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第4話 全滅と出会いと

「あ、ゴメンゴメン。モンスターがいるかと思ったら、全然違ったみたい。たはは」



 シャルルーが頭に手を当てて、ぎこちなく笑う。

 襲撃を教えてくれたのはありがたいが、その言い訳は無理がある。



「なるほど。冒険者かと思ったが……ケチな盗賊だったってわけか。やられたよ」


「盗賊だと? 俺たちが? ふざけたことを抜かすなよ、世間知らずのクソ貴族が!!」



 男が剣を振り上げる。

 前にも言ったが、今の俺の身体能力は高いぜ。魔力が使えなくなり、アインやキルバルトに毎日比喩抜きで気を失うほどしごかれた。それでも俺は転生者。



 二回目の人生こそは勝ってやると、死ぬほど努力してきた成果は伊達ではない。



 俺はエイフィスが振り下ろした剣に持っていた荷物をぶつけ、続いて繰り出される突きも、バク宙して回避した。



「なにぃ!」



 エイフィスが声を上げる。

 俺は体内の氣を爆発させ、強烈な踏み込みからの掌底をエイフィスに叩き込む。

 だが。



 バーン!!



 鉄を叩いた音がした。目の前には、重戦士の男が大盾を持って立っている。



 舌打ちする。

 半歩下がった。

 だが。



「大地よ我が願いを聞けそして応えよ。我が命、大地に宿りてその姿を具現せよ。土分身アースビースト



 大地から生えた土の腕が、俺の足首をつかんだ。思わず足に目をやる。

 同時に、僧侶の男のメイスが俺のコメカミを殴打した。

 コメカミがパックリ割れて、血が噴き出す。俺は殴られた勢いのまま、身を大地の上に投げ出した。

 俺は地面に生えた雑草をつかみながら、どうにかこの場からの退避を試みる。



 まだだ……。

 まだ終わっちゃいない。

 まだ何も成していないんだ。

 せっかくの二回目の人生。

 こんなところで終わってたまるか……っ。



「ちょっとちょっとちょっとー。もうやめようよ、こんなことー」


「残念だがここまでやってしまった以上はやめられん。それに町長との約束もある。こいつの命を、この森に住み着いた霊獣に捧げることで、この森の平穏を保つんだ。神は必ず対価で返す。それが圧倒的な力に対しての制約。貴族が何もしてくれないのなら、俺たちは俺たちなりの方法で自衛するのみだ」


「でもさー」



 俺は更なる退避を試みる。雑草をつかんで、更に前へ。



「いやオグマの言う通りだぜ、シャルルー。スライも今のでまた寿命を使っちまった。取れる時にきっちり取っておいた方がいい。それに、腐れ貴族なんてどうなろうと構わないだろ。こいつらに一体どれだけ毟り取られたか。いつも思うぜ。魔物に負けて殺されるぐらいなら、貴族の一人でもいいからぶっ殺してくれればいいのにってな。魔物よかよっぽど魔物してるよ、こいつら貴族は」


「でも貴族を殺したなんてことがわかったら、あたし達どんな目にあうか。貴族への傷害行為は重罪。エッジのお父さんもお母さんも妹さんも、みんな同罪になっちゃうんだよ?」


「それなら尚の事、殺した方がいいな。証拠隠滅ってやつだ。スライの能力スキル盗賊稼業シーフ・ズ・アイの力で、こいつが二十日前まで金貨二十枚を有していたことは確実。金貨二十枚を護衛もつけずに持ち歩いているってことは、家の金を持ち出して逃げ出してるとしか思えない。バレやしねえよ。霊獣の腹に入れちまえばな」



 なるほどな……。

 どうやって俺が貴族であることを看破したのかと思っていたが、そういうことか。しかしそれは的外れな考えである。

 これはアイリスが俺にくれた――



『逃げてください、クロード様。少しですが、金貨が入っています。しばらくは食べていけるはずです』


『金貨二十枚を護衛もつけずに持ち歩いているってことは、家の金を持ち出して逃げ出してるとしか思えない』



 待てよ? 

