高卒。三十五歳。彼女いない歴年齢。言うまでもなく童貞だ。
これが転生前の俺のスペックである。
そして転生後の俺は――
◇◇◇◇◇
「ふー。やっと見つけた。こんなところにいたのか、姉さん」
今では使われなくなっていた廃鉱山。
その中をでかい犬にまたがって通り抜けてきた俺は、そいつらの前で腰を下ろした。でかいと言っても犬にまたがれるぐらいだ。この時、俺はわずかに三歳である。
いや正確には、三十八歳と言うべきか。何故なら俺は、転生者であるからだ。
「何だこのガキ! どうしてここが!!」
「ケーブル男爵にもらった犬に案内してもらっただけだよ。行方不明者を探す時は人海戦術も大事だが、やっぱ最後は犬なんだよな。ケーブル男爵には感謝しないとな。もちろん、ラストと、カトリ姉の動物に好かれる優しさにもね」
犬の頭を撫でながら、子供の俺は言った。
相手は大人だ。当然その目線は、俺より遥か先にある。
この廃鉱山に並べられていた盗賊全員が、そうだった。
まあ全員再起不能にした上で、俺は無傷なんだけど。
「目的は金か? それとも怨恨か? いずれにしても、父上の強さを知ってのことかな? 父上は、ここベルンツィアで最強の剣士と呼ばれている人だよ。ベスパにおける、海賊王との海戦とすら呼べない
二人の盗賊が剣を抜く。
「やはり――命知らずだったな」
指を二本立てて、俺は笑った。
◇◇◇◇数分後◇◇◇◇
「無事か!! カトリ!!」
後ろから声がして振り返る。
アイン兄さんと、ベレト兄さんの声だった。
どちらもまだ子供だった。
アインが八歳。ベレトが五歳。カトリが四歳である。そして俺が三歳。
俺は男爵家四人兄妹の三男なのだ。
大人でさえ見つけられなかったこの場所を、どうしたのかは知らないが、特定したのは大したものだ。伊達に、ローディス家の
俺はえんえんと泣きじゃくる、カトリ姉さんの頭を撫でながら、振り返った。
アインとベレトの顔を今になって見つめる。
アインはどこか怯えた顔をして俺を見ていた。ベレトは鋭く俺を
そんな二人を見て――俺はあごを持ち上げ、笑った。
「心配いらないよ、兄さん。賊は全員、俺一人で片付けた」
そう。
あの時の俺は――確かに。
天才だった。
◇◇◇◇十年後◇◇◇◇
「いくぞ、クロ!!」
家の庭先で、お互い剣を構えていた。
目の前に立っているのは、長兄のアインである。立場は田舎村ブリンストンを治める男爵家長男。つまりその弟である俺は、男爵家の三男生まれ、ということになる。
ガキぃん。
剣と剣を合わせると、火花が散った。
ガキぃん。ガキぃん。ガキぃん。ガキぃん!!
ギリギリギリキリ……っ!!
刃と刃が噛み合い、鍔迫り合いになった。
「どうしたクロ。離れなくていいのかぁ? それとも、氣功術なんて庶民の技法で応戦してみるか? え? 元――天才」
「くっ!! 舐めるな!」
「――おい。何だその口の利き方」
ゾクリと、背筋に冷や汗が走る。危ない。そう思った時、俺の服の裾がつかまれていた。
腹の辺りに添えられた手。自分の身体で隠し、
そして耳元で声が響く。
「風よ我が声を聞けそして応えよ。空を貫く力よ、この手に宿って弾け散れ」
ヤバい!!
だが逃げられない。
魔力で増幅された力で、服の裾をつかまれているのだ。
氣功術で筋力こそ補強しているが、所詮代替だ。魔力による破壊の力には敵わない。
「
腹に巨大な鉛玉でもぶつけられたようだった。ヨダレをまき散らしながら吹っ飛ぶ俺。
地面に両手足をついて、うずくまった。
「ガハ! ゲホ! ゴホゴホ!」
この野郎〜〜〜〜〜!
