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第3話「波打ち際で光る壊れた石版」

有美の胸には、昨日母親から聞いた言葉がずっと響いていた。叔母が抱えていた秘密、そしてアリス・ヘイリーという名前。その背後に隠されたものが一体何なのか。自分の家族が過去に何を経験したのか、その答えが有美の心を焦らせ、眠れぬ夜を過ごすこととなった。

「お母さんは、あの名前を出すことで何かを思い出したんだろうか?」

有美は自分に問いかけながら、夜が明けるのを待った。暗い空気が流れる部屋の中で、彼女はしばらくじっとしていたが、どうしてもその謎を解きたいという強い思いに駆られた。そして、心の中で決めた。

「私は絶対に、この謎を解く。お母さんが知っていること、叔母が隠していたこと、すべてを知りたい。」

その決意を胸に、有美は今度は写真の裏に書かれていた日付、「1887年」に注目し、何か手がかりを探しに行くことにした。それが自分を導いてくれる何かの鍵になると、彼女は直感的に感じていた。


有美は日中に町に出て、まずは図書館へ向かった。近年、明治時代の洋装や西洋文化の影響について記された資料が増えていた。その中に、アリス・ヘイリーという名前が登場する可能性があるのではないかと思ったからだ。

図書館に到着すると、広々とした空間に静けさが広がっていた。大きな木製の棚には、数多くの書物が整然と並べられており、しんとした空気が漂っている。従業員が少し離れたカウンターで本を整理しているが、他に利用者は見当たらなかった。

有美はまず、明治時代に関する書籍を探し始めた。その中で、外国から日本に渡った人物やその後の生活に関する記録が記されている本を見つけ、ページをめくりながら目を通した。

「アリス・ヘイリー…」

すると、突然、彼女の目にその名前が現れた。それは、20ページほど前の、外国人による日本滞在の記録をまとめた本の一節に過ぎなかったが、そこには少しだけ、アリス・ヘイリーという人物の名前と、彼女が関わっていた出来事について記されていた。

「…1890年、アリス・ヘイリー、横浜にて。」

有美はそのページをもう一度読み返した。アリス・ヘイリーという名前が登場した箇所には、横浜で何か大きな事件が起き、アリスがその中心にいたという記述があった。だが、書かれている内容は非常にあいまいであり、詳細は記録として残っていなかった。彼女が何をしていたのか、なぜ名前が記録に残っているのか、それを知る手がかりはこの一節だけだった。

「横浜…」

有美はその地名に反応し、強く引き寄せられるような気持ちになった。横浜は、明治時代において西洋文化が入り込んでいった場所の一つであり、当時の貿易港でもあった。アリス・ヘイリーが関わった事件とは一体何だったのか、それを解き明かすことが次のステップだと有美は確信した。

その日のうちに、彼女は横浜へ向かうことを決めた。町で聞いた情報や記録を元に、この謎を少しでも解き明かすために、もう一歩踏み出さなければならないと思ったからだ。


横浜に到着すると、町は異国情緒あふれる建物と賑やかな通りで賑わっていた。西洋風の建築物や商店が並び、その中には日本の伝統的な建物も共存している。まるで別の国に迷い込んだかのような感覚を有美は覚えながら、目的地に向かって歩き出した。

「アリス・ヘイリーが関わっていたという事件…」

有美は横浜に到着してから、まずその時期に関する歴史的な事件や記録を調べるため、現地の資料館や古い町のアーカイブを訪ね歩いた。その途中で、古い日誌や手紙の一部を見つけることができた。日誌の中に書かれていた内容は、アリスが横浜に滞在していた時期に何らかの事故に巻き込まれたというものだった。

その事件は、当時の新聞にも取り上げられたものらしく、当時の記録にその名前が載っていることを確認できた。しかし、事件の詳細は記されておらず、新聞記事の最後には「不明の原因で事故」とだけ書かれていた。

「不明の原因…?」

有美はその言葉が気になり、その記事を手に持ちながら考え込んだ。アリス・ヘイリーが事件に巻き込まれたことは確かだが、それがどんな事故だったのか、誰が関わっていたのか、その答えはまだ見つからなかった。

しかし、次第に有美の直感がそれを導き出していた。アリス・ヘイリーが関わった事件の真相は、何かしらの大きな秘密に繋がっているはずだ。その秘密が、母親や叔母が抱えてきた過去に関わっているという確信が、彼女の胸の中で固まってきた。