 何故だ? 

 何故アイリスは――



 金貨二十枚もの大金を。

 外でも、護衛も付けずに持ち歩いているのはおかしいほどの大金を。



 家の中で携帯していたんだ……?



「ふ。ふふふ……」



 思わず笑ってしまった。

 アイリスの目的は、起きたことから逆算すればハッキリする。 



 追放だ。

 それしか考えられない。

 俺に追手がかかっていないのは、本来無実である俺からの証言で、窮地に立たされる可能性が少なからずあるからだろう。

 つまり――



 アイリスとアインは、高確率で、グル。



「ふふふ。ふふふふふふ」



 俺は地面の雑草を強くつかみながら、笑っていた。

 あいつら……どいつもこいつも――



 あ。



「とうとう狂ったか? まあいい。俺が一撃であの世に送ってやるよ」



 言ってエッジが近づいてくる。

 俺は頭を庇うようにして、地面に伏した。

 エッジが怖かったわけではない。

 恐れていたものは、もっと別。



「手で頭なんて庇っても無意味なんだよ間抜け。何なら両手足からへし折ってやろうか? 言っとくが、俺は一切容赦はしないぞ……え?」



 エッジも分かっただろう。

 俺が逃げ込もうとしていた、鬱蒼とした森の先。

 白く巨大な魔物が、四足で立っていた。



「あれ? え? は?」



 ガブリ。



 そんな可愛らしい音ではなかったかもしれない。しれないが、エッジの上半身が食われて消えた。

 俺はそれを顔を上げて見ていた。



「きゃああああああああああ!」



 シャルルーの叫び声が響く。



「逃げろ、シャルルー!」



 重戦士の男、オグマがシャルルーの手を引くも、その頭が即座に吹っ飛ぶ。尾による一撃だった。オグマは糸の切れた人形のようにパタンと倒れた。

 その場にシャルルーが尻もちをつく。エイフィスがシャルルーを抱き抱えて逃げていく。

 霊獣とエイフィス、シャルルーの間に割り込むようにして、老魔術師スライが立ち塞がった。

 胸ポケットから瓶を取り出し、それを掌の上に落とし、十粒近く一気飲みにする。



「炎よ、我が声を聞け、そして応えよ。無尽の弾となりて敵を撃ち滅ぼせ。連火炎球フレアバーニング



 白い霊獣めがけて、何発も火球をぶち込む。霊獣はそれを一切意に介することなく、ゆっくりスライに近づき、首の一振りで、スライの身体を宙高くまで吹っ飛ばした。



 全身の骨をへし折られながら、スライが空でダンスを踊る。

 そしてその身体が霊獣に丸呑みにされた。

 その後、霊獣はオグマの死体も鎧ごとむさぼった。むさぼり終えた後、霊獣が俺に目を向ける。



 その目には、明らかな敵意が込められていた。



 ゆっくりと霊獣が近づいてくる。

 何か手はないかと考える。が、何もない。俺はテイマーじゃないし、テイマー如きにこれをどうにかできるとも思えない。



 チートもない。莫大な魔力はある時使えなくなった。一応一つだけチートと呼べる特殊能力、アーストゥエバーグリーンはあるが、それでこの状況を打開する方法が思いつかない。



