「陛下がお戻りになられました!」
私たちが王都の門をくぐると、親衛隊全員が合流し厳重な警備体制のまま王宮へと向かった。
「ずいぶんと厳重なようだけど、何かあったの?」
「はい、最近は物騒な事件が多発しておりまして、先日はスカーレット様が暴徒に襲撃されました」
今まで私が襲撃されてきたけど、スカーレットも宰相なのだから狙われる可能性があるということに今更ながら気付いた。
それにしても、抵抗勢力は大分排除したはずなのに……こういう輩が一向に減らない。
いつになったら治安は回復するのだろうか。
「スカーレットは無事なの?」
「親衛隊が取り押さえましたのでご無事にございます」
それを聞いて一安心だ。
犯人を取り押さえたということは、誰が差し向けたのかも分かるかもしれない。
王宮に入ると、親衛隊に警備されたスカーレットが出迎えてくれた。
親衛隊を半分残しておいて本当に良かったと思う。
「陛下、長旅お疲れ様でした。お風呂の用意ができていますので、少しお休みください。今後の計画についてお話がありますので、夕食後に会議室までお願いします」
「分かったわ。いつもありがとう」
「ところで、その娘はどなたでしょうか」
スカーレットが聞いたのは、私の隣にいるアメリアのことだ。
「魔人族の村で私の侍女として採用したアメリアよ。彼女には帰りの道中で魔力制御を教わっていたのよ」
「そうですか。それではアメリアは一旦リナリスに預けましょう」
「おけまる~。じゃあね、まっぴー。また明日よろ」
あ……。言っちゃった。
「……おけまる?まっぴー?よろ?」
スカーレットの顔が一瞬で硬くなった。
これは相当怒っているな……。
「あのね、スカーレット……。アメリアは魔人族で流行ってた言葉遣いがまだ抜けていないのよ」
「いけませんね。陛下に対して大変失礼なので、明日から厳しく指導します」
スカーレットは兵士を呼ぶと、リナリスのところに連れて行くように命じた。
おそらく、明日から言葉遣いの訓練をさせられるのだろうけど、ちゃんと治るだろうか。
アメリアはまだ若いし、それほど厳しくしなくても理解してくれるだろう。私たちの仲間になったばかりだから、時間をかけて教えていけばいい。
――
会議室で私を待っていたのは、スカーレットとベルモント、そして見たことのない人間族の男性だった。
部屋に入る前、スカーレットがそっと耳打ちした。
(あの者はスパイの可能性があります。発言には気をつけるようにしてください)
『あの者』とは、人間族の男性のことだろう。
私は無言で頷いた。
「陛下、紹介します。レスタリオン将軍です」
「レスタリオンと申します。この度、魔王軍の将として復帰が叶いました。以後、お見知りおきを」
スカーレットから紹介された男性はレスタリオンと名乗った。
その名前には聞き覚えがある。
確か……ヴァルゴンの副将だったはずだ。そんな男がなぜここにいるのだろうか。
「レスタリオン将軍がここにいる理由については後でお話します。まずは陛下の成果から報告をお願いできますでしょうか」
「分かりました。最大の目的であった『大地を変える光魔法』ですが、無事に習得することができました。この魔法は大魔道士ルナティカの魔法とよく似た特徴を持っています」
「これで農業に適した土地への作り変えが可能となるのですが、大きな問題が浮かび上がりました」
王国の経済や社会にもたらす影響を考えると、この魔法の使用には慎重な計画が必要だ。
「消費魔力の問題ですね……。世の中うまい話ばかりではないということでしょうか」
スカーレットは意外にも冷静な表情をしていた。
こういうときのスカーレットは策を考えているはずだ。
「何か考えがありそうね」
「はい、実はベルモント殿と計画を立案中なのですが、王都の南門から1キロほどの所に広大な国営農場を作ることを考えております」
「国営農場は100の区画に分割する想定で、陛下には毎日1区画ずつ魔法を使っていただきます。1区画であれば陛下の魔力量でも問題なくこなせるはずです」
「また、光の魔法は陛下にお願いするしかありませんが、土属性の耕す魔法はリナリスなどの魔法に長けた者を使う予定です」
「なるほど。役割分担をしつつ、余裕を持った1日の上限量を設定しておくことで、使いすぎを防ぐということですね」
「その通りです。幸いなことに人間界からの支援物資も住民に行き渡りましたので、当面は焦る必要がないのです」
「それを聞いて安心しました。ところで、国営農場ではどのような作物を予定しているの?」
「米という麦に似た作物を栽培します。この米は1粒の種から500粒ほど収穫ができる上、栄養豊富で乾燥させると長期保存が可能という大変優れた特徴を持っています」
「500倍ですって!それが本当なら食糧問題は一気に解決しそうね。肝心の味はどうなの?」
「試食を用意しておりますので、ご賞味ください」
スカーレットはそう言うと、兵士に命じて試食を持ってこさせた。
皿の上には、小さな白い粒状の穀物が丸く握り固められていた。
「これが米ですか?」
「はい、米を塩で握っただけのものです」
私は恐る恐る手に取り、少しだけ口に入れた。
優しく甘い風味が口の中を駆け抜け、塩のしょっぱさがその甘さを時間差で引き立てる。
シンプルな料理なのに、これほど美味しいとは。
「こ、これは……。今まで食べたことがない美味しさね」
「気に入っていただけたようですね。100区画のうち50区画を使って米を、残りの区画では様々な野菜を栽培する予定です」
「全て米じゃダメなのかしら?」
「冷害や病気、害虫などが原因で不作となる可能性を考慮し、リスクを分散する目的で様々な作物を栽培するのです。この案はベルモント殿の立案です」
「ベルモント殿、よくやってくれました!この計画、是非成功させてくださいね」
「承知しました。私にお任せください」
自信満々にそう答えたベルモント殿を見て、私は明るい未来を感じていた。