「何を願われるのかと思っていたがな。あえて
顔を上げる。
ライザが苦笑して俺を見ていた。
全身は俺と同じくずぶ濡れだ。
掌を上向ける。
指を広げて、
「服をまくれ。腹をみせてみろ」
俺はライザの言うまま、服を持ち上げた。
すると、スタスタと歩み寄ってきたライザが、俺の腹に一撃くれた。
早速修行なのか。俺は息を詰まらせながら吹っ飛んだ。
濡れた地面に手をつきながら、四つん這いになって、濡れた土に沈み込んだ自分の手を見る。その手を見た時、俺はハッとした。
その場に尻もちをついて、全身を見回す。間違いない。
魔力が――戻っている。
「
そう言えば、あの時――
『何より、戦闘中に目を閉じた坊ちゃんの負けです。聡明『だった』お坊ちゃんならわかりますよね?』
俺はあいつから一撃を食らわされた。
ライザが今一発くれたのと、同じ位置にだ。
それから昔の、魔力があった時の感覚がスッパリ消え落ちたんだ。
つまり――
「あの野郎〜~〜~〜~〜~~~~っ!」
歯ぎしりしながら俺は唸った。
もう我慢ならない!!
あの野郎!! 今すぐぶっ殺してやる!
「お前の魔力量は少し異常だな」
「え?」
怒りで我を忘れていた俺に向かってライザが言った。
ライザは腰のディメンションクロスから番傘を引き抜き、それを開いた。
番傘が揺れると、ぶら下げられた鈴の音が鳴る。
「ただ在るだけで周囲の精霊を狂わせるだけの魔力量。世界的に見ればザラにいるが、お前のそれは神に与えられた力だろうな。神の残り香を感じるよ」
「あーえっと、そうなんだ。それはどうも。神様に礼を言っておいてください。言えるならだけど……」
戸惑いながら俺は言った。
というのも、そんなこと言われても、という内容の話だと思ったからだ。
「礼には及ばんよ。忘れたか? 神は対価で返す。逆に言えば対価がなければ動かない」
「あ」
「これは神がよく使う手法でな。あえて相手に対価を与えることで、相手から相応のものを奪う。お前には、アーストゥエバーグリーンと、甚大な魔力量という二つの才能が備わっている。つまりお前は、二つ神から何かを奪われている」
二つも?
何だろう。
心当たりがまるでない。
まああるとしたら――
「女運とか……かな」
「まあ可能性はあるな」
「嘘!? ネタだったんだけど」
「神は人の負の感情を喰らう。運を殺せば誰でも苦しむ。お前の能力の対価として考えれば十分見合うし、お前が産まれた時からスキルを刻まれていたことにも合点がいく。お前がスキルを得る条件は、向こうの世界ですでに完結していたんだろう。お前のスキル『アーストゥエバーグリーン』はこっちのスキルとはどうも毛色が違うし、異界の神の力でまず間違いない」
「でもそうなると、俺は突発的にここにきたことにはならなくない? だって俺の運が悪かったのって昔からだぜ? 最初から計画されてたってこと?」
「かもしれん。しかしそれは些細な問題さ。神の人選はいつも適当だし、それはもう終わったことだからな」
「そ、そうかなー」
「そうさ。今一番の問題は、お前のその魔力量は、何を対価に得たのか、ということだ。これに関してはまだ解決していない」
「うーん」
「まあ考えても詮無いことではあるがな」
「えぇ? 君がふったんじゃん!」
ライザが背を向けた。
凛とした鈴の音が響く。
「少しは頭が冷えただろ?
ライザが番傘を肩にかけたまま、紐で髪を結ぶ。
絞られた髪から雨水が滴る。全身もずぶ濡れだった。
「全く。このあたしをこうまで濡れネズミにしてくれるとはな。高くつく」
「ご、ごめん」
「構わんよ。ただし、お前が
「え……」
涼やかな鈴の音が、また鳴る。
「お前が強くなりたい理由は、復讐なんて
振り返ったライザが、俺の瞳を見て言った。
裏切ってくれるなと、顔が語っている。
どうして裏切れようものか。
この気持ちを裏切るぐらいなら、死んだ方がマシだった。
「もちろんだ!」
答えると、ライザはどこか嬉しそうに、笑った。
「そうか。ならばまずは、互いの自己紹介から始めよう。あたしはお前の名も未だ知らん」
背を向け、どことなく歩き始めるライザ。
え? そうだったっけ? と思いながら、俺は駆けた。
そして三年の月日が流れる。
苦しくも、有意義な時間だった。
毎日死にかけたが、毎日骨を折る、というようなこともなくなった。
かつての俺の我流の修行方法を試すと『アホかお前は』とライザは短く吐き捨て、そして――微かに笑った気もする。
長々と語ったが、まあ結論を言ってしまえば――
やっと俺のバカみたいな、周囲から見れば、ドン引きするような努力が、実る時がきた、ということである。