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第54話 ヴァルゴン襲来

 ジャーン、ジャーン!


 早朝の城内に敵襲を知らせる鐘が鳴り響いた。

 その鐘の音は、城中の兵士たちの心に緊張と覚悟を刻みつけた。


 城壁に行ってみると、500mほど先に土煙が上がっているのが見える。

 その土煙の中から、敵軍の旗が翻っているのが見え、敵の紋章が恐怖を煽り立てた。

 ついに北部軍がマジェスティアに現れたのだ。

 総兵力は……およそ5000!


 拙者は守備兵を城壁に上がらせ、弓とバリスタの準備を指示した。

 守備兵たちは緊張した面持ちで、次々と弓を構え、バリスタの調整に取り掛かる。その動きには無駄がなく、日頃の訓練の成果がうかがえた。

 カイルは城門で待機し、呼吸を整えていた。


 やがて、1騎の戦士が城門に向かってやってくる。

 見事な2本の角を見れば、誰でも分かる。

 これがヴァルゴンだ。

 その姿は周囲の空気を一変させる威圧感を漂わせていた。


「ゾルト!聞こえているか。このヴァルゴン、貴様との一騎打ちを所望する」


 拙者はカイルに出撃の合図を送った。

 ギィーッと音を立てながらゆっくりと城門が開くと、カイルがヴァルゴンと対峙した。


「俺は王国の勇者カイルだ。師匠ゾルトに代わり、この俺が貴様の相手をしてやろう」


 北部軍からは笑い声と汚いヤジが飛んできた。

 その声には侮蔑と不信が混じり、カイルの若さと称号への疑念が伺えた。


 子供がヴァルゴンの相手をするなど、通常は考えられないことだ。

 しかも人間界の称号である『勇者』を名乗っているのだ。

 カイルの実力を知らなければ、当然の反応だろう。


「ゾルト!貴様、子供に俺の相手をさせるとは、なんと落ちぶれたことか。見よ、マジェスティアは腰抜けよ!」


 ヴァルゴンはカイルの方を見もせず、城壁の拙者に向かって罵声を浴びせた。

 ヴァルゴンの目には怒りと軽蔑が宿り、その声は城壁に響き渡った。


「ヴァルゴン!貴様こそ、子供の俺に負けるのが嫌で逃げているのではないか。貴様ごときの相手は師匠ではなく弟子の俺で十分だ。逃げないで勝負しろ!」


 カイルも負けずに煽り返す。


「小僧、どうやら死にたいようだな。俺は子供だからと容赦はせぬぞ。覚悟しろ!」


 ヴァルゴンは馬を降り、カイルに向かって走り出した。

 カイルも双剣を構え、ヴァルゴンを迎え撃つ。


 2人の戦士が交錯するたびに、剣と剣が激しくぶつかり合い、火花が散る。

 その緊張感は、両軍の兵士たちに静かな恐怖を与えた。


 カイルはヴァルゴンの攻撃を紙一重で交わしながら、双剣で連撃を繰り出す。

 ヴァルゴンの顔から余裕が消え、北部軍のヤジも止んだ。

 両軍とも、息を呑んで2人の戦いを見守っている。


 ――


 一騎打ちは既に10分以上経過している。

 カイルの激しい連撃によりヴァルゴンが防戦一方に見えるため、北部軍は次第にざわつきはじめた。

 (まさか、ヴァルゴン将軍が負けるのでは?)という疑心暗鬼が生じているのだ。


 拙者は頃合いとみて、城門で待機しているゾルテスに出撃を指示した。

 カイルに掛けた強化魔法の効果が切れる前に、一気に勝負をかけるためだ。


 城門が開くと、ゾルテスは騎乗したままヴァルゴンに向かって突撃した。

 その姿はまるで風のように速く、敵陣の注意を引きつけることに成功した。


 すれ違いざまに大剣の攻撃を繰り出すが、ヴァルゴンには防がれてしまった。

 だがその瞬間、カイルによる低い攻撃がヴァルゴンの太腿を斬りつけた。


 高い位置からの重い攻撃と、低い位置からの素早い連撃。

 カイルとゾルテスの見事なコンビネーションがヴァルゴンを追い詰め始めた。


「ヴァルゴン将軍を守れ!」


 北部軍がヴァルゴンを守るために進軍を始めた。

 その動きは混乱を極めており、指揮系統が乱れている様子が見て取れた。

 拙者も馬に跨り、守備兵を率いて城門から撃って出た。


 両軍入り乱れた戦闘となったが、次第に我軍が優勢となり、最終的に北部軍を押し返すことに成功した。

 血と汗にまみれた戦場の光景は、勝利の歓声と共に静かに広がっていった。

 惜しくもヴァルゴンの首は取れなかったが、初戦は我軍の勝利となった。


「エイエイオー!」

「エイエイオー!」


 城内は勝利に沸き立っていた。

 兵士たちは互いに喜びを分かち合い、その顔には安堵と誇りが浮かんでいた。

 総兵力3000で、ヴァルゴン率いる5000の軍を退けるなど、開戦前は誰も予想できなかったのだろう。


 ――


 翌朝、ヴァルゴンの陣はどういうわけか、もぬけの殻となっていた。

 スカーレット殿の計略によって、ヴァルゴン軍は夜陰に紛れて撤退を余儀なくされたのだろう。

 軍の備品があちこちに転がっており、慌てて撤退したことを物語っている。


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