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第57話 王の覚悟

 ソルステリアに近づくにつれ、私はその異様な光景に驚いた。


 街路には亀裂が走り、家々の壁には修復不能な傷が残っていた。

 市場の通りには無数の零れた果実や粉々に割れた食器が散乱し、闇の中には物乞いの姿が哀しげに浮かび上がっていた。


 私たちは北部地区と戦争をしていたはずだった。

 戦争にはお金と食料が必要だが、それは一体どこから捻出されたのだろうか。

 考えたくないのだが……戦争のために民から搾取したのではないだろうか。


「陛下、大丈夫ですよ。北部地区を併合した後、速やかに立て直しを図ります。我らには、それだけのお金と食料の蓄えがあります」


 私の心情を察したのか、スカーレットが立て直しの話をしてくれたのだ。

 ついこの間まで、私たちはお金と食料が無くて苦労していたはずなのに、いつの間にか蓄えまであるとは。


 王都の街並みは活気に満ち、売り子たちは笑顔で商品を売り込んでいた。

 不正行為や物乞いの姿も見当たらず、市場は安定した経済状態を示していた。

 これはスカーレットの財政政策が上手くいっている証拠だろう。


「陛下、まもなくソルステリアです。最後の戦いとなりますが、決して油断なさらぬよう」


 私の前には、馬に跨ったゾルガリスが睨みを利かせている。

 その姿はゾルトによく似ており、さすが兄弟だと感心した。


 ソルステリアには、ヴァルゴンの戦死が伝わっているようで、こちらに仕掛けてくるような気配はないようだ。


「グロリア陛下の軍とお見受けする。ソルステリアは陛下に降伏いたします」


 城門にはブレンダルらしき男がおり、地に伏せていた。

 民を蔑ろにし、自らの欲望を満たすためにクーデターを起こした者の末路だ。

 ヴァルゴンが戦死しただけで降伏するとは、一体何がしたかったのだろう。


「分かった。降伏を受け入れる。ソルステリアの兵は速やかに武装解除せよ。ブレンダル殿とご家族の身柄はこちらで預からせていただく」


 ゾルガリスは慣れた手つきでブレンダルとその家族を縛り上げると、牢に入れた。

 彼らの罪状は厳正なる調査の上、裁きが下されることとなる。


 ――


 その夜、私はブレンダルの牢を訪ねた。

 もちろん、面会の許可はとってあるし、逃がすつもりもない。


「ブレンダル殿、久しぶりですね。このような形での再会となってしまい、大変残念です」


「グロリア殿、お久しぶりです。最後にお会いしたのは10年ほど前でしょうか。昔は一緒に遊んだこともありましたね」


 ブレンダルは私を見て微笑んだ。

 昔、一緒に遊んだ頃のブレンダルはいつも笑顔だったと記憶している。

 時間は人を変えてしまうのだろうか。


「そんなこともありました。あの頃は優しい方だったのに、なぜこのような馬鹿なことをしたのでしょうか。それを聞きたくて、ここに来ました」


「父の仇とか、ヴァルゴンに担がれたとか、理由は色々あるのです。でも、一番は王になりたいという欲望だったのでしょう。だから、ヴァルゴンに利用されたのかもしれません」


 利用された?

 この期に及んで、他人のせいにするなど……。

 戦争で死んでいった者たちが、その説明で納得すると思っているのだろうか。


「私が聞いているのは、そんな事ではありません。ソルステリアの民は飢えているではありませんか!あなたは民の命より自分の欲望の方が大事なのですか」


「なるほど……グロリア殿は10年前からあまり変わっていないようだ。権力の座にありながら、自己を犠牲にし続ける覚悟があるのでしょうか。私には……それができなかった」


「将来の事は分かりませんが、今の私は優秀な家臣のおかげで王としてなんとかやれているのです。だとすれば、私にできることは民を思いやることくらいです」


 能力の問題ではなく、覚悟の問題だと思う。

 今まで、私の前には様々な問題が降り掛かってきた。

 ベストと思える選択肢がないこともあったし、選択肢自体がなかったこともある。

 それでも、王は選択を続けなければならないのだ。

 これが私の仕事なのだから。


「私とは王としての考え方が違うようだ。強い者を従える者こそ王者と呼ぶにふさわしいのではないか」


「魔界の風習ではそうかもしれませんが、だとすれば何故あなたとヴァルゴンは私に敗れたのでしょう?」


「勝負は時の運だ。私に運が無かったからではないか」


 ブレンダルと私は、根本的に価値観が異なるのだろう。


 スカーレットは以前、私に『チャンスというものは最初は困難に見えるものだ』と教えてくれた。

 あのときは意味が分からなかったが、今はハッキリと理解できていることに気がついた。


「戦争は運でするものではありませんよ。私たちは綿密に練られた戦略のとおりに軍を運用したのです。私に言わせれば、あなた達は戦う前に負けが決まっていたのでしょう」


「では聞くが、ヴァルゴンを倒したのは一体誰なのだ?戦略の差が多少あったくらいで負ける男ではないのだ」


 ブレンダルは、ヴァルゴンの死に際を知らないらしい。

 本当のことを話すべきなのだろうか……。


 いや、ここは本当のことを話そう。

 ブレンダルは真実を知って反省すべきだからだ。


「ヴァルゴンはスカーレットの計略に掛かり、明かりのない新月の夜に奇襲を受けて全滅しました。ヴァルゴンを倒したのは……私です」


「ば、馬鹿な……。先代魔王の娘とはいえ、ヴァルゴンを倒せるなど……ありえない」


「しかし、これが事実です。私の爆発魔法を受け、爆散しました」


 自ら言葉にしてみると、実に恐ろしい言葉だと感じ、私は身震いをした。

 私は生まれて初めて、自らの手で人の命を奪ったのだ。

 状況的にやむを得なかったとはいえ、命を奪うのはこれを最後にしたい。


「はは……。どうやら私は、決して戦ってはいけない相手に戦争を仕掛けてしまったようだ。今更気づくとはな……」


「ブレンダル殿、何度も言うようですが、強さだけが戦争の結果を決めるものではありませんよ。それに、たとえ勝ったとしても民がついてこないでしょう」


「そうか、どうやらグロリア殿とは意見が合わないようだ。だが、私とヴァルゴンは負けたのだ。だとすれば、王にふさわしいのはグロリア殿ということなのだろう」


 私は、ブレンダル殿は物事の本質が分からない人だと感じた。

 目先の情報や結果だけしか見ていない。

 理想を追い求めていればなんとかなると思っているのだ。

 スカーレットのように現実を直視するタイプとは真逆のタイプだ。


「それでは、私はこれで失礼します。」


 これ以上話しても、何も生まれないと思った私はブレンダル殿に別れを告げ、椅子から立ち上がった。


「グロリア殿、最後に1つだけよろしいでしょうか。北部地区の民をどうかよろしくお願いします。私は王として失格だったようだが、あなたのような方に統治してもらえれば民も喜ぶだろう」


「もちろんです。北部地区も大事な民ですから、再建プランを考えております。ご安心ください」


「感謝いたします。最後に陛下と話ができて良かったと思います」


 これがブレンダル殿との最後の会話だった。


 彼は最後の最後で民の心配を口にした。

 王としての最後の仕事をしたつもりだったのかもしれないが、それは民にとっては遅すぎる変化だった。


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