納得のいく解答が導き出されたものまで再検証は致しませんわ。必要性が感じられませんし、何より時間の無駄ですわね。犯人が確定していなかったり、動機や殺害方法に矛盾が生じていたり、難解な密室が存在していたり。そのようなわたくしが判断に迷うような事件だった場合にのみ究明を必要としますわ。わたくしが納得する解答であるなら、それに越した事はないですもの」
何を言っているのだこの女は。要約すれば、自分の気に入る解答でなければ認めないということだ。冤罪だろうが真犯人が居ようが関係ない。そこには善も悪も関係ない。自分の好みの結末へ導けと言っているのだ。なんたる
「キミはそれでいいのか? 主様とやらに与えられた職務なのだろう? 真実を究明していない事案があれば不備として
「その辺りの話をし始めますとちょっと長くなるので今は割愛致しますわ。ただ一つ、わたくしが主様からこのお役目を任された時に求められたのは、『真実』に
この女の主……つまり、神と言うことだが、そいつの真意が読めない。真相を、真実を求めずに魂の選定をする理由が私には理解できない。真実が必要ないなら、機械的に条件式に基づいて処理してもいいはずだ。そもそもこの真相を究明するという作業すら必要なものであるかあやしい話になる。最悪な話、真相を捏造しても問題がないことになる。曲がりなりにも神であるとされる存在が、そのような醜悪な行為を許容するのであろうか。それでは死んだ人間が浮かばれない。
「不満げな顔をしていますわね。思う所があるのでしたら貴方が真相を導き出しなさいな。わたくしは構いませんわよ。元より真相かどうかなど気にしませんもの。不可解な死に方をしている『魂書』の記載を、わたくしが納得する形で収めて頂ければそれで結構ですわ」
正直なところ私はこの悪女の態度が気に入らなかった。非業の死を遂げた人間の最後を踏みにじり
「何にそんなに腹を立てているのかは知りませんけども、一応釘を刺しておきますわ。あなたが求めている真実と言うものにここでは何の価値もありませんわよ。先程も説明しましたけども、対象となるのはもう既に起こってしまっている過去の事件ですわ。それこそあなたの主観時間で言えば数十年前かもしれないし、もしかしたら数千年前の出来事もかもしれませんわ。その真相を暴いたとして誰が喜びますの? ここにはわたくしと貴方しか居ませんわ。その真相を真実と理解するのはたったの二人だけ。わたくしたちが忘れてしまえばその真相とやらも誰の記憶にも残らず、闇へとただ消え去るのみ。そこに一体どんな価値が存在するというのかしら?」
言いたいことはわかる。その事件に起きた当時に我々が介入し真実を究明するのとは訳が違う。言うなれば歴史の謎を紐解いているのと変わらない。既に起こってしまったことを
しかし、それでも私は正しい真実を提示したい。殺された人間は理由もなく殺されはしない。それが自らの不義や
私がそうなのだ。いつの間にかこんな場所に連れてこられ、既に死んでいると告げられている。私は何故自分が死んだのかを知りたい。真実が知りたい。それが人生という旅路の道半ばで倒れた者の最後の望みであると私は考える。だから、私は……。
「……わかった。お前には興味がないかもしれないが私が真相を暴く。無念に散った魂の最後の叫びを私が聞き届ける。そして正しい解答を導く。それが死者へのせめてもの手向けだ」
私がそう言うと、さも
「あらあら。いつの間にそんな正義感が生まれたのかしら。それとも元からそういう
神の下僕など偽りだ。こいつは醜悪な悪魔に違いない。眉目秀麗であろうと性格が終わっている女など御免被りたい。
「さて、どちらにしろ覚悟が決まったのであれば話を続けますけど宜しいかしら?」
その視線に不愉快さをひしひしと感じながら私は静かに頷いた。
「では、始める前に注意点というか前提条件を教えておきますわ。難しく考える必要はありませんわ。これは『魂書』というものがどういうものかを表したようなもの。絶対的な制約、覆ることのない条件。ここに書かれていることは嘘偽りが決してありませんわ。
そう言うと彼女は静かに語り始めた。彼女の話はこうだ。
一、『魂書』に書かれていることは真実である。但し、『魂書』に書かれている人物の知らない情報は載っていない。また、誤解や誤認が例えあったとしても本人が知らなければそれは真実として書かれる。
一、『魂書』に書かれている事件は過去の出来事である。未来の出来事でもなければ現在進行形の話でもない。既に終わっている事柄である。
一、『魂書』に書かれているのは肉体的に死んだ人間の視点情報である。本人以外の視点情報は含まれない。それは『魂書』に記載された魂の名前の人物のみの視点である。
一、『魂書』に書かれている人物は確実に死んでいる。実は生存をしていたということは絶対にない。
おおよそ彼女の言った前提条件は前述の通りであった。詰まるところ、『魂書』に書かれていることはすべて正しいということである。そこに嘘偽りがないというのは大変助かる。信用性の高い情報は推理する上で大変役に立つ。虚言により惑わされるのが一番厄介なものである。