 何より氣も絞り尽くしてしまって、ロクに身体も動かない。声も出ない。考えうる最後の希望は、こいつが『ワンちゃん』俺の味方である、という可能性。

 それに賭ける他ない。



 霊獣が、俺の前で大口を開いた。俺の上半身が獣の口腔に飲まれる。

 後は、上顎と下顎を合わせるだけで、俺の上半身は噛み砕かれる。

 そして俺の一生は終わる。



「へ……へへへ」



 そんな中、俺は笑っていた。

 自棄ヤケってのもあるかもしれないが、困難を前にするとつい笑ってしまう。

 転生前からの、俺の悪癖だった。

 しかしまさか、自分の死を前にしてもこれが出るとは。

 昔から思っていたが、俺はどこかサイコパスに近いのかもしれない。



 ボタリボタリと、重さすら感じるヨダレが頭上に落ちる。

 ――終わる。

 そう感じた、その時だった。



「動くな」



 女の声だった。

 振り返ると、そこには紅の番傘を差した少女が一人。傘には鈴がぶら下げられており、涼やかな音色を響かせていた。



「グルル……」



 獣が唸り声を上げて振り返る。



「ほう」



 少女が番傘を持ち上げた。

 鈴がいっそう軽やかな音を立てる。

 少女は片手で刀印を結びながら、口を開いた。



「百年生きた魔物は霊獣になると聞いたことがあるが、なるほど、伊達に神の名を冠していないな。あたしの呪言を跳ね返すとは、少しはやるじゃないか」


「グルル……」


「しかしそれでも所詮は紛い物。お前とあたしでは神となった経緯が違う。勝てはせぬ。ここで遁走以外の選択を選ぶようなら、お前の百年の生も終わりだ。よく考えろ。決断のしどころだぞ」



 間断なく続く、荒々しい唸り声。

 それとは対照的に、涼やかな鈴の音が両者の間で響いた。



ね。それ以外の選択はお前にはない」



 諭すように少女は言った。

 だが霊獣としてのプライドが許さなかったのか、獣が少女に飛びかかった。

 巨体で覆いかぶさるようにして、少女に肉薄する。



「バカが。たかが百年の生で、このあたしに勝てると思うのかっ」



 少女が番傘をひるがえす。

 鈴の音が荒々しく響いた。

 少女の手がゆっくりと、獣に触れる。

 そして。



闇爆破ダークエクスプロード



 力ある言葉を号砲に、霊獣の身体が大きく膨らみそして、爆発四散した。

 雨が降る。鮮血ではなく、漆黒の。それは身体を濡らすことなく、触れると煙になって消えていく。

 少女は黒い雨を番傘で受け止めながら、静かにそこへとだずんでいた。



 ――チリン。



 鈴の音が響く。少女が振り返り、番傘が揺れたのた。淡い紫の瞳が、俺を捉えた。

 まるで人形みたいだと思った。

 可愛いから。無論それもある。だがそれ以上に、生気が感じられない。

 そう思った。



「運が良かったよ、お前」



 吹き飛び、煙を吐き出す肉塊を足蹴にしながら、少女が皮肉げに笑う。 



「こいつらの悲鳴がなければ、あたしは今ここにはいない。霊獣は百年生きて神性を得た魔物のことで、一応は神だ。だから、心に悪を抱えてる奴から食っていったのだろう。お前にとってラッキーだったのは、周りにお前以上のクズがいた、ということさ」



 そして、何事もなかったかのように、きびすを返す。

 俺は慌てて口を開いた。



「待て! 待ってくれ!!」



 立ち上がる。

 側頭部がズキズキと痛む。

 目が今にも閉じそうだ。目蓋がピクピクと痙攣している。

 俺の懇願こんがんを受けて、少女が振り返った。

 やはりその顔に感情は感じられない。

 路傍ろぼうの石を見てももう少し心が動きそうなものである。



「あ、あんた……何者だ?」



 聞いても仕方ない気がした。

 しかしそれでも聞かずにはおれなかった。

 この繋がりは切ってはならない。

 そう本能が言っている。

 少女は面倒臭そうに上向き、耳をかく。

 どうやらこういう感情はあるらしい。



「代理人さ」


「だ、誰のだ……?」



 あるいはローディス家の、つまり家の使者なのかと思って少し怯えた。

 俺を放っていこうとした時点でほぼありえない可能性だが、代理人と言われたら、パッと思いつく可能性はそれしかない。

 しかし少女の答えは、俺の思考を遥かに突き抜けた先にあった。



「神の」


「……え?」



 風が吹く。

 すると軽やかな鈴の音がまた響いた。






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