「王の帰還だ! 開門せよ!」
その叫び声と共に太陽の光を浴びて、ギラギラと輝きを放つ石造りの城門がゆっくりと開かれていく。
城壁を守る兵士たちが大慌てで、城門前に集結し、左右の道端へと整列すると、その道の中を金色の鎧に身を包んだ壮年の男性が騎士たちを引き連れて門をくぐる。
この壮年の男こそ、アルデシール王国の王であり、別名「獅子王」と呼ばれるセドリック・オードランである。
セドリックは金色の鎧に赤いマントの姿で馬に乗っていた。
鎧は血と泥で薄汚れており、戦いの激しさを物語っていた。
セドリックは後ろを振り返る。
帰ってきた手勢は多くはなかった。
誰もが疲れた顔をし、息も上がっている。
アルデシール王国の領地を狙って侵入してくる蛮族の攻撃が日に日に激しさを増してきていることを肌で感じ取っていた。
唸るような声を漏らした後、馬から降り、近くにいる兵士に手綱を預けると、セドリックは王城へとゆっくりとした足取りで向かう。
セドリックを出迎えにと王女が駆けつけてきた。セドリックのすぐ後ろを付いてくるを後ろ目で見た後、再び視線を戻す。
「父上。よくご無事にお戻りになられました。お怪我は?」
心配する一人娘に対して、父であるセドリックはしかめっ面をする。
「余はこの通り、無事だ。しかし、多くの若者を失った」
セドリックは王女にそう告げると王城の門をくぐり、城内へと入る。
王女もその後を付いていく。
セドリックは一息つく間もなく、そのまま軍議室へと足を向ける。
侍従たちが王周りに集まると兜とマントを預かる。
侍従の1人に指示を出した。
「将軍たちを集めろ。軍議だ」
「ち、父上、いまお戻りになられたばかりです。少しお休みになられてからでも」
「それにはおよばぬ。誰かワインを」
王女は父の体を気遣って声をかけるがセドリックはそれを断り、侍従にワインを持ってくるように命令する。
侍従が一礼し、ワインを注ぐ。
グラスで渡そうとすると、ボトルを手に取って、そのまま口を付けて飲み始めた。
ごくごくと喉を鳴らしながら一気に中身を胃の中へと流し込む。
軍議室の前にまでたどり着くと振り返り、王女の方に手をかけた。
「おぬしは自分の部屋に戻っておれ」
王女はそう言われて、眉を寄せる。
「父上、私も軍議に参加いたします」
セドリックは首を横に振る。
「ならん」
「なぜです? 私も一国の王女。軍議に参加する資格があるはずです」
「女に戦は無用だエレナ」
そういって、突っぱねるように軍議室へ入ろうとする。
「納得がいきません!」
エレナの声が廊下に響き渡る。
それにセドリックは振り返り、怒りの形相でエレナを睨みつけた。
しかし、エレナも負けていない。
強い意志のこもった青い瞳で、セドリックを見つめ返す。
それから険しかった顔が少しほころび、眉を八の字にしたあと、王ではなく、一人の父としての顔を見せた。
頬を優しく手の甲でなでる。
「そちは母によく似ておる。凛々しく、そして儚い。華麗な花というよりも、野に咲く一輪の花のようだ」
「父上」
「……そなたまで戦で死なせたくはない。戦いとは無縁の世界で生きるのだ。エレナよ」
父に名前を呼ばれて、王女は表情を崩す。
涙をこらえるかのようにして、眉をよせたまま、黙って深くうなずいた。
エレナの母親エルメアは数年前の北方蛮族との戦いで、命を落としていた。
そのことはエレナも知っている。
父セドリックは深い悲しみに包まれながら、それでもそれを乗り越えて、エレナのことを第一に考えてきた。
一人娘であるエレナを失いたくないという思いで、セドリックは戦いの場から遠ざけようとしてきたのである。
セドリックは娘の頭をそっと撫でると軍議室の中へと入っていく。
エレナはうつむいたまま父の手の感触を噛みしめていた。
そして顔を上げ、父の背中を見送ったあと、自分の部屋へと戻るために踵を返した。