「レスタリオン将軍のこと、陛下はどう感じましたか?」
会議を終えた私とスカーレットは、私の部屋で久しぶりの会話を楽しんでいる。
と言っても、内容は重たい話ばかりなので、心から楽しめるような雰囲気ではないのだが。
「私の印象ではスパイとは思えなかったわね。むしろ、忠義の士という感じかしら」
「私もスパイには見えないのですが、あまりに話がうますぎるようにも思えます。仲間割れを装って偽りの降伏をするという計略は古来から使われる手段です」
もし、万が一にもスパイだった場合、味方に甚大な被害が出ることになるだろう。
このような事態に対処する方法は、一体どうしたらいいのだろうか。
「スカーレット……私はどうするべきなのかしら」
「万が一を考え、言動に注意しつつ、普通に振る舞うことでしょうか。いつも通りの優しい陛下を見れば、仮にスパイだったとしても心を改めるかもしれませんよ」
「そうね、いつも通りなのが一番なのでしょうね。重要な話はあなたにだけ話すようにします」
「そういえば、会議でも何か言いたそうな顔をしていました。ゾルト殿の事でしょうか」
私、そんなに顔に出るタイプなのだろうか。
それともスカーレットの勘が鋭いだけ?
「実は、例の手紙を書いた魔人族の少年なんだけど、ゾルトが気に入って弟子にしたのよ。それだけじゃなく、彼に関する計画まで用意されていてね……。準備をスカーレットにお願いしようと思っていたの」
私はゾルトの計画をスカーレットに説明した。
彼女は黙って真剣に聞いていたけど、私が話を終えるとポンと手を叩いた。
「これは……すごい策ですよ。私も全く思いつきませんでした。もしかしたら、マジェスティア防衛戦は予想外の結末となるかもしれません。準備の方は私にお任せください」
スカーレットは興奮気味にそう答えた。
普段感情に乏しい彼女がそんな表情を見せるのは久しぶりのことだ。
私も面白い計画だと思ってはいたけど、スカーレットがそう言うのであれば、間違いないのだろう。
あとは、ゾルトも計画通りに事を進めてくれることを祈るばかりだ。
「陛下、光魔法についてですが、まずは習得おめでとうございます」
「ありがとう。まさか母上が私のために魔法を用意していただなんて、予想もしていなかったわよ」
「ルナティカの遺した手がかりがあるという、私の予想は外れてしまいましたが、さすがはアイリーン様といったところでしょうか」
えっ?
今、サラッと大事なことを言わなかった?
「スカーレット……。あなた……母上のことを知っているの?」
「はい。よく存じております。私が陛下に仕えているのも……アイリーン様のおかげのようなものですから」
「どういうこと?分かるように説明してくれる?」
「承知しました。私の生い立ちになりますが、お話します」
――
昔、人間界に旅芸人の一座がありました。
看板スターは、歌姫アイリーン。
一座には若い夫婦がおり、一人娘の幼い女の子を連れて旅をしていました。
人間界で成功した彼らは、新たな活躍の場を求め、魔界へとやってきました。
魔界での興行も順調だったある日、彼らに悲劇が襲います。
一座がモンスターに襲われ、何人もの旅芸人が亡くなってしまったのです。
若い夫婦もその被害者でした。
旅はここで終わりとなります。
一座は解散し、人間界へ戻る者、そのまま魔界に住む者、みんなバラバラになってしまいました。
そんな彼らに救いの手を差し伸べたのが、魔王グリフォニウスでした。
後にアイリーンは魔王の第3夫人となり、幼い女の子は孤児院で保護されることになりました。
アイリーンは幼い女の子を引き取ることを考えましたが、王室に血の繋がらない者が入ることを望まない者も多く、断念せざるをえなかったのです。
しかし、アイリーンと魔王は幼い女の子への支援を続けました。
人間界の本を取り寄せたり、学費で困らないように多額の寄付をしたのです。
アイリーンが病気で亡くなった後、魔王は少女に訪ねます。『将来の夢はあるのか』と。
少女は答えます。『お世話になったアイリーン様の姫に仕えたい』と。
魔王は少女の頭を優しく撫でながら、『なれるよ、でもそれには君の努力が必要だよ』と答えた。
少女は夢を叶えるために勉強を頑張ります。
やがて少女は士官学校を首席で卒業し、魔王は少女を娘の側近に採用した。
――
「今まで不思議だと思っていたことが全部繋がった……。なぜ、私が光魔法を使えるのか。なぜ、スカーレットが魔界にない知識を持っているのか。そういうことだったのね……」
「はい。陛下が光魔法を使えるのは、人間界の血が濃いからでしょう。人間界では光属性を持つ者が多少はおりますので……」
「なんだか不思議なものね……。今だから言うけど、スカーレットが私の側近になったとき、兄様たちと違って何故自分の側近は頼りなさそうな女なのかと父上を恨んだのよ。何よ……最高じゃないの」
「今も頼りないでしょうか? お望みであれば付け髭でもつけましょうか」
スカーレットは微笑んで返答したが、その瞳には誇りが宿っていた。
「その必要はないわ。スカーレットより頼りになる側近なんているはずないもの。付け髭は少し見てみたい気もするけど」
「さて、冗談はこのくらいにして、陛下の魔法について話しましょうか」
あ、付け髭が嫌で逃げたな。
自分から言いだしたのにずるい!