―――――茶色長髪の若い女性が弓をつがえていた。
弦が力一杯に引き絞られ、キリキリと音を立てて、弓は限界にまでしなう。
息をゆっくりと吐いたあと狙いを定めて矢を放った。
トンっと乾いた音がし、矢は的の中心より少し外れた場所に突き刺さる。
続けて、地面に置いてある矢筒から二本目、三本目と放つもいずれも中心を外れてしまった。
その結果をしばらく見つめた後、肩の力を抜くように息をゆっくりと吐くいたあと眉を八の字にして、両肩を竦めてみせた。
後ろで控えていた同じ年頃の女性に声をかける。
「どうやら私は弓のセンスがないみたいね」
「いいえ、王女殿下。そんなことはありませんよ。日に日に上達しております」
そう言って、彼女は王女にそっと微笑んでみせる。
「そうかしらね……リア、あなたもやってみせて」
王女の侍女であるリアはうなずくと弓を手に取った。
リアはゆっくりと落ち着いた様子で構え、狙いを定める。
弓をつがえる姿勢は侍女とは思えないほどに凛々しい。
掴んだ弦は限界まで引き絞られ、指を離した。風を切る音と共に的の中心へと見事命中させる。
それには、近くで見物していた騎士や兵士らから感嘆の声をあげる。
「さすがね。リアは」
「リアめは幼少期より、弓の鍛錬を受けておりますので、これくらいはできて当然でございます」と、謙遜してみせた。
腰に下げている剣の柄に手を添えると苦笑いしながら言う。
「剣は誰にも負けない自信はあるんだけど、弓はどうも苦手」
王女はそう言って、手で一つに束ねた長い髪をはらった。
「弓が使えなくとも剣が使えたらそれで十分かと思いますよ」
「なにそれ? 慰めてるの?」
「い、いえ、そんな意味では?!」
王女は口を尖らせて不満そうな顔をするとリアは慌てて取り繕う。そんなリアの仕草が面白かったのか。クスクスと笑うとそれにつられて訓練場にいた全員から笑い声があがる。
訓練場に鉛色の鎧をまとった白髪の壮年の騎士が赤いマントをたなびかせ、近づいてくるのが見えた。顔は少し怒っているようにも見える。
「王女殿下! どこに行ったのかと探したらまたこのような場所に」
「ハインツ、私は弓の鍛錬をしていただけよ?」
王女は悪びれた様子もなく言った。ハインツと呼ばれた壮年の騎士は王女にさらに詰め寄る。その迫力には思わず訓練場にいた兵士たちは一歩後ろに下がってしまうほどだったが王女は気にすることもなく、ハインツの顔を見つめ返した。
「王女殿下の身に何かあったらどうするのですか? 怪我でもしたら自分は陛下に首をはねられかねませぬ」
それに、王女は手のひらをひらひらとさせる。
「バレなければいいのよ、バレなければ」
「そ、そう言う問題ではありませぬぞ」
「なに、この私にお花を摘めとでも言いたいの?」
「その通りです。あなた様は一国の王の娘、いずれは他国の王子とご結婚なされるお方。そのようなお方が、このようなことをなさってはなりませぬ。まるで男ではーーーー」
ハインツの言葉をかぶせるように王女は言う。
「今は国難の時ですよハインツ。私もいざと言う時には戦えるようにすべきです」
「いざと言う時はありませぬ。そのために自分を含め、王国騎士団やベルン騎士団、それにオルベスト騎士団があるのです。王女殿下が汗をかかれる必要はありませぬ」
そう言うと、ハインツは胸を張ってみせた。ハインツはアルデシール王国に仕える騎士で、王国騎士団を率いる騎士団長でもある。長年、国王に忠誠を誓い、王国のためにその力を尽くしてきた。ハインツは堅物で融通が利かない男だが、悪い人間ではない。正義感が強く、忠誠心も誰よりも強い。そのため国民からの信頼も厚いのだ。今年で、六十歳とかなり歳を食っているが、まだまだ現役で剣を振るうことができる。
二人は見つめあう中、若い騎士がハインツに近づく。
「騎士団長、陛下が―――」
その言葉でハインツは思い出す。
「おぉ、そうだった。陛下がお戻りになられますぞ。お出迎えのご準備を」
王女はそれを聞いて、焦ったようにリアと共に慌てて王城内の自分の部屋へと戻っていった。