私は自分の目を疑った。
まさか、ゾルトがこんなに苦戦するとは……。
私はゾルトの動きを見つめていた。
彼の体は筋肉で覆われ、その細かい動きの全てが訓練されたものだということが分かった。
しかし、カイル君は双剣での素早い攻撃を繰り出し、ゾルトは防戦一方の展開となった。
最後はゾルトが隙をついて勝利したのだが、小柄な少年にこんな力があったとは……。
魔人族はここまで強い種族だったのか。
「くそう、あと少しだったのに……。 アメリア……ごめん」
カイル君の声は、彼の内に秘めた闘志と悔しさを如実に表していた。
がっくりと項垂れて落ち込んでいるカイルにゾルトが優しく声を掛ける。
「カイル、お前の剣術はなかなかのものであった。拙者も大人気なく本気を出してしまった」
「えっ……本気ではなかったのですか?」
「最初は子供相手に本気は出すまいと決めていたのだが……。しかし、本気を出さなければ負けると分かった故、最後は全力で行かせてもらった」
「そうか、急に攻めづらくなったと思っていたら、そういうことだったのか……。俺もまだまだですね」
ゾルトは意を決したように、私の方を向いた。
「陛下、このカイルという少年、なかなかの腕前です。是非連れていきましょう」
ゾルトの言葉には、カイル君への敬意と、彼の可能性を見抜いた確信が込められていた。
彼の目は、カイル君を見つめ、その成長を期待しているようだった。
私はゾルトが何か理由をつけて少年を連れて行かないだろうと思っていた。
ゾルトも最初はそのつもりだったのかもしれないが、この少年は想像以上に強かったのかもしれない。
そういうところは律儀なんだよね。
私はゾルトの提案に頷いた。カイル君の剣術は確かに素晴らしかった。
彼の剣の軌跡は美しく、その動きは流れる水のように滑らかだった。彼の才能は、これからの旅で大いに役立つだろう。
「よろしいのですか! これで、俺の手でアメリアを助けることができます。ゾルト様、ありがとうございます」
カイル君はゾルトに深々と頭を下げた。
妹思いの優しい子だ。
そういえば私もレオン兄様には助けてもらってばかりだ。
兄様もカイル君のような気持ちだったのだろうか。
いや、そんなことよりも……。
これでフェルドリムを討伐する流れになってしまったじゃないか!
「ちょっと待って、まだフェルドリムを討伐すると約束はしていないのよ。ゾルト、あなたドラゴンと戦ったことあるの?」
私の問いに、ゾルトは少し考え込んだ。彼の顔には、過去の戦いを思い出すような表情が浮かんでいた。
「古竜ではありませんが、3回ほどあります。私が今こうして生きているのがドラゴンに勝った証です」
えっ?本当にドラゴンと戦った経験があったなんて……。
「ゾルト、あなた……。いくらなんでもドラゴンを舐めすぎなんじゃない?」
「いえ、そのようなことはございません。もし、お酒で寝ないようでしたら、そのときは作戦を一旦中止しましょう」
「分かったわ。カイル君もそれでいいかしら?」
私はカイル君の頭を撫でながら、彼の勇気と決意を感じた。
彼の目は、未来への希望と期待で輝いていた。彼の心の中にある、妹を救うという強い意志が伝わってきた。
「はい、そのときは……仕方ありません」
私はカイル君の頭をポンポンと軽く叩くと、周囲を見渡した。
そういえば……肝心のアメリアは一体どこに?
「ところで、アメリアの姿が見えないようだが?」
私がカイル君にそう尋ねると、寂しそうに首を振って答えた。
「アメリアは生贄となるために、身を清めなければならないという理由で誰と会うことも禁じられているのです」
「なんとも不思議な風習ね……」
私としては、納得できないしきたりだけど、王国の支配下にない村なのでこれ以上干渉することは難しいだろう。
魔界には依然としてこのような悪習が根付いている地域があると聞いている。
このような問題も解決していきたいものだ。
「フェルドリムを討伐できれば、その必要もありませんから……。そのときゆっくりお話できますよ」
「そうね、そのときの楽しみとしましょうか」
私たちは村で一番強い酒を4樽と、牛1頭を用意して荷車に積み込んだ。
これで寝てくれるといいのだけど。
――
準備が整った私たちは、灼竜フェルドリムの住む隣の山に向かった。
山の中腹には大きな洞窟があり、そこが住処となっているとのことだ。
洞窟に近づくにつれ、焦げたような独特の匂いが鼻をついた。
その匂いは、強力な火炎を吹き出す灼竜フェルドリムの存在を示していた。
私たちは、その恐ろしい生物と対峙する準備を整えていた。空気は緊張で張り詰め、私たちの心拍数を高めていた。
ゾルトと親衛隊は武器と防具を洞窟近くに隠し、村民が用意した粗末な衣服に着替えた。
武器を持っていれば、フェルドリムが警戒するためだ。
いよいよ、竜との対面だ。
私は恐怖に震えていた。