剣と剣の勝負のだったはずなのに、ふざけやがって……っ!
「ちょっとアイン!! 何よ今の!! これは剣対剣の戦いのはずでしょ? ふざけないでよ!! 大丈夫? クロ」
姉であるカトリが俺に駆け寄り
何より今の俺では、
理由は不明だが、俺はある時から魔術が一切使えなくなった。
この世界において、魔術はかなりのバフである。なければ精霊魔術が使えない。それだけではなく、筋力の向上さえ行えない。
この世界の魔術は貴族だけの御業とされていて、精霊魔術と筋力向上は、貴族の地位、つまり庶民が抗えない状況を作るのに一役買っている。
その魔術が使えなくなってしまったのだ。俺がアインに勝てないのも道理だ。
かつての俺ならこんな奴、敵じゃないのに……。
「怒るなよカトリ。ちょっと実践形式にしただけだろー? こいつの周りにいるのは父上と関係を結びたいだけのクソだけで、真の友達なんてのは一人もいない。それじゃあまりにも可哀想だってんで、ちょいと鍛えてやったまでの話さ。強くなれば誰でも従うからな」
「あんたねえ……!」
腹の底からどす黒い感情が燃え上がってくる。それは糸のように俺の手足へと繋がれて、俺をゆっくりと立ち上がらせた。
「クロ?」
寄り添ってくる優しい姉をどかし、このクソッタレの兄であり、厳密に言えば二十も年下のガキを見据えた。
アインの顔は恐怖に引きつっている。かつての、神童と呼ばれた頃の面影を、俺のどこかに見たからだろう。
こいつは――殺す。
現世じゃ仏と言われた俺だが、今回ばかりはマジでキレていた。
地獄に落ちても構わん。お前だけは必殺する。
目を閉じた。
「アーストゥエバーグリーン」
異世界転生と言えばチート能力である。
それが俺には二つあった。
一つ。莫大な魔力量からくる、膨大な魔術の手札と、増強された筋力。しかしこれは今は使えない。
二つ。
ただし条件として、十五歳から十八歳までの間に、エクスペリオン教会に安置されている星石の前で、啓示を受けなければならない。
そして
俺は十三歳だが、産まれた時からこの能力が刻まれていることを、赤ん坊だった頃から知っていた。
しかし妄想の可能性も捨て切れない。それ故、二回のうち一回は使用済みだ。呼び出したのは、金銀財宝。これならば、試しで使っても腐ることはない。
頭に刻まれていた呪を唱え、呼び出すと、天空からダイヤモンドにエメラルド、果てには金塊に至るまで降ってきた。
それは魔術が使えていた時代に大穴を掘って埋め、封印までかけたため、今ではたどり着くことさえできない。しかし。
この
俺はこの切り札をずっと残してきた。
切り札は最初に切ったものが負ける。
しかし今切る決心と、呼び出す物が決まったよ。
拳銃にしよう。
拳銃はこの世界エバーグリーンにもあるが、今すぐ手元に呼び出せる、という利点も、この
「は、ははは。何だよその呪。魔術が使えない時間が長すぎて、呪の唱え方も忘れたか? 精霊の個我を狂わすには、尋常ではない魔力か、魔力を乗せた呪を唱えなければならない。今のお前じゃどちらも不可能なことだ」
撃ち殺す。
目にもの見せてやる。
後のことなんざもう知るか。
我ながら吹っ切れた思考が頭の中を支配していた。
「我が今求めしものを、この場へと転送――」
周囲の風が吹き荒れる。
ふと思った。
この感覚は、魔力があった頃と似てい――
「ぐはっ!!」
その時。
思考を断ち切る一撃が、腹に見舞われた。
呼吸をも奪われた俺は、その場に膝をつき、影で覆い被さってくる相手を見上げた。
