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第6話 ミリテペストの地

数日後、ノイスター卿のホースウッド一家はミニラードの地の守りの任を解かれ、ミリテペトスの地へと向かうため、移動を始めていた。


ノイスターを先頭に騎士たちが続き、その後ろを従者や私物などを運ぶ荷馬車が続く。


山を越え、谷を一つ、そして、平原を進む。


長く険しい道のり中、誰もが疲労の色を濃くしていた。


国王セドリックの命令によるミリテペトスの地への異動は事実上、左遷に近いもので、その扱いに憤慨するものも決して少なくはなかったがノイスターと共に肩を並べ、蛮族と戦ってきた者たちにとっては彼に対しての信頼と友情は揺るぎないものだった。


誰もが文句を垂れつつも彼に従い、住み慣れた土地を離れ、新しい任地へと向かっていくのである。


アルデシール王国の西の僻地―――湿気と霧の立ち込める湿地帯では作物は育たず、人が住める場所も限られている。


かつて、ここには、想像もつかないほどに栄えていた王国があった。金と銀に溢れ、まるで滝の如く、その富は流れ落ちていたという。


湖の中にポツンと浮かぶ城塞都市はその当時の繁栄を物語る数少ない痕跡であった。


しかし、今では、陸地と繋がる石橋は半ば湖の中に没している。


荒れ果てた廃城からはなんともどんよりとした空気が漂ってくる。


ノイスターの任地でもあるラメリア城のちょうど通り道で、避けては通れない場所だった。


だが、アルデシール王国の法によって、禁足地とされているため、ただ横切るだけで、立ち寄ることは許されないため、ノイスタ―の一行も見て見ぬふりをするようにその城塞都市を通り過ぎだけだった。


そんな中、ノイスタ―は馬を止めて打ち棄てられた王国をじっと見つめる。遠目で目を細めた。


かつては世界最強ともいわれた軍隊を持ち、巨万の富によって、絶大な力を誇り、太陽のように輝いた黄金都市はたった一人の裏切り者により滅びた。


あっけないことで、一晩で滅んだといわれている。


ノイスタ―は虚しさを感じた。


「なんとも嘆かわしいことか」


そう声を漏らしたあと視線が城壁の上で止まる。


軍旗を掲げて立ち尽くす人影が見えた。うっすらではあるが、鎧を着ているように見える。


「女の騎士……?」


女は微動だにしない。まるで、人形のようにじっと立ち尽くしていた。


ノイスターは妙な胸騒ぎを覚えた。


何か、もっと別の……自分の中の第六感が危険を察知したような感覚だった。


全身から鳥肌が立ち、冷たい汗が背中を伝う。


まるで、ここから立ち去れと、警告しているかのように思えた。


そんな中で突然、声がした。


「父上」


その声にびくりとしたノイスターは慌てて振り返る。


そこには、黒色短髪をした青年が心配したような顔で立っていた。


ノイスターの嫡子である、アベルだ。


アベルはノイスターの視線の先を見て、同じ方向へと目を向ける。


「何かありましたか?」


それにノイスタ―は再び視線を城壁の上へと向けた。


しかし、そこには女騎士の姿はない。


ただ、静かに風が吹いていた。


アベルは崩れ落ちた城壁を眺めながら言う。


「ライトメリッツ王国……。死してもなお、失った王国を守り続ける者たち。嘆きの亡霊たちは彷徨い続ける。世界の終わるその日まで、永遠に」


歴史書の一説を声に出したことにノイスターは感嘆した声を漏らす。


「よく覚えたいな」

「死者たちの王国は知らない者はいませんからね」


アベルの答えにノイスターは納得したように頷く。


「アベルよ。何があってもここには近づくでないぞ。ここは呪われている……」


ノイスターはそれだけを言うと、もう一度、女騎士が立っていた場所に目を一瞥したあと馬首を返した。


「はい。父上」


アベルもそれに倣い、馬首を返す。


しばらく進んだあとアベルはノイスターに並ぶ。


小さくなった父を心配そうに横目で見つめるアベル。


歳は今年に入って十七歳となった。


北方の地を守るため、蛮族と何度も全線で争い、数々の武功を立ててきた。


まだ幼さが残る少年ではあったが、勇猛果敢な性根のまっすぐな性格で、騎士や兵士、さらには領民たちにも信頼されていた。


突然、馬のいななき声が上がる。


ノイスタ―とアベルは視線を後ろへと向けた。


すると荷馬車が一台、道を外れ、車輪がぬかるみに取られ、あわや横転しかけていた。


近くの兵士たちが慌てて駆け寄り、倒れないようにと支える。


その姿を見て、アベルは泥道にも関わらず、馬から飛び降りると、馬車へと駆け寄っていく。


貴族が泥にまみれて、仕事をしている姿など、ふつうは見ないがアベルは違った。


そこに彼に対する信頼と尊敬の気持ちが連れてきている騎士や兵士の表情に現れていた。


「もう少しだ! 頑張れみんな!」


アベルがそう声をかけると、御者が馬に向かって鞭を入れる。


馬車はなんとか態勢を立て直した。


バシャリと泥水がアベルの顔にはねる。


その場にいた全員がアベルの泥まみれになった顔を見て笑い声が上がった。


誰もが陰気だった表情を明るくし、アベルの肩をたたく兵士までもいた。


そんな様子を遠目で、ノイスターは微笑ましく見ていた。


ノイスターの一行は何度もアクシデントに遭遇しつつも無事にライトメリッツ王国の国境を越え、任地であるミリテペストの地に築城されたラメリア城の城門前に到着した。



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