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第16話 すべては炎の中に

その頃、カラック亭の外では複数人の男たちが待機していた。


眼帯を付けたハゲ頭の男が舌打ちする。


「何をやってるんだ。あのクズどもは」


眼帯を付けた男の名はヴェルギ――――灰色の髭傭兵団の団長で、巷ではそこそこ有名な傭兵で、仕事はなんでも引き受ける。それがたとえ、人殺しでもだ。


そして、今回もまたとある男からアベルの殺害を依頼され、襲撃を指示した。


ヴェルギは、酒場で他の傭兵が集まっていることを知ると依頼主が複数の傭兵にアベル殺害を依頼しているのだと考え、手柄を取られる前に先手を打ったのだった。


いつもは街の中では襲撃しないのがいままでのやり方だったが多額の大金が手に入るとあって、ヴェルギは欲に目がくらみ、街の中での襲撃を実行したのだ。


数名の浪人を日雇いで雇って向かわせてみたのだが、数分が経っても一向に帰ってこない。


暗殺に失敗した、と察した。


地面に唾を吐く。


「くそ、こうなったらもうなりふりかまっていられねぇ」


ヴェルギは後方で待機していた部下に命じる。


「アベルの首を持ってきたやつには、報酬の三分の一をくれてやる」


その大判振る舞いに部下たちは驚いた。


「三分の一ですかい兄貴?!」

「あたぼうよ。ここで失敗でもしてみろ。俺たちは全員、斬首刑になるぞ」

「お、おう。そりゃ、確かに」


暗殺が失敗に終われば、彼は破滅だ。なんとしても、ここで、アベルを殺さないといけない、と考えた。


「いいか、目撃者を残すんじゃねぇーぞ。わかったか」

「へ、へい」

「わかったなら、さっさと行け! ぶち殺すぞ!」


そう怒鳴ると部下たちは慌てて、それぞれの武器を手にして、カラック亭へと向かっていく。


暗闇の中、傭兵たちは目を凝らしながら進む。


カラック亭で宿泊していた旅人や商人らが騒ぎに目を覚ますも、目撃者を残すわけにはいかない、という指示のもと、傭兵たちは次々に命を奪っていった。


それでも、アベルたちを見つけることができなかった。


血眼になって探すもどこにもいなかったのである。


やがて、傭兵の一人が、外に駆け足で出てくると、ヴェルギに報告する。


「団長、アベルのやつ、どこにもいません」

「なに? どういうことだ? ちゃんと探したんだろうな」

「えぇ。そりゃあもちろん」

「じゃあ、なんでいねぇーんだ」

「まったく、見当も」

「くそっ。出入口はここだけか?」

「裏口にもあるみたいですが、そこにも仲間が抑えているはずです」

「ちっ。もう一度、探せ! 一つ一つの部屋のベッドをひっくり返してでもだ」

「へい」


ヴェルギの部下たちはカラック亭の再び、捜索を続行する。


数分経っても、ヴェルギにとっていい知らせは入ってこなかった。


ちらりと視線を太陽が昇る東を向ける。


既に夜明けが近い。


このままでは、ヴェルギたちが、アベルを暗殺しようとしたのが明るみに出る可能性があった。


そうなったら全員の首は飛ぶ。


その前になんとしてもアベルを殺さないといけなかった。


「団長、もう引き際です」

「……燃やせ」


小さな声に部下が眉をひそめた。


「え? なんと?」

「この宿屋を燃やせ」


ヴェルギはここで、アベルの暗殺を諦め、カラック亭ごと証拠隠滅する策に出た。

部下たちが驚く。


「い、いいんですか?」

「いいもくそもあるか。こうなりゃ、全員まとめておさらばだ。もたもたするな。さっさと、たいまつを投げ込め!」

「し、しかし、仲間がまだ中に」

「かまうもんか! とっとと、投げ込め。それともお前、俺の命令が聞けねぇーっていうのか?」

「そ、そういうわけじゃ……」


それでも、不満そうな態度に苛立つヴェルギは部下の一人のたいまつを奪い取ると、入り口へとたたきつける。


「いいか? 今がチャンスだ。俺たち全員の命がかかっているんだぞ」


死にたくない、という一心で、部下たちは渋々、ヴェルギの指示に従うように次々に投げ込んでいく。


火はすぐさまカヤック亭を包み込み、ごうごうと燃え盛った。


パチパチと始める音と灼熱が周囲を支配した。


出入口が炎に包まれ、ここからはどうやっても逃げることができないだろうと判断したあと、最後まで、燃え落ちるのを見る前にヴェルギは一旦、この場から逃げるように命じた。


ここにいれば、犯人だと疑われるからだ。


案の定、街の住民たちが火事に気が付き、警鐘が鳴らされ消火活動が始まった。


近くの井戸から水を汲み、バケツリレー方式で火を消そうとしていた。


その様子をヴェルギたちは野次馬の中に紛れ観察しつつ、誰も出てこないことと家屋の骨組みだけになったのを見て、ほくそ笑みながら、その場から離れた。


しばらくしてから、ベトリンの守備兵が現れ、焼け落ちたカヤック亭の周辺を誰も近づけないように固めると、焼け跡から、遺体と所持品などを探していた。


ひらけた場所に次々に死体が運び出されるも、どれもこれも身元がわかるような状態ではなかった。


あまりのショッキングさに街の人々は口を押え、その場を後にしていく。


ヴェルギの部下はその黒焦げになった死体を見て、どれがアベルなのか、判別がつくはずもなく、また証拠品も何一つ残っていないことに困り果てた。


カヤック亭から誰も逃げ出すのを見ていない、ということから焼け死んだとしか考えるしかなかった。


貧乏揺すりしながらヴェルギはその報告を聞かされるも死体を見ていない以上、本当に死んだのかが判断ができなかったからだ。


焦燥感にかられている中、部下の一人がいう。


「団長、仮に死んでいなかったしたら、もうすでにわれわれの仕業だとばれているのでは?」

「いや。それはないだろう。最初に向かわせたのは日雇いの浪人だ。金だけしか渡してないし、俺たちが何者だったのか、なんて知らなかったやつらだ。だから、俺たちだとバレていないはず」

「二回目に送ったのは間違いなく、俺たちの仲間だ。そこで、バレているかもしれない」

「たとえ、そこで、バレたとしても、出入り口からは誰一人とて出てきていない。今頃、天国だよ」

「あぁ、死人に口なしだ。俺たちがやった証拠は一切ない」


ヴェルギは唸り声をあげ、思案する。


(――――アベルは焼け死んだ。そう考えるしかないか)


膝を叩く。


「よし、こうなったら仕方ない。あいつは死んだ。そういうことにしよう」


そう自分にも言い聞かせて、ビールを一気に飲む。


だが、ヴェルギはなぜか、胸騒ぎがしていた。


その胸騒ぎは宿屋を焼き払っても解消されるどころかより大きな不安へと変わっていた。


そんなヴェルギに部下たちが酒を勧める。


「団長、もう一杯、いかがですか?」

「……あぁ」


部下の一人が注いでくる酒を飲むと、ヴェルギは一息ついた。

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