「イシル、お前がベルモントを嫌っていることは承知しておるが、人質のような形で派遣することは問題がある」
皇帝は顔をしかめてイシルを睨んだ。
「果たしてそうでしょうか。平和条約が締結され、自由な貿易ができるようになれば商人が行き交います。そうなればベルモントでなくても、人質をとることはたやすいと思われます」
「気になるようでしたら、魔界からはミスリルの精製技術を指導する職人を招聘してはいかがでしょうか。これでお互いに人質をとる形になりましょう」
「確かに……ミスリル鉱石を入手したとて、精製技術がなければ意味がないだろうな。スカーレット殿、ミスリル精製技師の派遣は可能であるか」
どうやら、ベルモントという者はイシルに相当嫌われているようだ。
その者を魔界に送り込むことで厄介払いができる上、あわよくば私を困らせるチャンスと捉えているのかもしれない。
「ベルモント殿というお方は農政に詳しいお方なのでしょうか。そうであれば、こちらからもミスリル精製技師を喜んで派遣いたしますので、是非借り受けたく存じます」
「また、食糧援助の交換条件ですが、魔界の特産品としてミスリル以外にも魔晶石の大量輸出が可能です」
「魔晶石!これは人間界の生活を一変させるかもしれませんな……」
宰相は思わず感嘆の声をあげた。
魔晶石は魔力の込められた石のことだ。
これを加工することで魔法アイテムの素材となるのだが、人間界にはほとんど存在しないため人工的に作られたものを使用している。
天然物の魔晶石が輸入されることで、魔法アイテムの増産に繋がるということを宰相は考えたのだ。
「よし分かった。だが、ベルモントを派遣するかは本人の意思を聞いてからとする。食料と種子はすぐに手配させよう」
私は静かに息を整えた。
目標としていた条約の締結、農政専門家の派遣、食料援助、種子の提供、これら全て実現することができたからだ。
「ところで、スカーレット殿は若いのに優秀で豪胆とは驚いた。有能な家臣を持った魔王グロリア殿も、さぞ有能なお方なのだろうな」
皇帝は笑顔でそう言ってきたが、これは魔界が脅威となりえるのか探りを入れているのだろう。
「いえ、私のような若輩者が側近となった例は魔界ではほとんどありませぬ。私や魔王が有能なのではなく、選択肢が私たちだけだったということなのです……」
「私にはヴィンセント様のような広い知識がなく、魔王には家臣がほとんどおりませぬ。よって、これからもご指導を賜りたいと願う次第です」
「謙遜せずともよい。それにしても、今日は実に有意義な一日であった。これからの両国関係は素晴らしいものとなるであろう」
平和条約締結交渉はこうして幕を閉じた。
唯一の懸念はベルモントのことだ。
イシルの人格は問題があると思うが、それにしても嫌われすぎではないだろうか。