有美は決して引き下がるつもりはなかった。横浜の町で得た情報を元に、彼女はさらに深く、アリス・ヘイリーに関する調査を続けていくことを決意した。そして、この謎を解き明かす先に待っている真実が、どれほどの衝撃をもたらすものなのか、まだ彼女には分からない。


有美は横浜の町で手に入れた情報を頼りに、さらに調査を続けることを決めた。何かが明らかになると信じて、焦る気持ちを抑えつつも、心は次第に高まっていった。アリス・ヘイリーという人物と彼女が関わった事件の真相に近づくためには、これ以上の手がかりが必要だった。

昼下がり、町の片隅にある古びた書店に足を踏み入れると、店内は薄暗く、書棚に積まれた本が埃をかぶっていた。ここに足を運んだのは偶然だったが、有美の直感が何かを感じ取ったようだった。彼女はその店主に向かって声をかけ、アリス・ヘイリーについて知っていることがないか尋ねた。

店主はしばらく無言で考え込み、やがてゆっくりと口を開いた。

「アリス・ヘイリーか…うちには昔からの古い本がたくさんあるけど、名前は聞いたことがあるな。確か、彼女がこの町に来てから、何か大きな事件があったって話を耳にしたことがある。でも、あまり公にはされていなかったはずだ。」

有美はその言葉に反応し、さらに詳しく聞こうとした。

「その事件とは、何ですか? 何があったのでしょうか?」

店主は一度、周りを見回してから、声をひそめて言った。

「それは…かなり昔のことだが、アリス・ヘイリーが横浜に来た理由に関わる事件だよ。彼女は当時、かなり影響力のある商人と関わっていたらしい。だが、その商人がある日、突然姿を消したんだ。」

有美はその言葉をしっかりと受け止めた。

「姿を消した?」

店主は頷き、さらに続けた。

「その商人は『伊藤金之助』という名前だったが、彼が失踪したことが町で大きな問題になった。その後、いくつかの噂が流れたが、真実は分からないままだ。」

有美はその情報に驚きを隠せなかった。失踪した商人とアリス・ヘイリー。二人の関係は一体どういうものだったのか、そしてその失踪が事件にどのように関わっているのか。

「その事件について、他にも何か知っていることはありませんか?」

店主はしばらく考えてから、重い口を開いた。

「もう一つだけ覚えているのは、アリス・ヘイリーがその事件後、急に姿を消したことだ。横浜に来た当初、彼女はしばらく商人たちと頻繁に接触していたが、その後、全く足取りが途絶えた。そして、彼女の名前も町から消えてしまった。」

有美はその話を聞いて、心がざわつくのを感じた。アリス・ヘイリーとその商人の失踪には何か大きな秘密が隠されているに違いない。それが自分の家族、特に母親や叔母にどのように繋がっているのか、答えを探し続ける必要がある。

「ありがとうございます。」有美は店主に感謝の意を述べ、店を後にした。彼女の心の中には、次に進むべき道が見えたような気がしていた。


その夜、有美は宿泊先の小さな部屋で、これまで集めた情報を整理しながら考えた。アリス・ヘイリーの名前が関わる事件、そしてその背後に隠された謎。その解決には、まだ幾つかのパズルのピースが欠けているようだった。商人・伊藤金之助の失踪、そしてアリスの急な消失。これらの出来事は、何かしらの大きな陰謀や秘密に繋がっているに違いない。

有美は再び、母親が言っていた言葉を思い出した。『過去のことだから掘り返さないで』。でも、彼女にとっては、その過去を掘り下げることが今や必要不可欠だった。家族に隠された秘密を解き明かすためには、何もかもが明らかにされるべきだと思った。

「お母さん、叔母さんが隠していたこと、私は必ず知る。」

有美は心に誓いを立て、明日にはさらに深くこの謎に迫る決意を固めた。そして、次に訪れるべき場所は、横浜の港に近い、かつてアリス・ヘイリーが関わったと思われる商人の家だった。何か手がかりが見つかるかもしれない。


翌日、有美は港町に向かうため、早朝から歩き始めた。横浜の街はすでに活気に溢れており、貿易の港として栄えていた様子が伺える。けれども、有美の心の中では、それとは別の静かな緊張が漂っていた。商人・伊藤金之助の家には、何か隠された過去が待っているに違いない。そして、その過去こそが、アリス・ヘイリーの消失と、母親が守ってきた秘密に繋がっている。

有美はその家の前に立ち、息を深く吸い込んだ。これから彼女が見つけるべき真実が、どれほどの衝撃をもたらすのか、それを恐れることなく、彼女は扉をノックした。


第3章終


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