ラメリア城――――ライトメリッツ王国がまだ栄華を誇っていた頃、国境の防衛に当たっていた古城の一つ。
今では、外敵からの心配はなく、ミリテペストの地に出没する魔物への対策を主な目的として、兵たちが詰めている。
地域の守護を任されているのは、ベルドランという司令官で、勇猛果敢な男だった。
任命されてから二十年近くが経っており、問題はこれまで一度も起きていなかった。
そんな中で、王命による司令官の交代として、ノイスターは着任したのだった。
彼は頑固者であり、融通が利かない男としても有名で、ミリテペストの地を守り続けたことにプライドを持っていたため、今回の件に憤慨するものではあったが、王国に対して忠誠を誓っているので、否応なしに命令を聞き入れた。
ノイスターが城門前に馬を進めると、ベルドランがずかずかと歩み寄ってきた。
表情は固く、ノイスターに対して良い印象を持っていないことは明らかだった。
張り詰めた空気が漂う。
ベルドランのすさまじい覇気にノイスターは久々に緊張を覚えた。
貴族であるノイスターが馬を降りて、挨拶する必要性はなかったため、そのまま馬上から会釈する。
「ベルドラン殿、お初にお目にかかる。私はノイスター・ホースウッド。そして、こちらが私の息子、アベル」
アベルはベルドランに頭をぺこりと下げる。
睨み上げるようにアベルを一瞥すると、ノイスターへ視線を戻す。
「噂は聞いておるノイスター卿。なんでも、北方蛮族で苦戦を強いられたとか。挙句の果てにミラードの守りの任を解かれ、この任に就かされるとは、さぞ屈辱であったろうな」
「……」
ノイスターは唸るしかなかった。
続けて、ベルドランはアベルをじろりと見る。
アベルは、その視線にたじろぎ、下を向いた。
ベルドランは何か考える素振りをしたあと、怒気のこもった声を漏らす。
「俺には王の考えが理解できん。もしや王は俺の忠誠を疑っているのか?」
ベルドランは自分の忠誠を疑われ、監視の目的でノイスターが派遣されたのではないかと考えていた。
「そんなことはないベルドラン殿。陛下は、貴殿のこれまでの功績に大変感謝しておられる。それに、この任が貴殿にとって不名誉なものではないと私は思う」
ノイスターはベルドランを宥めるように言った。
しかし、ベルドランの怒りは収まらなかった。
「二十年だぞ、二十年もここを守り続けたんだ。俺は王に尽くしてきた。それなのに、いきなり任を解くだと? ふざけるんじゃねえ!」
ベルドランが激昂する。
「落ち着けベルドラン殿」
ノイスターがなだめるように言うもベルドランの怒りはおさまらなかったが、このまま怒り続けても意味がないとベルドランは感じたのか、鼻を鳴らしたあと、「お手並み拝見といきましょうか」と言ってふてぶてしい態度のまま引き返していった。
「なんと無礼な男だ……」
ノイスター家の騎士の一人がぼそりと言った。
ベルドランが去ったあと、ノイスターは後ろを振り返ったあと、待機していた騎士や側近たちに手で進むように合図を出す。
そして、ノイスター一行はラメリア城内へ入っていった。
城内には多くの兵士が詰めていたがノイスターたちに興味を示すも向けられる視線には歓迎の感情がなかった。
古城ともあって、城内の廊下や部屋はかなり老朽化が進んでいるようで、ノイスターも思わず、声を漏らす。
「これはずいぶんと……」
すぐ後ろを歩いていたアベルも同じく、湿気臭い廊下を見渡しながら言う。
「百年以上も前に建てられた城です。ろくな手入れもされていないのでしょう。それにあの男のこと。修繕に金をかけなかったのかもしれません」
ノイスターは苦笑いした。側近の一人が助言する。
「ここは、国王陛下に修繕費をお願いした方がよろしいかと」
ノイスターは、あぁ、そうだな、出してくれるのであればな、と小さく言う。そして、ダメもとで側近に命令する。
そして、会議室の前までたどり着く。
扉を開けるとそこには、質素な長机と椅子が数個並べられ、その奥には暖炉があり、アルデシール王国の象徴ともいえる太陽と三日月、そして、剣の紋様が描かれたタペストリーが壁にかけられている。
さっそく、ノイスターは椅子に一番奥の中央おいてあった椅子に腰を下ろし、右側にアベルと座り、側近たちが座った。
長旅で、誰もが疲れたような顔をしており、それを知っていた侍従らがワインを持ってくる。
ノイスターは侍従に会釈したあと、グラスに注がれたワインを一口飲む。
そして、側近たちにも飲むよう促すと、皆、疲れていたせいかグラスのワインに手を付け、若い騎士は一気に飲み干して見せた。
一息ついたところでノイスターは従ってきた側近や兵士、騎士たちを労うように礼を述べたあと本題に入った。
「さて、着任して身体を休めたいところではあるが、何点か確認しておかなければならないことがある」
ノイスターがそういうと、皆の視線が彼へと集まる。
「まず初めに現状を確認したい。本来であれば、前指揮官であるベルドラン殿に説明してもらいたいところではあったが、あの様子では無理であろう」
それに側近たちも苦い顔をし、のどを唸らせる者もいた。
「協力してくれるとも思えないので、我々だけで情報収集をせねばならない。そこで、皆の力を今一度借りたい」
ノイスターは改めて、協力をお願いした。
すると、その場にいた全員がおのおのと声を発した。
「我ら一族、ホースウッド家に忠誠を誓った騎士であります! なにとぞ、お使いください」
「ここまでついてきたのです、どこまでもお供いたしまするぞ」
部下たちの忠誠の言葉を聞いたノイスターは、微笑んで礼を述べる。
「では、まず、ミリテペストの地にある農村、街はどれほどあるか、だが」
それに若い茶色長髪の女騎士が答える。
「事前の調査ではヘロ村、ダリア村の二つ、それにベトリン街が一つです」
「なるほど。で、それそれに何か問題点はあったか?」
「いえ、特にはないそうです。現地入りして調査はすべきかと思います」
ノイスターは顎に手を当てて、考える。
「マグノリア」
「はい。ノイスター様」
呼ばれて、先ほど答えた女騎士が返事する。