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第3話 パーティー

『アイン=ローディス。聖戦士の称号を得る。異例の男爵として有名なディスケンス=ローディスの長男、アイン=ローディスが、エクスペリオン大聖堂を襲った魔物を、能力スキル光の剣(魔物と相対した時、全ての戦闘力が二倍)を用いてたった一人で討伐しました。このことを喜ばれたマリナス大司教は、アイン=ローディスに聖戦士の称号を与えられました。またバーバラ侯爵のご令嬢との恋愛も順調で、近いうちに結婚するのではと話題』



 黒いローブにフードを被りながら、俺は新聞を見ていた。

 あれから二週間経ったが、俺のニュースもベレト殺害のニュースも出ていない。



 父上にとってもあまりに醜聞すぎるから、情報統制が取られているのか。

 特に今は、アインとバーバラ侯のご令嬢との婚約で、色々重要な時期だからな。

 俺みたいな存在を、ニュースにしたくはないだろう。



 思いながら、俺はアインの白黒写真が載せられた新聞を、ゴミ箱へと捨てた。

 立ち上がる。



 ザグリ。



 足を踏み出すと、積もった雪が音を立てる。ベルンツィア西部は寒冷地方なのだ。

 ここベルンツィア帝国は、ヒストリエ四世の実兄暗殺による帝位簒奪によって、一度三国に分裂している。それを北のヒストリエ四世がまとめ上げたのだが、制圧というよりは講和に近く、今も東と西の領主はヒストリエ四世に負けず劣らずの力を持っている。

 その西を治める領主というのがバーバラ侯であり、侯爵の娘と田舎村の領主でしかない男爵の息子が婚約を前提に付き合っているというのは、異例中の異例である。

 父上が異例の男爵と呼ばれているのも、ここに起因している。



 ザグリ。



 歩きながら、周囲に目を送る。

 寒いだろうに、周りは露店を出して商売に励んでいるものが多かった。

 行商人なのか、馬車もそこいらに止まっている。



 俺の手元にはまだ金貨がある。軽く物価の説明をしたいところだが、この世界の物の価値がまちまちで一概には言えない。

 ざっくり言えば、金貨一枚で銀貨百枚。銀貨一枚で、木賃宿に三日は泊まれる。飯も、銀貨一枚あれば一日は目一杯食えるといった感じか。

 アイリスはしばらくは食っていけると言っていたが、なるほど、これだけあれば身なりを整え逃亡資金も加えた上で、三年は食べていけたかもしれない。

 給料も決して多くないだろうのにさ……。



 ザグリ。



 また雪を踏みしめる。



 キィ……。



 扉を開いた。

 ギルドの扉である。

 金貨はあると言ってもいずれは底をつく。どうにか稼がねばならない。

 全てにおいて無知な俺が稼ぐ手段として考えたのが、冒険者だ。

 もちろん適当である。そりゃそうだ。俺は現世で旅行の一つもしてないし、何ならMMORPGの経験さえない。

 残った金貨は二枚。今後この異世界でどうやって生きるのかって言われたら、わかるもんかよと答える他ないのだ。

 とりあえず手探りでやっていく他にない。

 初めて見るギルドの中は、一言で言えば冒険者の酒場だった。テーブルがあって、酒が並べられ、防具をつけた男女が様々な話で盛り上がっている。

 俺はツカツカと掲示板に向かった。



 さてどうするか。

 俺は魔術が使えない。しかし体術はそこそこにできる自信がある。五点着地法にしてもそうだが、文字通り死ぬほどの努力をしてきたからだ。毎日どこかの骨をへし折っていた気がする。しかしそれでも、魔術師が唱える呪一つでひねられる。そんなものでしかなかったが……。



 とりあえず簡単な依頼……。

 スライムか? スライムを狩ればいいのか? 知らんけど……。



「そこの君。ちょっといいかな」



 ギルドに張り出された依頼を見ていると、声をかけられた。

 振り返ると、そこには戦士風の男が立っていた。



「仕事を手伝わないか? 仕事内容は、旧道から森深部にかけてのモンスターの討伐だ。ちなみにあっちにいるのが、俺の仲間だ」



 男がガントレットをはめた親指で後ろを指す。指された先のテーブルで、四人のパーティーがこっちを見ていた。



「うーん……」



 俺は腕を組んで考え込んだ。というのもだ。

 彼らの職の構成は、重戦士、戦士、ハンター、魔術師、僧侶と、ポピュラーながら隙のない布陣だ。

 この面子の中に俺がいて、役に立てるとは思えない。

 体術には自信があるのは確かだが、逆に言えばそれしかない。

 まあこの世界の魔術は貴族たけが独占しており――ただしエクスペリオン教会管轄の能力スキルは、神の下の平等のもと別。ただし費用は莫大である――俺とこいつらにそこまでの差はないだろうが。

