私、スカーレットは人間界の帝都ミスティリアンの地に立っている。
魔王の側近として、レオニダスの仲介で平和条約締結の交渉に臨むこととなったために魔界からやってきたのだ。
私たちの住む魔界と、この人間界は別の世界だ。
お互いに行き来をするには、『ゲート』と言われている門を通る必要がある。
この『ゲート』がいつから設置されていて、どのような原理となっているかは全く分かっていない。
だが、この『ゲート』は長い歴史の中で一度も壊れることなく、確かに存在した。
噂によると、傷がついても自動的に修復されるため、破壊も困難なのだそう。
陛下のような魔界に住む人間族は、人間界からやってきて定住したとも言われている。
今や魔界で最も人口の多い種族は人間族なので、『ゲート』の存在価値は大きかったと言えるだろう。
私は『ゲート』を通り、人間界へやってきた。
勇者一行も同様である。
『ゲート』を通って、魔界へ侵攻したのだ。
眼の前には、人間界の最高権力者である皇帝レナルディオが玉座に座り、その横には忠実な宰相ヴィンセントがいた。
私の左側には、魔界との戦争を続けたいという勇者セリオスと賢者イシルが睨みをきかせている。右側には、魔界との平和を望む勇者レオニダスが微笑んでいる。
私は緊張のあまり息が荒くなっているのに気づき、深呼吸をして落ち着こうとした。
彼らの顔を見回すと、皇帝は冷静そうだが、セリオスとイシルは敵対的な目で私を見ている。
レオニダスは私に励ましの視線を送ってくれるが、それがかえって不安にさせる。
「スカーレットと申します。魔界の王グロリアの名代として、平和条約締結の使者として参りました」
「遠路はるばる大義である。条約案については読ませていただいた。まずは、魔界を見てきたセリオス、イシル、レオニダスの意見を聞こうか」
私の挨拶に答え、皇帝が勇者たちに意見を求めた。
最初にセリオスが話し始める。
「私は条約に反対です。魔界との戦いで、私たちは何千もの仲間を失いました。あの惨劇を忘れたのですか。終戦すれば、魔界は再び力を溜め込み、人間界に襲いかかるでしょう。我々が次に勝てるという保証など、どこにもありません」
魔界脅威論を持ち出してくるだろうと思っていたが、予想通りの反応だった。
魔王討伐をした勇者という名声があるのだから、それを無にするような条約には当然反対するはずだ。
「私もセリオスと同意見です。魔界とは本質的に敵対する存在であり、終戦など不可能です。魔界は人間界の資源を奪い、人間を奴隷にすることを目論んでいます。我々は魔界の野望を阻止するために、迅速かつ徹底的に滅亡させるべきです」
イシルはセリオスよりも口調が強く、好戦的な内容だ。
「俺は条約に賛成だ。条約の内容を見れば分かることだが、人間界側に有利な条件だ。もし時間稼ぎが目的だとしたら、大量のミスリルを献上することはありえないだろう」
レオニダスは当初の予定通り、賛成の立場だ。
「果たしてそうかしら、もし嘘だったらどうするのよ。ただで時間をあげるようなものよ」
「陛下、イシルはこう申しておりますが、セリオスの報告書には不足があります。セリオスらが魔界で行ったのは魔王討伐だけでなく虐殺と破壊でした」
「王都は瓦礫の山と化し、無抵抗な女子供まで容赦なく殺されておりました。魔界の王家に戦いの余力は残されておらず、経済的な再興が急務なのです。彼らとて降伏は無念でしょうが、それでも戦争を終わらせて国を再興したいと考えるのは自然なことで矛盾はありません」
イシルはレオニダスの発言に顔をしかめた。
「セリオス、レオニダスはこのように申しておるが、お前たちの見解はどうか」
「虐殺など滅相もありません。魔王との戦いは熾烈を極め、結果として被害が広がったというだけです」
レオニダスはイシルの言葉に苦笑した。
皇帝レナルディオは二人のやり取りを静観していたが、そろそろ話をまとめるべきだと判断したようだ。
「そうか、ではスカーレット殿の意見も聞かせてほしい」
と言って、私に視線を向けた。
ようやく私の出番だ。
セリオスとイシルが好き放題言ってくれたが、レオニダスが良い流れを作ってくれている。