ノヴァレインを離れた私たちは再び荒野を駆けている。
王都まであと1日の距離まで来た夜、私は不安でなかなか寝付けなかった。
生まれ育った王都への帰還は、3年ぶりだが覚悟がいる里帰りとなるだろう。
となりにいるスカーレットはスヤスヤと寝ている。
この人は緊張をするのだろうか……。
私に必要なのは、こういう鋼メンタルなんだよな。
そんなことを考えていると、外で声が聞こえてくる。
テントをそっと開けてみると、ゾルトが見張りの兵士と訓練をしているのが見えた。
「ゾルト、お前も寝られないの?」
私が声を掛けると、ゾルトは訓練を中止させ、私の方に向き直った。
「はい。拙者はヴァルゴンに勝たねばなりませんから、こうして訓練をしております」
ノヴァレインの道中でゾルトはヴァルゴンと戦っている。
ヴァルゴンは四天王の筆頭だったので強いのは間違いないのだが、ゾルトとの差がどれほどなのか気になっていた。
「こんなことを聞くべきではないのかもしれないけど……ゾルトとヴァルゴンの差はどれほどあるの?」
ゾルトは困惑の表情を浮かべている。
やはり武人には失礼な質問だったのかもしれない。
「客観的に見て、相当の差があると理解しています。先日はなんとか抑えられましたが、ヤツは本気で戦っているようには見えませんでした」
あのゾルトを相手に本気を出していないとは……。
想像以上の相手を敵に回してしまったのかもしれない。
そのとき、馬のいななく声が聞こえてきた。
ゾルトは私の側に駆け寄り、大剣を構えた。
「殿下、また山賊のようです。拙者から離れないようお願いします」
山賊は5人で、全員が馬に乗っていた。彼らはぼろぼろの服を着ており、鉄の斧や短剣などを持っていた。
こちらに向かって一直線に突っ込んできたが、私の前にはゾルトがいる。
ゾルトは剣を振り下ろし、山賊の一人の首を一瞬で切り落とした。血が噴き出し、地面に落ちた首が無表情になっていた。
ゾルトはそのまま剣を回し、次の山賊の首も同じように切断した。
山賊たちは恐怖に悲鳴を上げたが、ゾルトの剣は容赦なく彼らの命を奪った。
山賊も手練なのだろうが、さすがに相手が悪い。
最後の一人はゾルトに捕まり、必死に許しを請うた。
「貴様ら、どこの山賊だ!」
ゾルトが胸ぐらを掴んで怒鳴りつける。
オーガ族の怒りは、我々人間族よりもはるかに恐ろしいものだった。
「ぐ……グロームスカイ渓谷で……す」
捕らえられた山賊は、震えながら口を開き白状した。
「ボスの名前を言え!」
「カイリシャ……様です……」
その名を聞いた瞬間、ゾルトは持っていた剣で山賊の首を撥ねた。
「ゾルト……今、カイリシャと言ったわよね」
カイリシャは四天王3席で私の兄、三男マイロの後見だった女将軍だ。
冷徹で魔法にも長けているので、氷結将軍と呼ばれていた。
まさか、山賊に身を落としているとは……。
「この者が言っているとおりであれば……。カイリシャはグロームスカイ渓谷で山賊となったようですね。いずれ討伐しなければならないかと……」
やることが多いのに、次々と問題が起きて困る。
討伐しなければならないのは間違いないのだが、兵を割く余裕がないし、相手がカイリシャとなると討伐隊を厳選しなければならない。
それまで山賊を放置しなければならないのは無念の極みだ。
「ヴァルゴンに続き、厄介なことばかりだな……。相手がカイリシャとなると、この者の首を撥ねたのはやむを得ないな」
「はい。カイリシャはとにかく頭が切れるので、今はまだ我々の事を知られる訳にはいきません」
翌朝、スカーレットに昨晩の話をしたのだが、冷静に頷いていた。
この人の冷静さにはいつも驚かされる。
「まあ、想定内ですから」
「それはそうと、今日は王都まで一気に走りますよ」
スカーレットはそう言うと馬に跨った。
次の氷結将軍はスカーレットで決まりだな。