翌朝、私の宿に訪問者があった。
例のベルモントだ。
「あんたがスカーレットさんかい?俺はベルモントだ。皇帝陛下の命により参上した」
軽く会釈をした彼は40歳前後だろうか。
うっすらと顎ひげを生やし、人目を気にしているのか帽子を深く被っていた。
「早朝に尋ねてくるなんて、ずいぶんとせっかちのようね……」
「そう言ってくれるなよ。『先んずれば人を制す』って言うだろ。あんたが出歩く前に捕まえないといけないからな」
そう言いながら帽子を取り、勝手に近くの椅子に座った。
ずいぶんと馴れ馴れしい人という印象だ。
「なるほど、確かにそうね。あなたが噂通り優秀な人物だと分かって安心したわ」
私がそう言うと、ベルモントは頭を掻いて困った顔をした。
「噂通りか……ついでに悪い噂も聞いているんだろ?」
「いえ、詳しい話は聞いていないわ。でも、イシルの態度から、あなたが彼女を相当怒らせているということは分かるわね」
「まあな。あの女狐のせいで肩身の狭い思いをしているんだ。魔界に行けと言われたときは心底驚いたが、考えようによってはありがたい話でもあるな」
「嫌なら話さなくてもいいけど、一体何をしたの?」
「……。簡単に言えば、酒場で酔っ払ってイシルに抱きついたのさ。正気だったらあんな性格のキツイ女には近づかないんだがな……。酒は本当に恐ろしい」
ベルモントは酒を飲むようなジェスチャーをしながら、顔をしかめてみせた。
「ご愁傷さまと言いたいけど、何でも酒のせいにするのは良くないわね。だって、酔ったあなたもあなたの一部なんだから」
「そうだな、あんたの言うとおりだ。酒と女には気をつけろと両親からも言われていたが、この年になって意味が分かるとは驚きだぜ」
これは相当クセの強い御仁だ。
あのイシルの事だから、様々な嫌がらせをしてきたことが伺える。
「あなたが女性と酒にだらしない人だということはよく分かったわ。ついでに聞きたいのだけど、魔界の食糧事情を改善するにあたって、あなたならどこから手をつける?」
「農業の基本は土と水なんだよ。だから地質調査をして最適な作物の割り出すこと、必要な治水工事で十分な水を確保することだな」
「魔界の土は瘴気に汚染されているけど、それでも最適な作物が判断できる?」
「ああ、恐らくできるぜ。そういう判断なら俺以上の適任はいないだろうな」
「分かったわ。あなたを採用することにします。魔界のために力を貸してくれますか」
「もちろんだぜ。こちらこそ、よろしく頼む」
そう言って握手を求めてきたが、私はその手を払い除ける。
「勘違いしないで。私の半径1m以内に入ったら容赦なくその額を撃ち抜きますから、そのつもりで」
「……。まあ、イシルよりはマシか」
この人、ちょっと失礼ですね。
優秀なんだろうけど、少々不安が残るわね。