軍議室ではアルデシール王国の貴族、そして、軍の指揮権を持つ将軍たちが、席についていた。
セドリックが中に入ってくると全員が席を立とうと腰を浮かせるも、手を挙げて「そのままでよい」と制した。
王の席へと腰をゆっくりと下ろしたあと、大きく息を吐く。
それから右側にいる口ひげを蓄えた貴族の一人に顔を向ける。
「ノイスター卿、おぬしが治めるミニラードでまた北方蛮族どもが現れたぞ。これをどう説明する?」
ノイスター・ホースウッド伯爵。
アルデシール王国北方に領地を持つ貴族。
彼はその指摘にばつが悪そうに頭を掻きながら答えた。
「ぜ、全力で領地防衛にあたっておりますが蛮族があまりの多さに対処する兵の数が足りません。それに蛮族は一人ひとりが強く……装備も整っております」
王の近くに控えていた騎士の一人が歩み寄り、書類を一枚渡す。
それをセドリックは受け取り目を通す。低く唸り声をあげた。
「……王国の輸送隊がまた襲われたそうだ」
軍議室でどよめき声があがる。
「まさか、北方城壁が破られているのではあるまいか?」
「そんなはずがない。我が王国が建国から数百年、一度たりとも破られたことなどない!」
「もしや、誰かが手招きしているのでは?」
「それは、裏切り者がいるといいたいのか」
「ありえぬ! 何を戯言を!」
ざわめきが飛び交う中、セドリックが手を挙げ、声を静める。
「憶測で話していても仕方がない。まずは状況を確認すべきだ」
王の言葉にその通りだ、と誰もが頷く。
「ノイスター卿、輸送隊のルートは定期的に代えているはずだが、まるでこちらの動きを知っているかのように待ち伏せにあっているようだが、それについてはどう説明する?」
その口調には怒りが込められていた。
セドリックは書類を机の上に投げるように置き、足を組む。
答えを待ったが、ノイスターからは唇を震わせるだけで、沈黙しか返ってこなかった。
「答えられぬか? ノイスター卿」
「……も、申し訳ございません。我々の警備では――」
「もうよい」
セドリックはノイスターの言葉を遮った。
偶然であるものか、と誰にも聞かれないように小さく声を漏らす。
「蛮族ごときに北方の地を蹂躙させるとはな……」
将軍たちは視線をそらすもの、うつむくもの、誰もが王の怒りを買わぬように必死だった。
セドリックは机上を人差し指で何度も叩いたあと、大きく息を吐いた。
そして、口を開く。
「ノイスター卿」
「は、はっ」
「おぬしの積み重なる失態を見逃すことはできぬ。よって、王の名において、命じる。一族と共に西の地への守護を命ずる」
ノイスターは、顔を真っ青にし口をぱくぱくと動かすが言葉にならない。
ホースウッド家は代々ミニラードを守り続けていた。
その土地を離れることは、先祖の名誉を汚す行為であった。
セドリックもそのことは十分に理解していたが、そうでもしない限り、民への不満の解消と蛮族の阻止が行えない。
苦渋の決断だった。
「一族郎党、死刑にならぬだけましと思え。ノイスター卿」
ノイスターは今にも泣き崩れそうになっていた。
するとセドリックの右側の席に座っていた貴族が口を開く。
「国王陛下。ミニラードの地、どの者に守りにつかせましょうか? 力あるものがその任につかねばなりませんぬ」
セドリックはその貴族に顔を向ける。
口ひげを蓄えたその貴族はアルデシール王国で二番目に力を持つ貴族。
名をロマ・シュヴァリエルといった。
爵位は侯爵。
彼は、セドリックが王になる前から仕えており、相談役でもある。
王として、友人としても信頼のおける人物であった。
セドリックは顎に手を当てて少し考える。
アスターは続けていう。
「ここは、吾輩にお任せください。必ずや、北方蛮族どもにアルデシール王国の地を二度と踏ませませぬ。この命にかけて」
その勇ましい言葉で誰もが安堵する。
北方蛮族からの度重なる侵攻にどう防衛するのか、と不安に思っていたからだ。
守護を任されていたノイスターと同じような羽目になることは目に見えていたため、ロマの申し出を拒むものなどいるはずがなかった。
ロマもそれがわかっているようで、口端を吊り上げたあと、すぐに表情を引き締めた。
「それに吾輩ほどの適任はおりますまい。吾輩の治めるノルテボ領は北方蛮族と最も近い地の1つ。そこで国土防衛のため、軍編成いたします。どうですかな? 他、貴族の方々? 異存はございませぬか?」
ロマがそう問いかけると異を唱えるものは誰も居ないようだった。セドリックは内心、勇敢な貴族がロマ、以外いないことに嘆いたが表情には出さなかった。
「決まりだな。ロマ、北方の地、おぬしに任せる」
「お任せください。我が王よ」と胸に手を当て頭を恭しく下げた。
セドリックは深く頷いたあと席を立ち、そのまま軍議室を後にした。
王が去ったあと、軍議室にいた貴族たちが次々に退室していく。
そんな中、ノイスターは視線を落としたまま、じっと動かなかった。
唇をかみしめ、ただ、拳を握りしめる。
その胸中は悔しさで満ちていた。
悲しみに打ちひしがれている中、アスターが軍議室を出るのを前に引き返してくると、ノイスターの肩に手を添える。
「ノイスター卿、あとは吾輩に任せ、貴公は西の地でしばらく休むがいい」
「……我が一族はミニラードを守り続けて、もう何百年にもなる。それを自分の代で終わらせるなど……なんと不甲斐ないことか」
ノイスターの頬を涙が伝い落ちる。
ロマはそんなノイスターにただ優しく声をかける。
「吾輩が北方蛮族を一掃したのち、陛下に直談判し、いずれまたミニラードへ戻れるよう、進言しよう」
ロマはそれだけ言うと軍議室を後にした。
一人残されたノイスターはただ静かに悔し涙を流すのであった。