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第12話 彼は何しにここに?

センが指さした服は質素でなんとも地味なもので、黒を貴重としたスタイリッシュな作りで、動きやすさを重視したデザインだった。


年頃の娘が選ぶと言ったら、フリル付きのドレスだとアベルは思っていたし、街を歩く少女はみんな可愛いらしい服を着ている。


遠慮して、地味なものを選んだのかと思った。


「……これがいいのか? もっとかわいい服とかがいいんじゃないか?」


視線先にある赤いドレスの方を見ながら言うもそういうもセンはこれがいいと言いたげな顔で、見つめてきた。なにかに惹かれるようなものがあったのだろうか。


自分の主張を押し通すつもりがなかったアベルは顎に手を添えながら言う。


「まぁ、センがそれでいいのなら俺は別にいいけど」


コクリと頷き、少しだけだが笑みがこぼれた。


まだ出会って数刻しか経っておらず、どんな性格なのかもまだあまり知らないアベルにとって、彼女がみせた初めての笑みだった。


(―――こんな顔をするんだな)


そう横目で見ているとすぐにその笑みは消え、仏頂面に戻る。


「店主、これをくれ」


購入して、早速、センは、服一式に着替える。


黒を基調とした服にズボンも黒といったもので、ぱっと見は男の子に見えなくもない。


みすぼらしい服から一変、スタイリッシュな服装に変わったことにアベルは満足気に頷いた。


ただ、何かが物足りなさがあった。なんだろうと考えているとあることに気づいた。


「バランスが悪いと思ったら武器がないのか」

「若様、この者に武器をもたせるのはまだ早いかと」

「そうか?」


それにマグノリアが小声で耳元で忠告する。


「そうです。相手は奴隷。もし、武器を手にしてみてください。その喉笛をかっ切られてしまうかもしれませんよ」

「………」


マグノリアの忠告には一理あった。


南の湾口に栄えている都市ランベルンでグラディウスという奴隷が先頭になって、反乱を起こし、雇い主の貴族を全員殺害するといった事件が起きた。


アルデシール王国はすぐさまこれに対応すべく、10000という兵士を派遣して、その反乱を鎮圧したが奴隷たちの抵抗もそうとうなもので、ランベルンの街に立て籠もった奴隷たちとアルデシール軍で激しい攻防戦が繰り広げられ、炎と殺戮の嵐が吹き荒れ、街は血の海となった。アルデシール軍も2000もの兵士を失ったことについては、諸外国に影響を及ぼすと判断し、戦死者500という嘘の報告書がなされた。


改めて、奴隷たちの奴隷商人に対しての怨恨はかなり深いことが改めてわかった。


彼らもただ従うだけではなく、自ら考えて、行動するといった事例ともなった。


アベルもその事件はよく覚えており、実際に関わってはいなかったが、派兵された兵士が顔を真っ青にして語っていた。


自ら危険な目に合うのも御免だったので、アベルもセンに武器を渡すのは、今のところは避けるべきだ、と考えた。


「たしかに。しばらくは、武器は渡さない方がよさそうだな」


センはヒソヒソと何を話しているのだろうか、という顔で見つめてきた。


アベルは話を切り替える。


「さて、服も買ったことだし、今日のところは宿屋でも探して、明日に備えるか」


アベルが提案に一番に反応したのはヴィクトールだった。


「お? そいつはいい! そろそろ酒が飲みたかったころですぜ、旦那ぁ」


さっきまで、退屈していた大男はまるで、子供のようにはしゃいでいる。


「マグノリア、それでいいか?」

「若様が決めたことなら、私はそれに従います」


アベルが頷くとヴィクトールは嬉しそうに衣服店を後にする。


「あいつはまったく」

「さぁ旦那ぁ!! 早くしてくだせぇ。酒が俺を呼んでますぜ!」


アベルは、ヴィクトールのテンションの高さにため息を吐いた。


そして、アベルたちは宿屋を探しに町を散策した。


宿はそう時間がかからずに見つかった。


宿屋の名前は、カラック亭という店で、店主は見た目は60代ほど。


白髭に白い髪を生やした気前の良さそうな人だった。


宿屋と酒場が合体した店であり、小腹も空いていたので、夕食にすることにした。


円卓のテーブルが並び、奥にはカウンターといった作りで、多くの人間で賑わっていた。


鎧を着た男たちもチラホラと見える。


「傭兵か」

「そのようですね」


マグノリアが耳元で囁く。


「あの右の奥の席にいる男たちは、おそらく、黒蠍傭兵団で、左側で立ち飲みしているグループはおそらく、ガンドマーク傭兵団ですね」

「おいおい、オルベニスタの野郎までいるじゃねーか」


ヴィクトールが嫌な顔をしてぼそりと言う。


「オルベニスタ? 知らないな。知り合いか何かか?」


「悪名高いドルボル傭兵団の団長だ。なんでも金のためなら女子供、なりふり構わずに殺す、最低最悪の男らしい。まあ、噂だがな」


ヴィクトールが吐き捨てるように言った。普段はあまり細かいことは気にしない彼の珍しい様子にどんなやつらなのかと気になったアベルはその席をチラリと視線を向けた。


確かに、ガラの悪そうな男たちがたむろしていた。


酒を水のように浴び、食べ物は床にばらまかれ、まるで、獣が食事しているかのようだった。


そんないかつめの男たちの体中、傷だらけで、眼帯をしている者、鋼鉄製の鎧を身に着けている者と年齢も幅広い。全員が一線を超えたような只者ではないオーラを醸し出していた。


アベルも多くの兵士や傭兵を見ているので、素人ではないのはすぐにわかった。


「―――あまり、関わらないようにした方がよさそうだな」

「ですね。あーゆー馬鹿なやつらと関わってもいいことないです若様」


コニーが軽蔑するような顔で、一瞥したあと、本に視線を戻す。


「同感だな」


アベルはコニーに同意したあと、なるべく彼らから離れた場所に席を座ることにした。


席についてからもヴィクトールは彼らが気になるのか、チラチラと見る。


「なんでまたあいつらが、こんなところに」


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