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第9話 そして強くなった

「何を願われるのかと思っていたがな。あえていばらの道を歩むのか。あたしの能力を知った上で。愚かだが、嫌いじゃないよ。そういう奴は」



 顔を上げる。

 ライザが苦笑して俺を見ていた。

 全身は俺と同じくずぶ濡れだ。

 掌を上向ける。 

 指を広げて、カギのように曲げた。



「服をまくれ。腹をみせてみろ」



 俺はライザの言うまま、服を持ち上げた。

 すると、スタスタと歩み寄ってきたライザが、俺の腹に一撃くれた。

 早速修行なのか。俺は息を詰まらせながら吹っ飛んだ。

 濡れた地面に手をつきながら、四つん這いになって、濡れた土に沈み込んだ自分の手を見る。その手を見た時、俺はハッとした。

 その場に尻もちをついて、全身を見回す。間違いない。

 魔力が――戻っている。



魔封殺ソーサリーロック。相手の魔力を封印する古代魔術だ。誰かに一本食わされたな、お前」



 そう言えば、あの時――



『何より、戦闘中に目を閉じた坊ちゃんの負けです。聡明『だった』お坊ちゃんならわかりますよね?』



 俺はあいつから一撃を食らわされた。

 ライザが今一発くれたのと、同じ位置にだ。

 それから昔の、魔力があった時の感覚がスッパリ消え落ちたんだ。

 つまり――



「あの野郎〜~〜~〜~〜~~~~っ!」



 歯ぎしりしながら俺は唸った。

 もう我慢ならない!!

 あの野郎!! 今すぐぶっ殺してやる!



「お前の魔力量は少し異常だな」


「え?」



 怒りで我を忘れていた俺に向かってライザが言った。

 ライザは腰のディメンションクロスから番傘を引き抜き、それを開いた。

 番傘が揺れると、ぶら下げられた鈴の音が鳴る。



「ただ在るだけで周囲の精霊を狂わせるだけの魔力量。世界的に見ればザラにいるが、お前のそれは神に与えられた力だろうな。神の残り香を感じるよ」


「あーえっと、そうなんだ。それはどうも。神様に礼を言っておいてください。言えるならだけど……」



 戸惑いながら俺は言った。

 というのも、そんなこと言われても、という内容の話だと思ったからだ。



「礼には及ばんよ。忘れたか? 神は対価で返す。逆に言えば対価がなければ動かない」


「あ」


「これは神がよく使う手法でな。あえて相手に対価を与えることで、相手から相応のものを奪う。お前には、アーストゥエバーグリーンと、甚大な魔力量という二つの才能が備わっている。つまりお前は、二つ神から何かを奪われている」



 二つも?

 何だろう。

 心当たりがまるでない。

 まああるとしたら――



「女運とか……かな」


「まあ可能性はあるな」


「嘘!? ネタだったんだけど」


「神は人の負の感情を喰らう。運を殺せば誰でも苦しむ。お前の能力の対価として考えれば十分見合うし、お前が産まれた時からスキルを刻まれていたことにも合点がいく。お前がスキルを得る条件は、向こうの世界ですでに完結していたんだろう。お前のスキル『アーストゥエバーグリーン』はこっちのスキルとはどうも毛色が違うし、異界の神の力でまず間違いない」


「でもそうなると、俺は突発的にここにきたことにはならなくない? だって俺の運が悪かったのって昔からだぜ? 最初から計画されてたってこと?」


「かもしれん。しかしそれは些細な問題さ。神の人選はいつも適当だし、それはもう終わったことだからな」


「そ、そうかなー」


「そうさ。今一番の問題は、お前のその魔力量は、何を対価に得たのか、ということだ。これに関してはまだ解決していない」


「うーん」


「まあ考えても詮無いことではあるがな」


「えぇ? 君がふったんじゃん!」



 ライザが背を向けた。

 凛とした鈴の音が響く。



「少しは頭が冷えただろ? 魔呑症まのんしょうと言って、甚大な魔力は精霊だけでなく自身の個我をも狂わせる。気をつけることだな。魔呑症まのんしょうになると瞳の色が黄金に輝くからすぐにわかる」



 ライザが番傘を肩にかけたまま、紐で髪を結ぶ。

 絞られた髪から雨水が滴る。全身もずぶ濡れだった。



「全く。このあたしをこうまで濡れネズミにしてくれるとはな。高くつく」


「ご、ごめん」


「構わんよ。ただし、お前が吐露とろした言葉に嘘がないならの話だがな」


「え……」



 涼やかな鈴の音が、また鳴る。



「お前が強くなりたい理由は、復讐なんて矮小わいしょうな理由のためではない。そうなんだろ?」



 振り返ったライザが、俺の瞳を見て言った。

 裏切ってくれるなと、顔が語っている。

 どうして裏切れようものか。

 この気持ちを裏切るぐらいなら、死んだ方がマシだった。



「もちろんだ!」



 答えると、ライザはどこか嬉しそうに、笑った。



「そうか。ならばまずは、互いの自己紹介から始めよう。あたしはお前の名も未だ知らん」



 背を向け、どことなく歩き始めるライザ。

 え? そうだったっけ? と思いながら、俺は駆けた。

 そして三年の月日が流れる。

 苦しくも、有意義な時間だった。

 毎日死にかけたが、毎日骨を折る、というようなこともなくなった。

 かつての俺の我流の修行方法を試すと『アホかお前は』とライザは短く吐き捨て、そして――微かに笑った気もする。

 長々と語ったが、まあ結論を言ってしまえば――



 やっと俺のバカみたいな、周囲から見れば、ドン引きするような努力が、実る時がきた、ということである。


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