 ちなみに庶民が魔術を行使するためには、ブードゥドラッグという薬を飲み、神と直接契約せねばならない。

 その時払う対価は寿命であり、そのため魔術師は初老であり、僧侶の男はオッサンだった。

 迷っていると、戦士の男はカラカラと笑って目を向ける。



「まあ正直なとこ言わせてもらうとね、君の武力が目当てじゃないんだよ。いやまあそれも半分はあるんだけど、一番の目的は、君の荷物からはみ出ているそれ。フライパンさ」


「え?」


「さっき魔導コンロも買ってたろ? いやたまたま見ていて知っているんだけどね。僕が思うに君は料理人だ。なあ? そうだろ? うちのパーティーには料理ができるメンバーがいなくてね。料理を作るのが上手い人間がいれば士気も上がってバフになる。そう思って声をかけさせてもらった、というわけさ、アッハッハ」


「あーなるほど」



 確かに念のため、魔導コンロとフライパンは買っていた。最悪山にこもることになっても、火とフライパンさえあればどうにかなると思ったからだ。  

 魔導コンロは魔力の詰まった燃料を軸に動いているため、魔力を持たずとも起動することができる。無論燃料が続く限りだが。

 店主に聞いて確認済みである。ちなみに魔導コンロはかなりの高額であり、これだけで金貨二枚飛んでいる。



「無論タンクとして最低限は働いてもらうけどね。タンクにしてもヘイト役を多少買ってくれてるだけでも変わるものだからね」


「あー」



 同意してみせるが、実は何もわかっていなかった。 

 とりあえずそれっぽく振る舞う。俺にできる自衛の方法なんてそんなものしかない。

 そもそも自衛になってるのかも謎だが。これは自衛というより、単なる見栄と言った方がよかったかもしれない。



「あ、あのさ。嫌だったら断ってくれてもいいんだよ!? ほ、ほんとに!!」



 男の後ろからやってきた少女が言った。背中には矢筒を背負っていて、解体兼護身用であろうナイフを腰に装備していた。

 間違いなく職業はハンターだろう。



「おい!! 失礼なこと言うなよ!! シャルルー!」


「いや、うん、でも……」



 戦士の男の叱責を受けて、ハンターの少女は暗い顔で俯いた。

 よくわからないが今の俺の立場は逃亡者だ。贅沢は言ってられない。一人より多人数に紛れておいた方が、バレる可能性は低い。はずだ。多分。

 常識的に考えて。



「いや、ありがとうございます。そちらの方には申し訳ないのですが、一緒に連れて行ってもらってもいいでしょうか? 邪魔にならないよう、精一杯ヘイト役を引き受けますんで」


「決まりだな。じゃあこっちに来てくれ。仲間を紹介するよ。馬車の手配もこっちでするから安心してくれ」



 肩を抱くようにして叩かれ、他の仲間と面会した。



 ――こうして今、俺は馬車に揺られて目的地であるマルタの森に向かっている。

 目的は先も言ったように、旧道から森深部にかけてのモンスターの討伐。

 俺は隅に一人座り、他の五人はパーティー間で和気藹々と盛り上がっている。

 時折シャルルーと呼ばれた若い女の子が、俺に心配そうな目を向けてくる。

 脈ありかな? と彼女いない歴年齢の俺は、本来であれば思うところなのだが、今の俺の状況でそう思えるほど楽天家にはなれない。今、頭の中にあるのは一つ。



 今後、どうやって俺は生き抜けばいいんだ……。



 そう思って、目を閉じる。しばらくして、馬車が止まった。どうやらモンスターに出会うことなく、目的地であるマルタの森に着いたらしい。

 俺はゆっくりと、目蓋を開いた。



 ◇◇◇◇◇◇



「ここは錐行の陣で行こう」



 森に入ると、リーダーであろう戦士の男が言った。



「正面にはサイモン君。二列目に俺とオグマ、三列目にシャルルー、エッジ、スライ」



 ちなみにサイモンは俺が適当につけた偽名である。それはさておき――



「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺に正面を切り裂く力はないぞ」


「あー大丈夫大丈夫。錐行の陣とは言ったがあくまで形だけさ。モンスターが現れたら君はヘイトを買った後、横に避けてくれ。その後、僕らが畳み掛けて仕留める。シンプルだろ?」



 つまり囮かと、吐き捨てるわけにもいかない。何故ならタンクとはそういうものだからだ。

 引っかかるのは自分一人かというところだが、重戦士の男と俺では受け方のタイプが違う。二人で並んでも、俺はただ逃げるだけの役になるのが関の山だ。

 現状、俺は同行させてもらっている身だ。強く出れる立場ではない。

 貧乏クジを引いているというだけで、戦士の男が立てている作戦は悪くない。これがRPGなら俺でもそうする。ただ実際に痛みを伴う現実だと、そう簡単に割り切れない、というだけだ。



「わかった」



 言って、俺は前に出た。

 その時だった。



「ワーッ!!」



 シャルルーが声を上げるので振り返る。

 その先で、オグマとエイフィスが剣を抜いていた。



 こいつら……まさか。

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