今にも降り出しそうな曇り空を背に立っていたのは、アインの護衛兼ローディス家の剣術指南役、キルバルト。
「キルバルト!!」
「申し訳ありませんがお嬢様、これは剣術の稽古です。何より、戦闘中に目を閉じた坊ちゃんの負けです。聡明『だった』お坊ちゃんならわかりますよね?」
「あんた達……っ」
「そこまでにしておけ。アイン。それにカトリも」
言ったのはベレトで、ローディス家の次兄。俺の兄でもある。
ローディス家は五人兄妹なのだ。俺はその三男で、上に兄一人と、姉が一人、下には妹が一人いる。
「ベレト……。チッ!」
アインが舌打ちする。
本来貴族には身内の間にも強力な縦関係が存在するが、ベレトはスペックが別格のため、アインでさえ強く出れないでいた。
何せ魔科学者でいながら、剣術でもアインを上回るような男だ。それでいて人格者でもある。
ベレトにほんの少しでも野心があれば、ローディス家の領地を継ぐのは彼であろうと言われている。
「ありがとうベレト兄様。大丈夫? クロ」
「クロードお兄ちゃん、大丈夫?」
姉であるカトリと、妹のエイチカが心配の声をかけてくれる。嬉しいが屈辱でもあった。
「くそっ!!」
思わず拳で地面を叩いていた。
チラリと横を見ると、アインが今もニヤニヤと笑っている。
クソ!!
やはりあの時、撃ち殺しておけばよかった。
あの時はいわゆる『キレる』というやつだったのだろうが、冷静になった今でも心からそう思うぜ。
こいつぶっ殺して人生終わるなら、それはそれで構わねえわ。
割とマジで。
「父上」
「何か?」
家の壁にもたれかかって見ていた父、ディスケンスが言った。
隣にはその腹心である『長槍のテリー』と、魔術指南役の猫型獣人、アイリスが立っている。
「今の戦いを見ていて、一つわかったことがあります。少しお時間をいただけませんか?」
「ほう」
「そしてその会合に、魔術指南役アイリスと、クロを同行させたいと思っています」
え……?
俺はベレト兄を見つめた。
ベレト兄は俺に背を向けたままである。
「ふむ。構わないが、今日はこれからやることもあってね。そうだな。これから十二時間後の夜でもいいかな?」
「わかりました」
父上とベレト兄が、事務的な会話を交わす。
何だ?
何がわかったんだ?
しばらくして。
ベレトが振り返った。
その顔は――
今まで見たことがないほど極悪に――笑っていた。
「うわあ!!」
思わず俺は飛び上がった。
「どうした?」
ベレトが尋ねる。
恐る恐る、俺はベレトの顔を今一度見つめた。ベレト兄は、いつものように、仏のような顔で笑っている。
「クロ」
ベレトが名を呼ぶ。
何だったんだ? 今のは。
気のせい……だよな?
◇◇◇◇その夜◇◇◇◇
キィキィと鳴り響く廊下を進みながら、ベレト兄の部屋へと向かう。
外では大雨と雷鳴が轟いているようで、時折挟まれる窓から稲光が閃いていた。
コンコン。
ベレト兄の部屋の前にきた俺は、扉をノックした。
「ベレト兄さん。いらっしゃいますか? クロード=ローディスです。本日の会合の前に、ご挨拶を――」
俺は言葉を途中で詰まらせた。
扉がほんの少し開いている。
音を立てて、扉が前後に揺れていた。
嫌な予感がした。
急ぎ扉を開く。
中は暗闇だった。
開かれた窓から風が入り込んでいて、白いカーテンが揺れていた。
また雷が響く。
稲光が、ベッドに突き立った剣を照らしている。
明かりもつけずに近づいた。
見ると、ベットの上で人が寝ている。
いや違う。腹の上に剣を突き立て眠るなんてこと、ありもんか。
よく見るとそれは――
次兄。
ベレトの死体だった。