ジャーン、ジャーン!
早朝の城内に敵襲を知らせる鐘が鳴り響いた。
その鐘の音は、城中の兵士たちの心に緊張と覚悟を刻みつけた。
城壁に行ってみると、500mほど先に土煙が上がっているのが見える。
その土煙の中から、敵軍の旗が翻っているのが見え、敵の紋章が恐怖を煽り立てた。
ついに北部軍がマジェスティアに現れたのだ。
総兵力は……およそ5000!
拙者は守備兵を城壁に上がらせ、弓とバリスタの準備を指示した。
守備兵たちは緊張した面持ちで、次々と弓を構え、バリスタの調整に取り掛かる。その動きには無駄がなく、日頃の訓練の成果がうかがえた。
カイルは城門で待機し、呼吸を整えていた。
やがて、1騎の戦士が城門に向かってやってくる。
見事な2本の角を見れば、誰でも分かる。
これがヴァルゴンだ。
その姿は周囲の空気を一変させる威圧感を漂わせていた。
「ゾルト!聞こえているか。このヴァルゴン、貴様との一騎打ちを所望する」
拙者はカイルに出撃の合図を送った。
ギィーッと音を立てながらゆっくりと城門が開くと、カイルがヴァルゴンと対峙した。
「俺は王国の勇者カイルだ。師匠ゾルトに代わり、この俺が貴様の相手をしてやろう」
北部軍からは笑い声と汚いヤジが飛んできた。
その声には侮蔑と不信が混じり、カイルの若さと称号への疑念が伺えた。
子供がヴァルゴンの相手をするなど、通常は考えられないことだ。
しかも人間界の称号である『勇者』を名乗っているのだ。
カイルの実力を知らなければ、当然の反応だろう。
「ゾルト!貴様、子供に俺の相手をさせるとは、なんと落ちぶれたことか。見よ、マジェスティアは腰抜けよ!」
ヴァルゴンはカイルの方を見もせず、城壁の拙者に向かって罵声を浴びせた。
ヴァルゴンの目には怒りと軽蔑が宿り、その声は城壁に響き渡った。
「ヴァルゴン!貴様こそ、子供の俺に負けるのが嫌で逃げているのではないか。貴様ごときの相手は師匠ではなく弟子の俺で十分だ。逃げないで勝負しろ!」
カイルも負けずに煽り返す。
「小僧、どうやら死にたいようだな。俺は子供だからと容赦はせぬぞ。覚悟しろ!」
ヴァルゴンは馬を降り、カイルに向かって走り出した。
カイルも双剣を構え、ヴァルゴンを迎え撃つ。
2人の戦士が交錯するたびに、剣と剣が激しくぶつかり合い、火花が散る。
その緊張感は、両軍の兵士たちに静かな恐怖を与えた。
カイルはヴァルゴンの攻撃を紙一重で交わしながら、双剣で連撃を繰り出す。
ヴァルゴンの顔から余裕が消え、北部軍のヤジも止んだ。
両軍とも、息を呑んで2人の戦いを見守っている。
――
一騎打ちは既に10分以上経過している。
カイルの激しい連撃によりヴァルゴンが防戦一方に見えるため、北部軍は次第にざわつきはじめた。
(まさか、ヴァルゴン将軍が負けるのでは?)という疑心暗鬼が生じているのだ。
拙者は頃合いとみて、城門で待機しているゾルテスに出撃を指示した。
カイルに掛けた強化魔法の効果が切れる前に、一気に勝負をかけるためだ。
城門が開くと、ゾルテスは騎乗したままヴァルゴンに向かって突撃した。
その姿はまるで風のように速く、敵陣の注意を引きつけることに成功した。
すれ違いざまに大剣の攻撃を繰り出すが、ヴァルゴンには防がれてしまった。
だがその瞬間、カイルによる低い攻撃がヴァルゴンの太腿を斬りつけた。
高い位置からの重い攻撃と、低い位置からの素早い連撃。
カイルとゾルテスの見事なコンビネーションがヴァルゴンを追い詰め始めた。
「ヴァルゴン将軍を守れ!」
北部軍がヴァルゴンを守るために進軍を始めた。
その動きは混乱を極めており、指揮系統が乱れている様子が見て取れた。
拙者も馬に跨り、守備兵を率いて城門から撃って出た。
両軍入り乱れた戦闘となったが、次第に我軍が優勢となり、最終的に北部軍を押し返すことに成功した。
血と汗にまみれた戦場の光景は、勝利の歓声と共に静かに広がっていった。
惜しくもヴァルゴンの首は取れなかったが、初戦は我軍の勝利となった。
「エイエイオー!」
「エイエイオー!」
城内は勝利に沸き立っていた。
兵士たちは互いに喜びを分かち合い、その顔には安堵と誇りが浮かんでいた。
総兵力3000で、ヴァルゴン率いる5000の軍を退けるなど、開戦前は誰も予想できなかったのだろう。
――
翌朝、ヴァルゴンの陣はどういうわけか、もぬけの殻となっていた。
スカーレット殿の計略によって、ヴァルゴン軍は夜陰に紛れて撤退を余儀なくされたのだろう。
軍の備品があちこちに転がっており、慌てて撤退したことを物語っている。