吹雪は止むことなく、俺たちの身体をしきりにピチピチと打つ。
甲高い風の音が響き渡る。
それはさながら、魔女の笑い声だ。
「ぜえ、はぁ……今日のところは、ぜぇ、これぐらいにして、ぜぇ……あげますよ」
俺の雪玉攻撃を存分にくらい、ザラメは雪だるまになっていた。
顔だけ出し、身体が雪にすっぽり埋もれている。
「よっわいなぁ」
このザラメ、意外なことにすぐバテる。キョンシーなのに。
「というか、痛覚はないのに疲れは感じるんだな」
「そう、なんですよぉ。体力に関しては、“地脈”を使ってるので、それが切れるとバテちゃうんです」
「地脈?」
ザラメ曰く、地脈とは、この世界の大地に流れているエネルギーだと。ファンタジーで言う魔力みたいなもので、大昔の人類はこれを使って大きな動物を狩っていたとかなんとか。
今も足元を流れる地脈を、現代の人間が享受することはほとんどないが、キョンシーであるザラメにとっては死活問題なのだ。
なんせ、デウス・エクス・マキナを倒すための力であり、眠りの中でそれを蓄えるつもりだったのだから。
「あーあ。そんなザラメを郡さんが掘っちゃうから、地脈を上手く貯められないんですよね」
「知ったこっちゃねぇよ」
どうやらザラメがバテやすいのは、予定よりはやくこいつを掘り出した俺の責任らしい。
「地脈切れのせいで“ザラメちゃん☆ファイア”も使えないですし……」
「まあいいんじゃねぇの? 雪だるまになんてなかなかなれないんだし」
「ぐぬぅ……脱出した暁には、郡さんを雪だるまにしてやります……!」
「お? やれるもんならやってみろ。お前にその体力があればな」
「むぅ……」
頬を膨らませるザラメは、幼稚園か小学生のガキみたいだ。
俺はその辺に落ちていた木の枝を拾い上げ、雪だるまの胴体に刺す。
折角だし、これで腕っぽくしてやろう。
「うー。ザラメで遊ばないでくださいよぉ」
普段ギャンブルを制限されるんだ。これぐらいやり返しても罰は当たらんだろ。
あとは、頭に乗っけるバケツがあれば完璧なんだがなぁ。
さて、お遊びはこれぐらいにして。
ザラメを置いてテントに潜った俺は、手早く荷物を纏める。
期待に胸を弾ませながら。
こうして気分が高まるのには、理由があった。
そしてそれは、俺がこんな危険を冒してまでここに来たことに直結する。
なんとこの土地、埋蔵金が埋まってるらしい。
ザラメの邪魔が入らない上、他の採掘者もいない今、運は俺の味方。
一攫千金も夢じゃない。
カモナベイベー・金銀財宝!
自分を勇気づけるように、シャベルを握る。
黒を貴重としたオーソドックスなこいつは、所々錆びついている。それもそのはず、中学時代から愛用している、自慢の相棒なんだから。
「一応リュックも持っていくか」
背負ったリュックには、軍手やらロープやらレジャーシートやら非常用お菓子やら、とにかく色々入っている。備えあれば何とやらだ。
テントから出てきた俺を、ザラメがジト目で見つめる。いびるのが趣味な姑かお前は。
「……シャベル持ってきたってことは、埋蔵金を探す気なんですか? そんなことでお金を手に入れても、何の得にもなりませんよ! こういうのは地道に稼ぐからこそ価値があってですね」
「あーうるさいうるさい」
説教臭いザラメに背を向け、歩き出す。足跡を刻みながら、着実に。
雪はまだまだ止みそうにない。
「ちょっと郡さん! 待ってくださいよー!!」
ザラメの声が遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。
「にしても、どこに埋まってんのかねぇ」
埋蔵金探しに旅立ってかれこれ1時間。今だそれっぽいものにお目にかかれていない。
吹雪はさっきよりも強い。
……というか、ここら辺に来てから一層激しさが増したような……?
「前が……見えねぇ」
テントからは大分離れてしまった。
その上、夢中で歩き回ったせいで、今の場所も分からない。
スマホも、吹雪のせいか繋がらない。
「これ……ひょっとしてヤバい……?」
右も左も分からない。
目印になるものもないから、完全な迷子だ。というより、遭難だ。
身体が震える。
寒い。
凍えそうだ。
「ザラメの火、浴びてぇな……」
……。
な、何言ってんだ俺?!
寒さで頭がやられたのか。
んなこと言ってもザラメは頼りねぇし、自分でどうにかするしかない。
でも、どうすればいいんだ……。
ダメだダメだ。
弱気になったらおしまいじゃないか。
「……はぁああああクソったれ!」
景気づけかヤケクソか。
俺はシャベルで、その辺の雪を突き刺した。
すると。
ゴツン。
何かが当たった音がした。
音からして、なんか高級なものかもしれない。
さっきまでの意気消沈っぷりはどこへやら。
俺は無我夢中で、雪を掘っていた。
そして――。
出てきたのは、ブリキの人形だった。
汚れ一つない、金属製のおもちゃ。
そのデザインはと言うと、黒い頭巾を被り、白い長袖ブラウスに黒サスペンダー付きの黒いスカートだった。頭巾からはみ出ている髪の毛――両目を隠す前髪は、この雪のように白い。
拾い上げて隅々まで見るも、どう考えてもガラクタだ。
ため息が出る。希望を掲げられた分、それが取り上げられた絶望というのは計り知れない。
「はあ……ハズレかぁ」
ガラクタには興味がない。
それを後ろに投げ捨て、スコップを握り直したその時だった。
「お仕置き……」
幼い少女の声がしたと思ったのも束の間。
「うぐっ……!」
足に激痛が走る。
力を入れても、動かない。
何より、すっげぇ冷たい。
嫌な予感がして、恐る恐る足を見下ろし……絶句する。
――俺の両足は、カチンコチンに凍っていた。