「では、レスタリオン将軍を呼んだ理由を話しましょう」
スカーレットはテーブルに魔界の地図を広げた。
王都が中央に書かれ、東西南北の4つのエリアが色付けされている。
「皆様、既にご存知かと思いますが、改めて説明させていただきます」
「まず、東地区ですが、陛下が赴任していたルナティカ村や、ゾルト将軍が守っている城塞都市マジェスティアがあります。この地域は陛下の影響力が最も大きい重要な地域となります」
スカーレットの言うとおり、東地区では私の人気は比較的高いようだ。
ゾルトとの勝負が広く伝わったのも理由の一端だろう。
「次に、西地区です。騎士団長となったレオン様、元四天王次席のゾルガリス殿が赴任していたため、東地区同様に陛下の影響力は高いです」
私は西地区にはまだ足を踏み入れたことがない。
東地区の反対側ということもあるが、レオン兄様が騎士団と領主を兼任しており、かなり治安が安定しているので、兄様に任せっきりとなっているためだ。
「そして、南地区。ここはマイロ様と元四天王三席カイリシャが赴任していた地域です。マイロ様亡き後はカイリシャの影響力が多少ありましたが、カイリシャ討伐後はほぼ完全に陛下の勢力下となっています」
「南地区での抵抗勢力はまだいるのかしら?」
「現在、目立った抵抗勢力はありませんが、カイリシャ討伐戦の影響でしょう。陛下を恐れて勢力下に加わった形なので、まだ完全に掌握したとは言えないかもしれません」
つまり、何かの事件がきっかけとなって反旗を翻される可能性があるということね。
その『事件』が頻繁に起こるので、私は心配で仕方がないのだ。
「最後に、北地区になります。本来の後継者であられたマシュー様と元四天王筆頭ヴァルゴンが赴任していた地域です。この地域だけは八方手を尽くしておりますが、未だに掌握できておりません。その原因はヴァルゴンの影響が大きいと考えられます」
「やはり、ヴァルゴンですか……。ヴァルゴンについて、他に情報はあるのかしら?」
「はい。そのためにレスタリオン将軍を呼びました。将軍、陛下に説明してください」
レスタリオンは、すっと立ち上がると、魔王軍に復帰するまでの過程を話し始めた。
――
ヴァルゴンとレスタリオンは同期で先代魔王の親衛隊となったこともあり、お互いを兄弟のように信頼しあう関係だった。
ヴァルゴンが四天王に抜擢された際、ヴァルゴンの指名で副将となり、数々の戦いで勝利に貢献しながら、名声を高めていった。
3年前、先代魔王の命令により、主君となるマシュー殿下と共に城塞都市ソルステリアに赴任すると、北部地区をまとめ上げることにも成功した。
だが、その友情は『人間界の勇者一行の侵攻』で壊れることとなる。
先代魔王の命令は『何があっても兵を動かしてはならない』であったのに、マシュー殿下とヴァルゴンは救援を送ると決めたのだ。
レスタリオンは先代魔王の命令を守るべきだと主張したが、マシュー殿下はレスタリオンを臆病者だと激しく叱責し、蟄居を命じた。
救援に行ったマシュー殿下とヴァルゴンは大敗北を喫する。
マシュー殿下は討たれ、ヴァルゴンも重症を負った。
辛うじて帰還できたヴァルゴンは敗戦の原因を、『レスタリオンの反対によって士気が落ちたため』だと主張した。
レスタリオンは病気と称し、誰とも会わず、ソルステリアの屋敷で蟄居を続けていた。
傷が癒えたヴァルゴンは、先代魔王の弟であるテオドール殿下を魔王に即位させるため王都へに向かったが、途中でグロリア陛下一行に討たれ、またしてもヴァルゴンは敗北を味わう。
だが、ヴァルゴンは諦めない。今度はテオドール殿下の嫡男であるブレンダル殿下を王にしようと動き始めた。
そんな中、ソルステリア市民の間でレスタリオン待望論が囁かれるようになる。
ヴァルゴンはレスタリオンに脅威を感じ、病気と称していることを利用し殺害を計画した。
幸い、ヴァルゴンの動きを知らせる者があり、レスタリオンは先手を取って脱出することに成功した。
――
「そうでしたか、苦労したのですね……。父上の命令に従ったあなたは誰が何と言おうと忠義者です」
私はゾルトのことを思い出していた。
ゾルトがそうだったように、救援を送るべきか父上の命令に従うべきか、どの将も悩んだのだろう。
「陛下……ありがとうございます。この恩はヴァルゴンを討つことでお返しいたします」
「将軍、頼りにしていますよ」
私がレスタリオンの手を握ると、彼の頬を大粒の涙が伝った。
彼の忠義は本物に見えるのだが、スカーレットが言っていたスパイ疑惑も無視できない。
私はこの涙が本物であることを心から願っていた。